見出し画像

【内容一部公開】スパイク解析の歴史的名著――近刊『神経コーディング』

2024年11月下旬発行の新刊書籍、『神経コーディング』のご紹介です。
同書の一部を、発行に先駆けて公開します。



***

序文

本書は、神経系が感覚信号をどのように表現、あるいはコーディングするのかを記したものである。私たちの動機は、定量的な解析手法を用いて神経コードの問題に取り組むことにある。特に、ニューロンの特性を絶対的な尺度で記述し、ニューロンが感覚世界に関して脳に伝えている直観的な概念を、正確に捉えたいと考えている。

神経コードに関する文献はすでに膨大に存在しているが、本書はその総まとめや百科事典的な内容を目指すものではない。むしろ、私たちはごく少数の特定の問題のみを扱う。1.2節では問題を定義し、1.3節でその答えに関する3つの主張を提出する。続く章では、これらの主張に関連するアイデアやデータ、さらにそれらを裏付ける事例をとりあげる。

神経コードに関する私たちの問題設定は、確率統計、情報理論、信号処理の概念を用いて述べられる。その背後には、これらの概念と統計力学や熱力学との類似性がある。これらの概念は、問題を記述する共通言語であると同時に、実験のデザインや解析の具体的なツールとしても重要である。

このアプローチは、神経計算に関連する問題を扱う物理学者、数学者、工学者にとって魅力的だと期待している。しかし、本書はこの読者層だけを対象としているわけではない。実際のニューロンを用いた実験のデザインや解析についても詳述しているため、実験室での研究に従事する神経生物学者にも注目してほしい。この試みの中で、新しいアイデアや数学的ツールを説明する際には、実際のニューロンから得られたデータを参照する。そのため、本書に登場する図の大部分は、実際のデータに基づいている。

理論と実験を緊密に結び付けるため、本書では、一般的な議論と、初めての読者には不要な細部や計算とを明確に区別する。実験や計算機シミュレーションとは異なり、本文中の数学的な内容は、読者が手を動かして検証可能である。この検証を通じて理解を深め、直観を育てることができる。しかし、すべての計算を追うのは疲れるかもしれない。そこで、計算の詳細は「数学的側面」としてまとめた。多くの読者にはこの付録も参照してもらいたいが、細部を探ることなく本文の内容を楽しめるようにした。

訳者まえがき

名著「Spikes: Exploring the neural code」の日本語訳をここにお届けします。

本書は、スパイクによる脳の情報表現と情報処理の仕組みを解説した専門書です。堅固な理論的背景に基づいた、スパイク列を解析するための様々な手法を紹介しています。基礎的な内容ですが平易ではない、読み応えのある本です。

前世紀末に出版され、もはや古典に分類される本書ですが、その内容は現在でも有効です。なぜなら、本書で用いられている手法は数学であり、数学は古くならないからです。むしろメゾスコピックレベルでの大規模計測・大規模シミュレーションが可能になり、スパイクによる情報処理メカニズムの解明に手が届きそうないまこそ、広く読まれるべきものと確信します。

翻訳にあたっては、通常の誤字脱字の修正はもちろんのこと、すべての式変形を一行一行チェックし、できるだけ間違いを修正しました*¹。結果的に、原著よりもはるかに正確な記述となりましたが、まだ間違いが残っている可能性は否定できません。ぜひ腕だめしをしてみてください*²。

また式の理解をより進めるために、手を動かして楽しめるプログラムを用意しました。楽しんでいただけたらと思います。

https://www.morikita.co.jp/books/mid/085081

ニューロンはなぜ/どのようにしてスパイクを使うのか?を理解するための一助になれば幸いです。

May the spikes be with you.

*¹見切り発車で作業を開始したら、公式の正誤表が存在しないことが後に発覚(!)したため、そうせざるを得ませんでした。
*²そして間違いを見つけたら、そっとやさしく教えてください。

***

ワシントン大学 Fred Rieke(原著)
カリフォルニア大学デービス校 David Warland(原著)
インディアナ大学 Rob de Ruyter van Steveninck(原著)
プリンストン大学 William Bialek(原著)
電気通信大学 山﨑匡(共訳)
東海大学 倉重宏樹(共訳)

Riekeらによるスパイク解析の歴史的名著「Spikes: Exploring the Neural Code」が待望の翻訳。
 
神経系がどのように外界の情報をスパイク信号としてコーディングし、脳がそれを解釈するかを、定量的なアプローチで丁寧に解説。単なる理論に留まらず、実験データを豊富に交えながら、情報理論と統計を駆使して神経信号のメカニズムを解き明かします。
付録では、神経信号処理の背景にある数学的詳細も丁寧にフォロー。さらに、数式の理解を深めるための、訳者によるPythonプログラムも公開しています。
 
神経コードの解析に必要な数理的素養を育むための重要な一冊。
 
[原著]Spikes: Exploring the Neural Code (Bradford Books, 1997/1999)
 

【目次】
第1章 導入

 1.1 古典的な結果
 1.2 問題を定義する
 1.3 本書の中心的な主張

第2章 基礎論
 2.1 ニューロンの応答を特徴付ける
 2.2 生体の視点に立つ
 2.3 コードを読む

第3章 情報伝達を定量化する
 3.1 なぜ情報理論なのか?
 3.2 スパイク列による情報伝達
 3.3 連続刺激のエントロピーと情報
 3.4 まとめ

第4章 計算の信頼性
 4.1 ニューロンの信頼性と知覚の信頼性
 4.2 超視力
 4.3 ハエの視覚性運動処理
 4.4 まとめ

第5章 水先案内

 5.1 ニューロンの配列
 5.2 自然の信号
 5.3 最適コーディングと計算

エピローグ~単一スパイクへのオマージュ

付録 数学的側面
 A.1 期待値としての発火率
 A.2 2点関数
 A.3 Wienerカーネル
 A.4 ポアソンモデルI
 A.5 ポアソンモデルII
 A.6 独立した応答からの推定
 A.7 最適推定としての条件付き平均
 A.8 再構成フィルタの実際の計算
 A.9 ガウス分布のエントロピー
 A.10 スパイク列のエントロピーの近似
 A.11 最大エントロピーとスパイク数
 A.12 ガウシアンチャネル
 A.13 ガウス分布と最大エントロピー
 A.14 Wiener–Khinchine定理
 A.15 情報伝達の最大化
 A.16 最尤推定
 A.17 ポアソン平均
 A.18 ホワイトノイズに対する信号ノイズ比
 A.19 最適フィルタ

参考文献
索引

いいなと思ったら応援しよう!