人の性質と組織の形成
今まで学校や社会で人と関わってきて
こいつスゲーっ!敵わねぇ!
って人とたくさん出会ってきました。
学生時代の同期に、ピアノもできて、勉強もできて、スポーツでも活躍して、人を笑わせることもできるなんて人もいました。
自分を悲観的にみているとかではなく、冷静にその人みたいに器用にはなれないなと悟ったこともあった気がします。
そんな器用になんでもこなすことはできない私でも
仕事で活躍したいという気持ちはあるので
器用にできないなりに、戦い方を工夫しなければいけないと思いました。
なんでも器用にこなせないなら
何かに特化して尖った力を身につけたほうがいい。
そう思うようになりました。
器用人間になって複数種の能力を開花させることは難しいのです。
チームのみんなが、難易度の高い器用人間になることを目指すことよりも
チームメンバーが各自一つや二つに集中して、各自の特化したスキルを組織の力でカバーし合う方が効率がいいと思っています。
習得までのスピードも早く、特定のスゲー人への依存をしないチームにすることができるから。
ただ、何かに特化するには当然、今抱えている複数種の仕事を自分以外の誰かが対応できるようにしないといけなくなります。
そこで、チーム体制の構築に力を注ぐことが重要になるのです。
自分とチームのメンバーがすることとしないことのルールを明確化させて
全員が分業制の状態で前に進めるラインを引くことで、チーム全体で仕事ができるようになっていきます。
分担する体制と情報共有
さぁ、みんなで尖りましょう!と
チームの体制を切り替えて分担できるように役割を割り振っても
なかなかうまくいきません。
今まで一人がシームレスで担当していた仕事が
分担する形になることで、仕事の繋ぎ目が発生するからです。
一人が複数種の仕事を最後までやりきる形のメリットは
その人独自のノウハウや感覚でパフォーマンスを高めることができることであり
反面、ノウハウや感覚や記憶の中にある情報が一人に集約されていくデメリットがあります。
だからこそ、各案件ごとの情報共有をチーム内で行うことが分担する際には重要になってきます。
例えば、ベルトコンベアーで流れてくるパーツを組み立てて車を作る組織で、
ある作業ラインで不良品が見つかった時、不良品が見つかった案件は必ずストップしてラインから取り除き、チームに共有しなければいけません。
共有がないまま、ラインに乗っていると次の担当が、不良品に気づかず
次のパーツを組み立てて、故障車が納品されていき
後になって大問題が発覚するのです。
各自が尖って一つの作品を作り上げる
情報共有とそもそもの不良品のような問題の種を潰していき
案件の個体差を小さくしていければ
各担当が各分野に特化でき、個人では出せない大きなパフォーマンスを発揮できるようになると思っています。
少しずつ、各自の能力が高まっていった先で、新しいイノベーションを生み出し、更に尖り具合を極めていければ、成果も上がって楽しくなりそうです。
この記事を書いていて
急に、ジャンプのNARUTOの中で、ナルトが影分身をして
2人のナルトが右と左を見ているシーンを思い出しました。
ちなみに、シカマルが好きです。
それでは。
おまけ
巷で健康のためにいいといわれるウォーキングを
社会人になってなんだかんだ初めて習慣として実践してみました。
ガキの頃は、運動=ハードな印象があり
歩くより走るほうがいいとか、楽なことよりしんどい方が強くなれる
という単細胞生物もびっくりの考えを持っていてウォーキングなんて無意味とまで思っていた気がします。
ですが、いざやってみると
自分の時間を静かに過ごせている感覚が非常に心地いいことがわかってきました。
普段しないような思考にエネルギーを注いで、なんとなく前向きに物事を考えられていたのです。
太陽の光を浴びることでより、身体にプラスの効果があるという話も聞きますが
個人的には、雑音や周りの人が少ない深夜の散歩も
悪くないです。
今日も昼ころ、散歩をしていて
公園の前を差し掛かった時
子どもたちが元気に公園でワイワイしているのを見ました。
非常に心が穏やかになります。
「俺も公園でブランコして靴飛ばししてたっけな」
そう回想しながら、やはりウォーキング時間を充実させていましたが
公園から出てきた、チャリンコヘルメットボーイと
対面したまま、同じ方向にずれて道をゆずりあってしまう
「連続回避本能」(調べた)が発動してしまいました。
焦らせてごめんな少年。
またね。
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