巨視的・実用的に流れを理解する――近刊『流体工学の基礎』はじめに公開
2022年4月下旬発行予定の新刊書籍、『流体工学の基礎』のご紹介です。同書の「はじめに」を、発行に先駆けて公開します。
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はじめに
物質はふつう、固体(solid)、液体(liquid)、気体(gas)のいずれかの状態にあり、相(phase)をなす。流体(fluid)は、相の分類とは別に、液体と気体に代表される物質を連続体として力学的に扱うときの概念であって、変形に対する復元性と抵抗によって以下のように特徴づけられる。
● 体積を変化させる作用に対しては、抵抗と復元性をもつ。
● 引きずる作用に対しては、抵抗をもつが、一般には復元性をもたない。
● 静止状態においては、応力は圧力のみとなる。
流体を物質や相と関連づけて定義または分類することは難しい。たとえば、砂や粉は流れるようなふるまいをする。氷河や溶岩もゆっくり流れるように見える。懸濁液では微視的には固体の要素が観察される。大気にも微粒子が含まれている。つまり、同じ対象でも時間スケールや空間スケールを変えると見え方が変わることがある。また、弾性的性質を示しつつ流動する物体もある。以上のような運動にも「流体」の概念を拡張して適用することがある。流体を狭義にとらえるのではなく、多相流体、粘弾性流体、分子流体の力学と、取り扱う対象を拡張し続けているのがこの分野の特徴である。流体の概念の拡張適用に際しては、物質の特性、流動の様相、さらに着目する時空間スケールのすべてに注意を払わなければならない。
流体力学(fluid mechanics)とよばれる学問分野は、静止状態を扱う流体静力学(fluid statics)と運動を扱う流体動力学(fluid dynamics)を含んでいる。一方、「流れの力学」や「流れ学」と、現象を強調する表題の書物も多い。その由来は、流体運動の数学的な取り扱いよりも物理的な解釈に重点をおくことを表すため、Stromungslehreを訳して表題にしたという谷一郎「流れ学 第3版」(岩波書店、1967)の序言に見ることができる。「流れ」には、時代の流れ、流行、流言など、いくぶん不如意的な語感があり、制御の困難さを示唆して興味深い。
工学として流体を扱う場合には、分野によってさまざまな科目名が用いられる。機械工学系では、流れ場の支配方程式を習う前に流れの現象を巨視的にとらえる水力学(hydrodynamics)が導入される。続いて理想流体から、粘性および圧縮性を考慮した実在流体の力学に展開されるカリキュラムが多い。これらをまとめて、われわれは流れ学または流体工学(fluid engineering)と称している。空気力学(aerodynamics)、気体力学(gas dynamics)、あるいは風工学(wind engineering)、水理学(hydraulics)などと、分野ごとに気体または液体に重点をおいた科目名もある。
電子計算機が1940年代に出現して以来、流体力学においても、数値計算が理論、実験に並ぶ第三の方法として台頭した。計算流体力学(computational fluid dynamics :CFD)の手法の多くは、計算機とともに急速な発展を遂げた気象学、航空工学、原子力工学で開発されたものである。現在、CFDは工学・工業の広範な分野で普及している。一方、電子計算機は、情報処理や光学技術とともに、画像解析による流れの計測にも革新をもたらし、実験流体力学(experimental fluid dynamics :EFD)の進展も続いている。最近ではデータサイエンスとの融合、機械学習の導入により、流体工学は新たな展開の時期を迎えている。
■本書のねらいと構成
工学として流れの力学を学ぶ場合、実用的(工学的)な観点と理論的(物理学的)な観点はいずれも不可欠であり、ある段階からは融合的に理解しなければならない。本書は主として「流れの工学的理解」への入門を担うことを目的とする。そのため、場の方程式の扱いは必要最小限とし、準定常・準一次元の記述および検査体積を用いた巨視的な把握に重点をおく(太字の意味を伝えることができたら、本書の目的を達したものと考える)。
その意義を、発電用風車の設計や配置を想定しながら述べよう。風車を通過する流れは、塔との相互作用、上流の変動や地形の影響によってたいへん複雑になるが、近年では、流れ場の基礎方程式を数値計算することにより、その詳細を再現することも、あるレベルまで可能である。しかしその前に、必要とされる性能に対して、風車の形式、羽根枚数、回転直径などの基本的な仕様の策定の段階では、基礎方程式の解法よりも、流れを大局的に把握する方法が有用である。この考え方は、たとえば医療における流体関連機器の開発や、まったく新規な流体機械装置の構想においても応用可能である。
本書では、工学的に重要な流動現象の多くは、着目する流線や検査体積を巧みに選定することにより、流れの詳細に立ち入らなくても把握できることを示す。しかし、その背景には独特の約束事や仮定が多用されることも同時に認識しておかなければならない。着目する流線や検査体積を適切に選定するためには、物理現象の洞察は不可欠である。本書で示す工学的な理解の次の段階として、流れの詳細に立ち入るためには、場の方程式に基づいて流れの物理現象を知る必要がある。場の方程式、流体の粘性や圧縮性の詳細については、稿を改めたほうがよいと考えたため、本編の内容の理解を深めるために付録で最小限の記述をするにとどめ、深く立ち入らない。
本編(第10章まで)で採択した題材は、大学の機械工学科のカリキュラムの中で、流体工学として最初に習う2単位科目(流れ学や水力学ということもある)で伝統的に扱われてきた内容と大きな違いはない。構成も、筆者の研究室の先輩教授による教科書(植松時雄「水力学第2版」(産業図書、1975)、村田暹・三宅裕「水力学」(理工学社、1979))から大きく変えていない。ただし、流体工学の新たな応用対象に配慮した記述をできるかぎり盛り込むことを意図した。
(以下略)
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微小な物理現象にも注目する流体力学に対し、「流体工学」では、実用的な範囲で流れを理解することが重要です。
本書では、
・流体に関する基礎知識
・流れの巨視的な把握のための理論
・実用上重要な例における流体の扱い方
・実験、解析の必須事項
など、「流れの工学的理解」に必要な内容を網羅しています。体系的で深い記述により、一冊で流体工学の基礎を学ぶことができます。
本編に不可欠な数学や、圧縮性・粘性などの発展事項も付録で詳細に解説しているほか、「ノート」による補足や演習問題も充実しています。
流れについてより詳しく理解したい学生や、もう一度基礎を振り返りたい実務者にもおすすめの内容です。
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