Be yourself〜立命の記憶I~31
◆第16章:初めてのデート(7)
タイ語で何か話してから、電話を切って彼が言った。
「彼女が写真送れって言ってるから、写真撮ってもらおう。」
「あ、それは、疑ってるんでしょ?何もございませんよー的なヤツを取ろうか。」
とはいえ、少し慌てている。淡い恋心が表情に出てしまったらどうしよう。
あと、ブスじゃないと彼女が心配する、心配する、だからブスな顔で!
結果、緊張しちゃって肩をすくめて、目が見えなくなるくらい笑って目を細めた。
普通に盛り上がってるから、遅くなりますー的な印象付けをするか、と思って、親指を立ててグー。
その手が緊張しちゃって、なんだか腕を全部思い切り伸ばしたポーズになってしまった。
お店の人に写真を撮ってもらって、彼が確認する。
「うん。」
と、彼がうなずくので、えー、ちょっとわざとブスにしないとと思ってこの顔なのに、
あんまり確認しなくていいですよー、こんなブス見ないでー、と心で思いながら、スマホを見せてもらう。
うーん、まぁ、私の中ではブスなほうだ。まぁいいか、これで。
彼にスマホを返した。
二人で席を後にして、階段を降りる時、意外にも彼がエスコートしてくれた。
階段を一段降りたところで、手を差し出して待っている。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがと。」
こういうのは、よく男性がやってくれるので、割と慣れてる。
ところが、1階に降りても手が繋がったまま、出口まで歩いている。
あれ・・・。あれ?
エスコートした時の手の形で、指と指が軽く繋がれている。
ん?どした?何故このまま?
そのまま、お店を出て、隣の隣が昨日のスナックだ。
彼は、言った。
「さぁ、じゃぁ、カラオケに行こうか!」
「イヤイヤイヤイヤ!それはこの状況では無理でしょ!」
私は、繋がっていた手を離して、立ち止まった。
だって、お店のお姉ちゃんたちに、完璧に不倫してると思われますわ。
だって、「長い間」を私に歌わせたって事は、昔の恋の歌はこの子に歌わせなって事。
つまり、私達の関係が分かってたワケでしょう?
(他にも、昔の恋人に対する歌ばっかりなぜか歌っちゃったよ。選曲が秀逸過ぎるほどに。HYの366日なんか感情込め過ぎだったし。別れた恋人に対する歌って、こんなに沢山あるのかってびっくりしたもん。)
「いやいや、大丈夫でしょ?」
「イヤー、イヤイヤ、絶対無理だってば!」
「大丈夫、大丈夫。」
そう言って、彼がお店のドアを開けに行こうとしたから、私は、強く彼の腕を引き寄せて、自分の胸の位置で固く抱きしめて、彼を見上げた。
「ムリだって・・・。」
-----回想-----
もう、まったく私には聞こえていない金さんの声。
「腕をさわる、目をじっと見つめる、はダメよー。」
--------------
すると、彼は、うーん、と考えてから、こう言った。
「よし!じゃぁ、あそこいこう!」
「やっと分かったね?ココは無理でしょ?あー、もう分かって良かった!」
私は、彼の腕を掴んだまま、背中をバンバン叩いて、笑いながら歩いた。
彼が止めたタクシーに二人で乗り込んだ。
「とっておきのところがある。」
「どんなとこ?」
「いい雰囲気のとこ。」
「へーいいね。」
「俺が女口説く時に使うとこ。」
「え!!なにそれ変なとこじゃないでしょうね?」
私、少しラブホテルみたいなのを想像してしまった。
「まぁ、楽しみにしてて。」
「もー、私、あなたとはセックスする気はありませんよ?」
もう、ホントそんな事出来るところに連れて行かれたら困るから、正直に言った。
「大丈夫、大丈夫。」
彼はニコニコしながらそう言う。
ええー、どんなとこなんだろうー。
ちょっと心配。でももう、タクシーは私のホテルを通り過ぎたし、ここまで来たら、後には引けないというか、なすがままにするしかないというか。
しばらく走るタクシー。そんなに遠くない場所。
着いたところは、なんだかめちゃくちゃ大きい高級ホテルだった。
ロビーのエントランスの車止めにタクシーが止まると、ドアマンがドアを開いてくれて、そこは街中の雑多でカオスなタイとは別世界。
洗練された、高級感のある内装の、広い通路を歩く。
壁沿いに背丈ほどの大きな花瓶が3つ並び、大きなユリの花がぎっしりと生けてある。
彼は私の手を軽く引き、エスコートしながら、エレベーターに乗った。
相変わらず、指先と指先だけが軽く触れている状態で。
到着して降りると、もう一度、別なエレベーターに乗り換えて、更に上へ。
洗練された深い紫の内装のエレベーターは、一番上までの直通のようだ。
エレベータの扉が開くと、右に階段があった。
赤いブラックライトで照らされたスタイリッシュな階段を昇ると、・・・そこには絶景があった。
バンコクの中心で360度市内を見渡せる、とても高いビルの屋上。しかも空との吹き抜けになっていた。
高さは200m以上はあるのだろう。空の中にぽっかりと浮かんだ円形のバーは、まるで屋根の無い宇宙船ようにバンコク上空に佇(たたず)んでいる。
まさに、天空のバーだった。
すごい・・ここ、すごい・・・。
感激している私は、席に案内され、何を飲むか聞かれた。
私はワインだったら何でもと伝えて、空を見上げた。
彼は、私の飲み物とジントニックを頼んだみたいだけど、私はもう、空に夢中だった。
私の五感は、全開に花開いていたと思う。
