Be yourself〜立命の記憶I~32
◆第16章:初めてのデート(8)
と、思った時、突然、電話が掛かってきた。
彼が電話に出る。
「★○◆□」
タイ語で何か説明している。
強い口調に変わった後、電話を切って、彼は言った。
「今から彼女のところに行こう。」
「はぁ??」
そして、彼が運転手に行き先をタイ語で何か伝えている。
「散々、色々言ってるから、じゃぁ連れて行くから会ってみろよ!って言ったんだ。」
なんか怒っているような、勝ち誇っているような顔されていますけど、どういう意図なの?
「いや、だって、今、何時?」
「12時過ぎだね。」
「イヤイヤイヤ、帰るでしょ、遅すぎるでしょ。」
「明日大丈夫だったらだけど。」
「イヤ、そういう問題じゃないよね。彼女に会ってどうすればいいの。」
「会えば納得するでしょ。」
「え?は?どういう意味?全然分からない!」(主語が無いから察する事が出来ない。)
「だから会えば分かるでしょ。」
「イヤ、ごめん、全然分からない!」(主語が無いから察する事が出来ない。)
「とにかく会ったら分かるはずだから。」
「いやー、分からない!ていうか、とにかく今のこの顔で会うわけにはいかない!」
会ったら殺されそう。
「じゃぁ、どっちがいい?帰る?行く?」
「えーと、今何時?」
「12時過ぎ。」
「うーん・・・。」
この時の私の心情としては、12時過ぎならこのままホテルに帰りたかった。
でも、このまま帰ると、彼女からは、逃げやがったな、と思われるか・・・。
そうなると、たぶんもう二度と彼とは会えなくなるだろう、それは悲しいし、いい友達ではいたいんだよ・・・。
と考えていたら、
「あ、もう着くよ。」
タクシーが、減速して歩道につけようとしている。
「ハァ!?!?イヤーちょっとちょっとちょっと!」
ダメだ、時間無い。
「よし、分かった!じゃぁ、私、今から女社長に戻るからね!よろしく!」
首に掛けていたオレンジの花柄のストールを、旅用のもっさい黒のバッグにさっさとしまう。
その日の服装は黒一色のロングワンピースだったから、黒の斜めがけバッグを持つと全身真っ黒だ。
このバッグが、もっさいから、ダサさを演出できるくらいのつもりで。
耳に付けていた花びらの形のイヤリングも取って、バッグに仕舞った。
手際いいな私。
ドアが開いて降りると、止めたタクシーの後方5mくらい先に、彼女、待ち構えていました。笑顔で。
「コンニチワー!」
おぉ、こんなに離れているのに、ピリピリした空気を感じるよ。怖い・・・。
しかし、そこは、敏腕女社長の私、さすがでした。
速攻で、満面の笑顔対応。
もう、私から走り寄ったよね。
そして第一声。
「カワイイ~!!わーお、超カワイイですね!!あなたなのね!」
ってね。
そして、彼女を抱きしめた。
感情がバレないように、隠している私は、心臓がバクバクしていたから、ハグする時に胸が触れ合わないようにした。
「ごめんなさい、遅くまで彼をお借りしていて。私、久しぶりだったのでとても長く話していて、時間を忘れてごめんなさい。」
そして、彼女の顔を見て、私は、
「あ、日本語、大丈夫ですか?」
と聞いた。彼の声が後ろから少し聞こえる。
「あ、彼女、日本語大丈・・」
「ワタシ、スコシ、ニホンゴダイジョブですー。」
同時に彼女も答えた。
私は、笑顔で言った。
「あぁ、良かった!」
そして、真面目な顔で、
「それにしても、あなた本当にカワイイですね。本当よ。超~美人!」
彼女、少し照れている顔をした。
本当に美人だったんだけど、その後、微笑み返された中に、ものすごい殺気を感じる・・・。
そして、彼と彼女が目を合わせる。
何かタイ語で話をすると、彼女が私の右腕をしっかりと組んで、歩き出した。
初対面の人と、女性同士でもなかなかこんなに密着はしねーだろ、ってなくらいガッチリと強く腕を組まれている私。
日本人らしく、若干戸惑いながら腕組まれた状態で歩き出した。
彼が後ろから、「彼女、歌手だったんだよ」と言う。
彼女は「ア、ソウナンデスカー」と言った。
イヤイヤ、私を持ち上げたら彼女が余計怒るでしょうが、分からんのかね、この男は。
