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【連載5】『人間不平等起源論』と奴隷社会

──狩猟採集民の本ばかり読んだおじさんに芽生えた思想 #5


◎「桜を見る会」の話から始まります

私は国会ウォッチャーです。石破茂が総理大臣となるや、すぐに衆院選をやるとのこと。国会開いてくれよ、国会議員なんだから。

安倍政権下でいくつものスキャンダルが続出したのをご記憶ですよね。モリカケサクラ(森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会の問題)なんて総称されます。すべて安倍氏がお友だちを優遇した疑惑でした。知り合いにカネ儲けさせることを縁故資本主義(Crony capitalism)と言います。ビジネス書には「人脈こそ金脈」なんて書かれているんでしょう。人づきあいはカネ儲けだなんて、クソッたれ。

桜を見る会は、2019年、共産党・宮本徹議員が、国会で疑義を呈したのが発端です。計上された予算1800万円対し、実際には5500万支出されていました。安倍氏の後援会が招待されたことで公選法違反の指摘をされ、私人とされた昭恵の招待枠があるらしいと疑われました。前夜祭の費用を安倍氏の資金管理団体が補塡したとも報じられたりもしましたね。招待者名簿は、宮本議員が公開請求したとたん、シュレッダーにかけられました。

歴代総理大臣枠の招待状には「60」という数字が振られていたそうです。マルチ商法で逮捕されるジャパンライフの山口会長は、2015年に届いた招待状をセミナーで見せて信頼を得て詐欺を働いたんです。招待状には「60」から始まる数字が刻印されていました。

安倍氏は芸能人と飲食した写真をよく公開し、なぜか国民はそれを好意的に受け止めました。桜を見る会はその最たるものです。2015年4月には深夜ラジオで安倍氏をバカ呼ばわりした爆笑問題・太田光が参加し、安倍首相の横で道化を演じました。会の翌日午後、爆笑問題のラジオ番組にゲストとして出演した大橋巨泉は「お前、利用されているんだよ」と太田氏に説教しました。私はその日を最後に、太田光が出る番組にはいっさい触れていません。

◎人類学に影響を与えた『人間不平等起源論』

ジャン=リュック・ルソー『人間不平等起源論』は、1753年、フランスのアカデミーが「人間の不平等の源泉はどのようなものか、それは自然法のもとで認可されるものか」というテーマの懸賞に応募した論文です。

トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』(1961年)は人間の本性は悪であり、自然状態の社会では「万人の万人に対する闘争」が起きると論じたことで有名です。その約半世紀後、ルソーは『人間不平等起源論』で、人間の自然状態は善であり平和的だと正反対のことを書いたのです。

原初的な人間像を探るためルソーは大航海時代に集まった未開人・野生人の記録を読みました。彼らは大昔の生活を続けていると考えたのです。のちに、レヴィ=ストロースはルソーを人類学の創始者とたたえています。

冒頭、こうあります。

(略)これほど見分けるのが困難に思える問題[=人間の自然状態を解明すること]を、わたしが解決したなどとは考えないでいただきたい。わたしは最初にいくつかの推論をあえて行い、いくつかの推測を示したが、それは問題を解決するためというよりも、問題点を明確にし、その真の姿を示すことを目的とするものである。同じ道を楽々ともっと遠くまで進める人もいるだろうが、最終的に解決できる人はいないだろう。人間の実際の本性において原初的に存在していたものと、人為によって生まれたものを区別するのは容易な業ではない。そしてもはや存在していない状態、おそらく存在したことのなかった状態、きっと今後も決して存在することのない状態を見分けるのも、容易なことではないのである。しかも人間の現在の状態を正しく判断するには、こうした状態についての正しい見方が必要なのだ。

『人間不平等起源論』光文社古典新訳文庫「序」36p 太字は引用者

引用の太字の部分をもって、ルソーは原初的な人間像を探ってはいないという意見をいくつか見ました。たとえば、國分功一郎は『暇と退屈の倫理学』でこう書きます。(ルソーが描出した原初的な人間は)「かつて人間がいた状態や戻っていける状態として書いているのでもないし、これからたどり着ける状態として描いているのでもない。」(新潮文庫、207ページ)。

うむむ。その解釈は違うのでは……。たとえば、ルソーが読んだ資料には、コンゴ王国に赴いた《何人かの旅行家》が《人間の女と猿の雄のあいだに生まれた子供ではないかと考えた》動物がいる(『人間不平等起源論』231p)という不確かな情報もありました。ルソーは、もはや存在していない・おそらく存在したことのなかった・きっと今後も決して存在することのない情報を慎重にふるいにかけ、いまも存在している・おそらく存在してきた・きっと今後も存在する人間像をご覧にいれますと宣言しているはずです。

今から見るととんちんかんなことも散見されます。しかし、一般に野生人は〈惨め〉だと考えられているが、文明人より幸福かもしれないなどと指摘もしています。そんなこと考える同時代人がどれだけいたでしょうか。

わたしが尋ねたいのは、文明の生活と自然の生活のうちで、そこで生きる者にとって耐えがたいと感じられる生活はどちらだろうかということなのだ。わたしたちの周囲を見渡してみよう。生活の苦しさを嘆く人ばかりではないだろうか。(略)自由に生きている野生人が、自分の生活に不満を抱き、命をたとうと考えたことがあったかどうか、尋ねてみたいところである。

