2022年12月中旬発行予定の新刊書籍、『はじめての神経回路シミュレーション-1ニューロンからヒト全脳モデルまで-』のご紹介です。
同書の「巻頭言」「オープニング」の一部を、また、内容の一部PDFを、発行に先駆けて公開します。
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〈オープニング〉
まえがき
脳は、ニューロンとよばれるたくさんの神経細胞が、シナプスとよばれる構造を介して結合した巨大かつ複雑なネットワークです。そのネットワーク上で、ニューロンはスパイクとよばれる電気パルスを交換することで情報処理を行い、ネットワーク全体のはたらきとして様々な脳の機能が現れます。この過程を理解し、ネットワーク構造から機能が生まれる仕組みを解明するためには、ニューロンひとつひとつがどのようにスパイクを発射し、そのスパイクがどのようにネットワーク上を伝播し、最終的にネットワーク全体としてどのように振る舞うのかを、丹念に調べる必要があります。
しかし、それを実験的に行うのは非常に困難です。なぜなら脳には膨大な数のニューロンとシナプスが存在し、それらひとつひとつを十分な解像度をもって同時に計測することができないからです。一方、計算機を使ったシミュレーションを行うことは可能であり、それによってすべての神経細胞の相互作用を考慮して、神経活動の再現と予測に取り組むことができます。
本書は、1個のニューロンがスパイクを発射する過程から、ニューロンのネットワークが様々な機能を生み出す過程までを、シミュレーションによって再現・予測するための、神経回路シミュレーションの入門書です。従来の計算神経科学や神経情報学の教科書でカバーされていない数値計算や並列計算の詳細に踏み込み、ニューロンモデルから数値計算法まで、すべてをアルゴリズムレベルであからさまに書き下します。プログラミング言語としては、そのような用途にふさわしく、かつ並列計算に必要なOpenMP、MPI、CUDAがすべてサポートされているC言語を用います。
タイトルを「はじめての」神経回路シミュレーションとしましたが、これはほとんどの読者にとって神経回路シミュレーションははじめてであると同時に、計算神経科学や神経情報学から神経回路シミュレーションが巣立ち、シミュレーション神経科学という独立した分野として確立するための、一般神経科学から高性能計算までを網羅したはじめての本である、という意味を込めています。
著者らはそれぞれ大学等で講義や学生実験を持っており、2019年にはバルセロナで開催された国際会議Computational Neuroscience(CNS*2019)にて、共同でハンズオンのチュートリアルを開催しました。それらの講義やハンズオンとその準備の過程で得られた知見、さらに自分達の研究成果とその経験が詰まった本になっています。とくに大学で教える身としては、単に「動けばいいや」でやみくもにコードを書くのではなく、構造化された、副作用のない、きれいなコードを書いてほしいと思っており、そのようなコードを多数用意しました。
本書の執筆は、まず山﨑が骨格を作成し、その後2人がかりで肉付けしていく、という方法をとりました。事前に担当章を決めて分担執筆にはしなかったので、一貫性や全体の統一感はよいと思います。とはいえ、第I部~第III部前半は山﨑の、それ以降は五十嵐のカラーがより強く出ています。
想定する読者層
想定する読者は、まず脳の計算に興味を持っている一般の方々です。基本的には大学の学部生以上を想定していますが、とがった高校生でも読めるように、高校生向けの数値シミュレーション入門や各種資料を付録に加えています。読み物としても完結していると著者らは信じますが、実際にコードを走らせてパラメータを変えて挙動の変化を確認すると、より理解が深まります。第I部をさらっと流して、第II部を読まれるとよいでしょう。様々な脳内の現象を実際に再現してみせており、楽しいと思います。
計算神経科学や神経情報学を授業で教えている大学の先生方も想定しています。座学で通り一遍の知識を伝えるだけでなく、実際に動かして、パラメータを変えて試すことで、授業がよりダイナミックになるでしょう。また、それを発展させ、事前にテキストとコードを配布して試させておいて、授業当日はそれを踏まえてより深い内容を講義する、という反転授業に応用することも可能です。
計算科学の方で神経回路シミュレーションに興味をお持ちの方、この分野へようこそ。第I部と第IV部を読めば、あとはご自身の専門知識を十分に発揮して、この分野での活躍が期待できます。数値シミュレーションを高速化して、研究を効率よくしたいと思っている計算神経科学の方々も重要な読者です。第III部を読むことをお勧めします。ご自身の研究成果に直結することと思います。
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初学者におすすめ!内容一部公開
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パソコンの性能向上やスパコンの利用拡大によって今後ますます注目を浴びる脳の神経回路シミュレーション。本書では、脳の構成要素であるニューロンがスパイクを発射し、それがシナプスを介してネットワークを伝播して機能が生じる過程を、フルスクラッチで構築して再現します。
神経科学の基礎からスタートし、数値計算法、ニューロンとシナプスの構築、スパイク列の解析法、大脳皮質・小脳・大脳基底核・海馬における脳の様々な現象の再現など幅広い範囲をカバー。それだけでなく、並列計算による計算の高速化や、神経回路シミュレーション研究の現状と今後の展望など、実践には欠かせない知識も身につきます。
また、C言語によるコードも多数掲載されており、手を動かしながら読み進めることができます。脳のしくみに興味はあるけど座学では物足りない方、シミュレーション神経科学を俯瞰して学びたい方、神経回路シミュレーションの方法をより深く知りたい・高速化したい方におすすめの1冊です。