雑踏の音が大きかったので、私は何も言わなかった。
沢山の車のクラクションの音とライトの光が交差する街中、深夜のバンコクでも人混みで溢れている。
人をかき分けながら、角を右に曲がると10m程歩く。右側に大きな建物がある。
広い駐車場を抜け、建物の1階のガラスの扉の前に来た。
私は、ここ何?と思って彼を見ると、
「ここはタイのクラブね。」
と彼が言った。
彼女が扉を押し開ける。
「あぁー、私、どこ行きたい?って聞かれた時、クラブっていう選択肢もあるなって思ってたわ!」
これは本当の事だ。思い出したから言った。
でも、彼女に腕を強く引っ張られながら、後ろを向きながら一生懸命説明していた私。
建物の中に入った。
ビリヤード台が置いてある。深夜のバンコクでたむろするタイの若者が数人といった印象だ。
表通りよりもまったくもって人が少なくなり、音楽も流れて無い。ガランとした空気が漂っていた。
やっと彼女の腕が離れる。
あ、安全なところに来たって事か。今これを書いていて、思い返して初めて理解した。
彼女、優しいんじゃん。
しかし、まぁ、この時間からクラブねぇ・・・。
ちょっともう遅い時間だから正直疲れるんだけど、しょうがない。
私は、これからどうなるのか分からない展開に、考えてもしょうがない、と諦め、ただ流れに身を任せる事にした。
1階の奥に黒い扉があり、防音扉らしく、厚ぼったいビニールのような質感になっている。
その扉の前に、彼女の友達らしい女性がいた。
彼女は友達に手を振ると、扉のほうに駆け寄った。
友達の女性が重そうな扉を引いて、全員で中に入る。
セキュリティ担当の、でかい男が、私と彼の腕にスタンプを押した。
目の前の真っ暗な階段に光が漏れている。
クラブ特有の、ドッドッドッドドドッドッドッドドと音のこもったベース音が響いていて、全員で階段を昇ると、段々音が大きくなってきた。
一番上までたどり着いたら、そこは舞台に幕の貼られた広いクラブの空間だった。
あー、タイのクラブって、こんな感じねー。と思った。
私は、日本のクラブはよく行きましたので、違いはよくわかります。
タイのクラブは、ちょっと古い感じ。っていうか、日本のクラブに比べて明るすぎ!
音楽も微妙にレトロ。興ざめしないのかね、これ。
で、舞台の前に、丸テーブルが3つくらいある。
その内の2つのテーブル周辺に女の子達が6,7人くらい居て、踊っていた。
私が彼女に紹介されて、彼女の女友達が代わる代わる挨拶に来る。
「これはなんとかちゃん、カノジョ、ニホンゴデキマスー」とかそんな感じで。
それがわらわらわらわらどんどん寄ってくるのだ、私に。
あっという間に、他の女の子達に囲まれた。
で、その女友達の一人に腕を引っ張られ、私は彼のほうとは違うテーブル周辺の前に連れてこられた。
ヘーイ、ダーンス!みたいなジェスチャーをされて、あぁ、ええ、と頷くものの、乗り切れない。
そもそも、このもっさい斜めがけの旅行用かばんが大きいんだよ、重いんだよ。
彼はこの状況でどうしてる?と思って見てみたけど、
なんか、隣のテーブルの前で突っ立っている。携帯を見ながら。
いやいやいや~、とりあえず、なんとかしようよー、と思って、彼の近くまで行き、これ、どうすればいいの?と聞いたが音楽がうるさすぎて聞こえない。
彼の耳元まで口を近づけて、
「これ、どうすればいいの?とりあえず飲み物を貰いにいけばいいの?」
と聞く。
その時、どこかに行っていたのであろう彼女が近くに戻ってきた。
あ、彼に近づくと殺されそう、と思った私は、俊足で、彼女のほうへ歩み寄る。
そして、つたない英語と笑顔でこう言った。
「So,I heard you are pregnant. conglatulation~!!」(あなた妊娠してるらしいって聞いたわよ~!おめでとう!!)
とても愛おしそうに。
そして、
「I have tree childs、treeよ、tree!!」(私子供3人居るから、3人よ、3人!)
「I love childs sooooo much!」(私、子供大好きなのよ!)
