これまでの土質力学から新しい土質力学へ――近刊『不飽和土質力学』訳者まえがき公開
2022年4月下旬発行予定の新刊書籍、『不飽和土質力学』のご紹介です。同書の「訳者まえがき」を、発行に先駆けて公開します。
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訳者まえがき
原著は、2012年に発刊された。当時から日本人による日本語の不飽和土質力学の系統的な専門書が望まれていたが、不飽和土を体系的に取り扱った専門書はなかった。一方、原著は、物理学の基礎に基づいた教科書的な部分と、実務での現場の多様な不飽和土の力学挙動の計測・土質試験・モデル化を系統的に取り扱った部分から成り立っており、初学者から実務に携わる地盤技術者まで幅広い読者が不飽和土質力学の現状を理解するために最適な専門書であった。そこで、2014年には訳者の一人である北村は、原著者の一人であるD.G.Fredlundに翻訳の意向を伝えたところ、日本語版の出版について快諾を得た。しかし、大作である原著を正確かつ理解しやすい日本語に訳する作業には膨大な時間を要し、10年の歳月を要してしまった。
土質力学の歴史を振り返ると、Terzaghiが1925年に土質力学の体系化された教科書をはじめて出版したのが、近代土質力学のはじまりとされている。そのため、土質力学・地盤工学分野では、100年近くたったいまもTerzaghiは「近代土質力学の父」といわれている。Terzaghiは、当初、飽和土・不飽和土の区別なく土の力学特性の解明を目指していたものと思われる。しかし、飽和土に比べると、不飽和土の力学特性の解明には、数多くの物理・化学的事項を考慮する必要があり、Terzaghiの後継者である地盤研究者・技術者の多くは、気相のない飽和土を対象とする傾向が強くなった。地盤工学の実務においては、飽和土の土質特性を採用することが不飽和土を含む土構造物を安全側で設計できることも、飽和土の研究が不飽和土より隆盛になった理由の一つと推測される。
不飽和土は、固相、液相、気相からなる3相混合体である(原著では、収縮膜を加えた4相混合体としている)。不飽和土が3相混合体であることより、不飽和土の変形・強度特性の理論的・実験的な解明は、主に固相に着目して行われてきた。一方、透気・透水特性の解明は、主に液相・気相(流体相)に着目して行われてきた。これらの実験的手法、すなわち、不飽和土の土質試験は飽和土に比べ、具備すべき装置仕様や実験手順が煩雑であり、また、長期に渡ることが通例である。精度の高い不飽和土の土質試験データを取得するためには、温度と湿度を制御できる試験室が必要となることが、不飽和土の力学挙動の解明を遅らせている理由の一つと考えられる。そのため、定常法による精度の高いデータを蓄積することによって、試験時間が少ない非定常法の有用性を実証しなければならない。
原著は、カナダ サスカチュワン大学 D.G.Fredlund研究室の数十年に渡る精力的な研究活動の成果を取りまとめたものである。連成挙動のモデル化等において、少し詳しすぎるきらいのある事項も散見されるが、彼らの成果は世界から評価されるに値する。
18世紀後半からの人類による化石燃料の大量消費は地球に気候変動をもたらし、降雨、干ばつ、台風等による自然災害が多発している。これらの災害発生メカニズムを明らかにするためには、不飽和土質力学の体系化、そして、それに基づいた精緻な不飽和・飽和浸透解析、不飽和変形解析、不飽和斜面安定解析等の手法(連成・非連成解析手法)の確立および手法の実務レベルへの適用によって、有用性を実証する必要がある。本書が、日本における防災・減災に役立つことを願っている。
2021年、ノーベル物理学賞は地球科学分野を専門とする真鍋淑郎氏に与えられた。これを契機に、地球科学分野に属する土質力学に日本の多くの有能な人材が興味をもつようになり、本書が土質力学の発展の一助になることを期待している。
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カナダサスカチュワン大学D.G.Fredlund研究室の数十年に渡る精力的な研究活動の成果を取りまとめた、世界でも類を見ない不飽和土質力学の専門書“Unsaturated Soil Mechanics in Engineering Practice”の邦訳。
近年、深刻化する降雨、干ばつ、台風等などによる災害.その発生メカニズムを明らかにするためには、従来の固相、液相からなる2相混合体である飽和土の土質力学では不十分で、そこに気相を加えた3相混合体である不飽和土質力学の体系化が必要である。
本書は、飽和土とのもっとも大きな違いである、含水比とマトリックサクションの関係を表した水分特性曲線を解説することで、従来の土質力学の延長として不飽和土までを体系化している。
さらに、その体系化に基づいた不飽和・飽和浸透解析、不飽和変形解析、不飽和斜面安定解析等の各種の手法(連成・非連成解析手法)の確立と、それらの手法の実務への適用についても言及している。