『人間不平等起源論』光文社古典新訳文庫、97ページ

アマゾンの狩猟採集民ピダハンに、ルソーの質問をぶつけてみましょう。

「自分を殺したのか? ハハハ。愚かだな。ピダハンは自分で自分を殺したりしない」みんなは答えた。

ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン』(みすず書房)367ページ

人間の本性は平和的で利他的で争いごとをしない……私もそう信じたかったんですが、今は、人間ってもともと悪・わがまま・独善的だと考えています。《【連載3】分配という生存戦略》で書いたとおり、狩猟採集民の平等主義・分配主義は教育によって後天的に獲得されるのです。みんながほしいままに独占する社会は淘汰されたんじゃないしょうか。みんなで食べものを分け合うのは、社会が存続するための「生活の知恵」なんです、きっと。

◎不平等はいつから生じたのか

その日暮らしの狩猟採集民を十把一絡げに語るには注意が必要ですが、私の知るかぎり、階層がなく自由で主従関係がなさそうです。1万2千年前まで人間が全員そんな狩猟採集社会だったとしたら、なにかが原因で不平等や主従関係が生じたのでしょうか。ルソーが提示する答えは以下のとおりです。

 ある広さの土地に囲いを作って、これはわたしのものだと宣言することを思いつき、それを信じてしまうほど素朴な人々をみいだした最初の人こそ、市民社会を創設した人なのである。そのときに、杭を引き抜き、溝を埋め、同胞たちに「この詐欺師の言うことに耳を貸すな。果実はみんなのものだし、土地は誰のものでもない。それを忘れたら、お前たちの身の破滅だ」と叫ぶ人がいたとしたら、人類はどれほど多くの犯罪、戦争、殺戮を免れることができただろう。どれほど多くの惨事と災厄を免れることができただろう。

『人間不平等起源論』(光文社古典新訳文庫)123ページ 太字は、本文では傍点

財産が生じると、「犯罪、戦争、殺戮」が起きる……。「こうして平等な状態は失われ、恐るべき無秩序が訪れた。富めるものの横領と貧しい者の略奪が、そしてすべての者の放埒な情念が、自然の哀れみの情を窒息させ、いまだか弱い正義の声を圧しつぶした。こうして人間たちは貪欲で、野心家で、邪悪な者となったのだった」。「生まれつつある社会は、きわめて恐るべき戦争状態になったのである」。

現代は、新自由主義。「わしのもんじゃ、わしのもんじゃ」とみんなが独占したがる世の中になりました。公共のものだった国鉄や郵政や神宮外苑が民間に払い下げられ、誰かの利権に変わります。現代日本は、狩猟採集社会とほど遠い利己的な社会になりました。そんな独善的・利己的な欲望を全開にしていると、どんな地獄に行きつくのでしょうか。ルソーはこう書きます。

 それ[引用者註=野生人の生活]とは反対に、都市の市民は汗を流し、たえず動き回り、もっとせわしない仕事を探して苛々しつづけるのである。彼は死ぬまで働く。そして生きることができるようにするために、ときには死に向かって突進することすらある。不死の命を求めて死ぬことだってするのだ。自分の憎んでいる権力者と、自分の軽蔑している金持ちに媚びへつらい、こうした人びとに仕える栄誉を手にするためなら、どんなことも厭わない。自分の卑しさと、こうした人びとからうける庇護を誇らしげに示し、自分の奴隷状態を自慢して、こうした奴隷状態に加わろうとしない人々を軽蔑する。

『人間不平等起源論』(光文社古典新訳文庫)187ページ

ねえ、「自分の奴隷状態を自慢して、こうした奴隷状態に加わろうとしない人々を軽蔑する」だなんて「桜を見る会」そのものじゃないですか。奴隷が王様をよいしょする。

こんな奴隷地獄を避けるにはどうすればいいか。ルソーは貧富の格差が生じないようにせよと言っているようです。

[国家は]百万長者も乞食も存在しないようにしなければならない。この二つの身分はもともと不可分に結びついているのであり、どちらも公共の幸福に有害なのである。乞食の身分からは、暴君の政治を扇動する者が生まれ、百万長者の身分からは暴君そのものが生まれる。この両者のあいだで、公共の自由が売り買いされるのである。一方がそれを買い、他方がそれを売る。

『人間不平等起源論』(光文社古典新訳文庫)187ページ

大昔、人間は自由に楽しく生きていました。不自由になってしまった現代、政治家がすべきことは、格差を抑えることです。金持ちや大企業から税金をとって、貧乏人や中小企業に再配分をすればいいのですよ。

残念ながら、自公政権はその逆をやってます。第2次安倍政権以降はとくに顕著です。逆進性の高い消費税やインボイス制度で貧乏人やフリーランスを苦しめ、富裕層や大企業の税負担を減らしているのです。石破氏は現状を良くないと思っているかも知れませんけど、自民党にいる限り、思い通りに発言できません。自民党は表紙を変えても中身は同じです。衆議院選挙では、自民党議員を精いっぱい落としましょう。

あなたが奴隷でないのなら。

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