とね。
うん、彼と居酒屋で1日目に話した時、彼女の生理が2ヶ月来ていないと言っていた。
私、これ、妊娠してるでしょ、って分かったよ。
分かってたんだけど・・・、バカだよね・・・、私。
急に大人になった私の作戦はこうです。
私は母ですー。なので、敵ではございませんー。殺さないでー。とね。
少し、彼女の態度が緩和したかな?嬉しそうに笑っている。
あと、ひと押しだ。更に話しかけた。
英語がわからなかったから日本語でだけど。
「私たちは、あなたが心配するような関係ではないです。心配しないで。安心して。何もしてないよー。」
そこで、彼が私に声を掛けてきた。
「送るよ。」
あ、えぇ、はい。出来れば御願いいたします。とっととお願いします。
と、思っていたら、彼女の女友達に腕を引っ張られて、元のテーブルに移動させられた。
あ、はいはい、何ですか、え、踊れって?
(やろうと思っていた事を忘れて、目の前の課題に対していちいち真剣に向き合ってしまうのがADHDの特徴。)
いやー、ちょっとお酒が無いとこのクラブでは踊れませんわー。と思ったので、
「何かお酒を買う場所はありますか?」
と聞いた。入る時にスタンプ押したからドリンクバーがあるだろうと。
そしたら、その彼女の女友達が、ジェスチャー混じりの英語で言う。
「私が代わりに買ってきますよ。」
「あ、ありがとう。お金は大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、待ってて。」
と、コミュニケーションを取り、とりあえずそこのテーブルの脚と台のつなぎ目の部分についているフックに重たいカバンをかけた。
はー、重かった。よし、これで踊れるんじゃないの。
と思ったら、彼がやってきた。
「帰るよ。」
あ、そうなの?あ、分かりましたー。お酒買いに行った彼女、大丈夫かな、いいのかな・・・。
(どんな小さな事でも約束を忘れずに守ろうとするのがADHDの特徴。)
まぁでも、本当は帰りたいんだよね。
私は、バッグをフックから自分の肩に掛け直し、彼の後ろをついていった。
入口まで向かう道を、一度間違えたらしく、壁に突き当たったので、引き返した。
彼、相当酔っ払っているのでは・・・。
引き返す道すがら、手を下のほうでそっと差し出したので、私は瞬時に彼の背中を叩いた。
誰が見てるか分かんないだろうが、バカヤロウ、しっかりしろと。
で、ビリヤード台のあるエントランスまで来たら、彼女待ってた。
あれ、じゃ、さっき私が彼女の友達とお酒どうすると話してた時は、外にいたの??
私は彼女に、
「さっき、あの日本語の出来るお友達に私のお酒を頼んでしまったんだけど、出てきてしまって大丈夫でしょうか?」
と聞いた。
「ダイジョブー、ダイジョブー、イキマショー」
という彼女。
出口を出て、彼が先頭、その後ろを私達。
歩道橋を渡る為に階段を上る途中で、彼女がなぜだか靴を脱いだ。両方とも。
ヒールが痛いの?
私、離れて先頭を歩く彼に走っていって、背中を叩いた。
「おい、彼女が足を痛がってるぞ!気づけ!お姫様だっこくらいしろ!!」
女社長、命令する時は男になるんすよ。
無視して歩く彼。
彼女が追いつくのを待っていると、あれ、彼女なんか怒ってる?急いでいる?
歩道橋の端までくると、彼が階段を最初に降りるところで、おんぶの姿勢で待っていた。そうそう、彼女をおんぶしなさいよ。
あ、ほらほら、どうぞどうぞ、と彼女を誘導しようとするも、私の右側をすり抜け、階段を裸足のまま足早に降りていく彼女。あれ?え?
その彼女の後ろ姿を見て、後を追う彼と私。
下の道路についたら、タクシーが待っていた。
彼女は私のほうを見て言った。
「カレ、キビシーよ、チョーキビシー。」
あ、でしょうね。女は三歩後ろを従いて来い、というタイプだからと言っていたものね。
「Oh,Yeah,I know.」(あぁ、知ってる。)
と同情を込めた返事した。
タクシーの後部座席に彼女と私、助手席に彼が乗って、走り出す。
あ!てことは、彼女、急いで先に降りてタクシーを止めて待っていたの?
今これ書いてて気付いた。
足が痛かったんじゃなくて、走れないヒールだったから脱いだのか!
