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下山事件にみる歴史のねじ曲げ方 プロローグ3
「総裁は暗殺された」の意味
前回は「NHKスペシャル未解決事件File.10下山事件」で、NHKがなぜ古典的な他殺説の結論になったのかを考えました。もっとも自殺では「未解決事件」という番組タイトルと矛盾してしまいます。取材のスタートはあくまで他殺。仮に途中で「これは自殺だ」と記者が感じても、あとには引けなくなってしまうかもしれません。
実は無意味な「暗殺」の言葉
さて、前回の続きです。
NHKは米国で、下山事件の“重要人物”Fの娘さんに行き当たりました。
問題なのは、本当にFが下山定則・国鉄総裁を呼び出し殺害したのかということです。
Fが娘さんに「総裁は暗殺された」という言葉を残していたという場面が出てきます。画面に映ったメモを見ると「He was assassinated」と書いてありました。受動態です。
一方、NHKは情報屋Mに「そいつが犯人だ」と断定するセリフまで吐かせています。そんな「中心人物」が受動態で「殺された」と語ったら、情報屋の「犯人だ」は「はずれだ」ということではないでしょうか。
Fの「暗殺」発言は、報道機関などから無理やり聞き出されたものではなく、公になることを前提にしたものでもありません。娘さんに向け、自発的に受動態で語っているのです。
そもそも、本当に暗殺の主犯なら、平穏に暮らしている娘に「総裁が言うことを聞かないから俺たちが殺したよ」なんて意味のことを言うでしょうか。
「殺された」の表現からは、実は何も明らかになっていないのです。
東西冷戦が本格化する時代。GHQや日本政府は日本国民に「総裁は共産党に殺された」と思ってもらい、左翼の勢いをそぐ思惑がありました。そのため、GHQ内部では「殺された」と決めつけるのが暗黙の了解のようになっていたと考えられます。
(実際、捜査員たちは、GHQが「他殺」の結論を期待している空気を強く感じていました。GHQの内部文書にも「他殺」を期待する形跡が残っています。その辺の事情はおいおい見ていくことになると思います)
GHQ幹部の言葉も同じ響き
例えば、GHQ民間輸送局長のミラー准将は1969(昭和44)年、週刊新潮(※)で次のように述べています。
「下山総裁は暗殺(アサシネート)された。私は運輸大臣や国鉄の幹部からそう聞かされた。占領軍が事件の調査をしたことはない。全て日本側から報告がもたらされて私はそれを信頼した」
言うまでもなく、コメントの中に出てくる運輸大臣などは日ごろから労働攻勢にさらされているので「共産党に殺された」派です。「殺された」という結論に導くことが、日本政府とGHQの共通認識(共通願望)だったのです(これも後日、明らかにしていきます)。
ミラー准将が取材時にどういう英語表現を使ったのか分かりませんが、メモに残ったFの言葉と同じニュアンスを感じます。Fの娘さんが書いたメモも、単に「GHQ内部の様子から判断して『彼は暗殺された』と考えた」という程度の意味ではないかと思えます。
いずれにせよ、番組はFが犯行に関わったと強く示唆していました。下山総裁は米関係者に殺されたと示唆することは国際問題に発展する可能性を秘めています。Fの名誉にも関わることです。
「暗殺された」を放映するなら、メモの核心部分をもっと表に出さないといけなかったでしょう。
出さなかったということは「核心部分がなかった」と受け取られても仕方がないと思います。
※週刊新潮
1968(昭和43)年8月17日~1969年6月21日号で「マッカーサーの日本」を連載(後日、同名書籍を出版)。下山事件については①他殺説の中で黒幕にも名が挙げられる民間輸送局のシャグノン鉄道課長②G2公安課(PSD)で警視庁の捜査を監督したハリー・シュパック氏――のインタビューを載せています。特にシュパック氏の方は極めて客観的に話を引き出し、後に明らかになるGHQ文書とも本筋の部分は符合しています。週刊誌的には他殺説に偏った方が編集部に歓迎されたと思いますが、「事実」を追い求める記者の姿勢が感じられて感銘を受けました。シュパック氏は後日、登場願います。
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(プロローグ4につづく)