空間の全てを自分の身体に取り込みたいような、そんな気持ちになった。
「私、はたから見るとちょっと変な格好の人になってもいい?」
「いいよ。」
私は、椅子に横向きに座って、そのまま両手を後ろに持っていき、ガラスのついたてに寄りかかった。
真上を眺めると空が見える。地球の丸さを十分に感じ取れる開放感。
曇り空のおかげで、空に、穴の空いたフカフカの絨毯が敷き詰められていて、立体的に見えるのが深夜の時間ならではの楽しさだ。
「上見て何が面白いの?」
「面白いよ、見てごらんよ。地球丸いよ。」
「あ、ホントだ。丸い。」
「晴れてたらもっとキレイなんだけどね。」
と彼は言った。
私は、
「曇りでも十分キレイだよ。」
と言い返した。
地球の美しさに見とれていた私。
彼は何を見ていたのだろう。
ひとしきり、空間を堪能した私は、起き上がって座り直した。
出てきた赤ワインが抜群に美味しい事に、感激していると、彼が言った。
「ここ、俺が女口説く時に来るところ。」
「え。」
「あなたは口説かないけどね。」
彼は優しく笑った。
「一人で考え事する時とかも来たりする。もう少し早い時間だと客も少なくて、夕日がキレイなんだよ。」
「あー、良さそうだね。」
「で、ここで一人で夕日見ながらビール飲んでる俺、どう?」
「あなた、自分大好きだね。」
「・・・。」
「かっこいいね」と言われたかったんでしょう?もう分かってるよ。フフフ。
もう、心が繋がっている感じがした。
言葉が無くても、私、彼の気持ちを感じ取る事が出来てる気がした。
空に近い分、何か目には見えない力に、動かされていたんだろうか。
彼のお母さんからの、魂のメッセージを受け取った私は、彼の魂とも繋がる事が出来るような気がした。
そうか、私達はたぶん、ソウルメイト(魂の友達)なんだね。魂が繋がっているから心を通わす事が出来るんだね。
そして、また、色んな事を聞いた。
彼が仕事で辛かった時の話もしてくれた。
心臓が止まりそうな、頭の中でサーッと音を立てて血の気が引くような失敗をした時の事。
彼は目に涙を浮かべながら、
「あの当時、眠れなかったもんね・・・。」
と言った。
私の心が傷んだ。この時、彼の心と私の心はリンクしていたと思う。
私には、言葉で言われなくても彼の気持ちが、そのままダイレクトに伝わっていた。
自然と、
「辛かったね。それは本当に辛かったね。」
という言葉と共に私にも涙が滲む。
だって、彼の心が辛かったと叫んでいたから、そうだったんだね、としか言えなかった。
その時は、ただ、彼の心に寄り添う事しか出来なかった。
後で、考えても、分かるよ。
一人で様々なプレッシャーと闘いながら、どうしたらいいか、色んな考えがひたすら頭をかけめぐり、眠れなくなること。
自分のプライドや立場から、相談する相手も見つからず、途方に暮れてしまう事。
経営者って、そういう仕事だ。
この時は、彼に寄り添うべきだと、私の心が主張した。
後になって、改めて、彼に伝えるべき事があると思った。
私、本来、仕事がデキる女だったのを思い出した。
そういう時は、こうすればいい。
【頭の中を紙に書いて整理すること】
【心を開ける人に正直に相談をする事】
私は、今回の旅の使命に気付くのに、紙に書く事から始まった。
そして、最初に相談した、自分の会社の二人の仲間が居た。
私、日本に帰って会社に行ったら、まずは二人を順番にハグしよう。そして私は二人の事が大好きだと伝えよう。
社長は、時間の代わりに、お金を払う。
従業員は、お金の代わりに、時間と労力を提供する。
ただ、それだけの話だ。
漢字を見ると、いかにも社長が上で、従業員が下のような字面をしているけれど、その漢字は適切では無い。
会社が大きくても、小さくても同じだよ。
私の会社の二人は、私にとって、たぶん親友なんだ。
もし、この会社が無くなったとしても、私は二人とはずっと友達だろうな。
そして、親友は、「お互いを裏切らない」から「信用できる」。
でも、ニノといるこの時は、まだこの事実に気付いてなかったんだ。
今度教えるよ。あぁ、今伝わった?
その後、彼の仕事に対する思いや、熱意を聞いていた。
最初に聞いた時とは違う、彼の仕事への心からの想いが私の心にダイレクトに伝わった、その瞬間!
私、見えた。
あ、彼、成功する。
「もう、これ以上何も言わなくてもいいよ、あなた成功する、成功するよ。私見えたもの。」
彼にも、私の気持ちはダイレクトに伝わったのだろう。
彼は何も言わずに、頷いた。
風が強くなってきた、屋上のバー。
席を立った彼が、
「そろそろ行こうか。」
と言ってきた。
「あ、うん。」
もうたぶん遅い時間だし、このままホテルに戻るんだと思った。
私のほうは、なんとなく、まだ淡い想いを抱いたまま。
お会計になんか時間が掛かっていたので、私は自分のクレジットカードを出そうとしたが、彼がいいよ、いいよ、と止めたので、私は、本当にありがとう、と言って、また空を見上げた。
私達は相変わらず、エスコートする時の指先だけを少し握った形のまま、
エレベーターを2回降りて、タクシーを拾った。
「あなたのホテルに戻るよ。」
「うん。」
時計を見ていないから何時ころかは、分からない。夜の10時?12時前?
車内は急に静かになり、軽く触れているだけの指先の温度を意識すると、心臓の音が強くなりそうで怖い。
あぁ、これでもうお別れなのね。彼はホテルの前でどうするの…。