なんて素晴らしい女性なんだ・・・。
タクシーの中では、彼女は日本語でこう言っていた。
「ワタシ、カレノカゾク、アイマシタ。オトウサン、オカアサンアイマシタ。」
「I know.I know.He talked me.」(知ってるよー、彼から聞いたよー。)
と私。
「タイ ハ、トテモ カゾク ダイジ ニ スル」
「Oh,Yeah.I know.I know.They loves you so mach,I heard from him.」(えぇえぇ、知ってるよー。彼の家族はあなたの事を愛しているって聞きましたよー。)
少しオーバーなりアクションで。
「And I heard He loves you,too! He said that he loves you many many times. I think wooo.」(あと、彼もあなたを愛しているよ!彼から何度も聞いたから、ちょっとウーってなったよ)
ノロケ話うんざり、という表情で。
とにかく、彼女を安心させないと。
ひたすら、彼女はカタコトで、私は結婚するつもりの女性だというアピールをしていたと思う。
彼を取らないで、というような気持ちを感じ取った。
私はそれを感じたので、ひたすら彼と彼の家族はあなたを愛しているんだと伝えた。
私のホテルに到着すると、ロビーまで彼と腕を組んだ彼女が一緒に来た。
フロントで明日のリムジンタクシーの手配をするから、と彼が言う。
そのほうが絶対に安心で安全なんだそうだ。
それはぜひに。よろしく、と待っている間、二人はタイ語で色々と話をしていた。
そして、お金は明日払わないといけないそうで、私にしかできないとの事。
持っている現金で足りるのか、見てもらう。自分じゃ、見ても全然わかんない。
とりあえず、足りるそうだ。
「高いけどね、安心だから。こっちのほうが絶対いいから。いや高いけどね。ホントこっちのほうがいいから。」
と彼。
いや、私そんなお金無くないから大丈夫だよ、とは思ったけど言わなかった。
後で気付いたけど、日本円にして4000円程度。いや、やっぱ高(たけ)ーわ!!タイだろここ。
普通のタクシーなら1000円以下だって。
ありがとう、とお礼を言った後、お土産渡すのを忘れてた事に気づく。
「あ、じゃぁ、私、お土産を持って降りてきますので、そこで待っててね。」
でエレベーターで8階の部屋へ。
彼宛のお土産の袋を一度開けて、忘れ物が無いか、確認。
部屋を出る時に、キーを忘れないように意識をそっちに向ける。
エレベーターを降りると、4人がけのロビーの椅子とテーブルのところに二人が座っていた。
何か、彼は少し怒っていて、彼女は少し泣いている。
「お・待・た・せ~!」
お土産の袋を持った私は、努めて明るく振る舞った。だってこのために用意したんだもんね。
「タラーン!はい、ではお土産の説明をいたしますよ!」
「はい、まずは鹿児島のかるかーん!彼女と一緒にどうぞー。」
彼に渡す。
続いて、
「はい、そんでー、これは彼女によー。my company's cosmetic,It's powder,wild silk powder.使い方と商品の説明パンフは彼に読んでもらってね。」(私の会社の化粧品ね、シルクパウダー、ワイルドシルクパウダーよ。)
彼女に渡す。
「あとは、リクエストのあったおつまみでーす。説明が必要なのは、これー。」
と、箱ごと日本から持ってきたリードのクッキングペーパーシートを彼女に渡す。
「これをお皿に敷いてね、これを乗せるの。えーとどれだどれだ。」
がさがさと袋を探す私。あったあった。チータラ。
「このチータラをですね、このクッキングペーパーの上に並べて、電子レンジで1分、または2分チンしてね。とっても美味しいのよ。」
以前SNSでシェアされてた食べ方。
彼女笑顔だ。良かった。
「あとは、他にもおつまみ色々ー。はいどーぞー。」
と、でっかい袋の取っ手を持って、彼に渡した。
さ、使命は果たした。
それでは、と二人が立ち上がる。
私も立ち上がった。
私は感謝を込めて、彼女にハグした。
ありがとう、会えて良かったわ、と。
本当に幸せになってね、とも伝えた。私ちょっと涙ぐんでいたと思う。
そして、ほんとにお腹を大事にしてね、take care, take careと何度も言った。
そして、そう考えるとなんだか彼にも怒りが沸いたので、
「もっと彼女を大切にしろ!take care for her!take care for her!」
と訳の分からない英語を叫んでいた。
そして、彼女のほうに、本当にありがとう。幸せになってね、とまた伝えた。
で、彼のほうを向くと、ハグの準備してる。嬉し恥ずかしそうに。
彼女は、ハグしていいわよー、どうぞー、と英語で言っている。
私は、その顔を見て、バカヤロウ嬉しそうなのが丸出しだよ、彼女に失礼だろがー、と思って、彼の肩を叩いた。
でも、彼女はok,okハグしなさーい、と言っている。
彼がハグの体制のまま待っているので、
私は「もう、しょうがないわね、この男ったら」というような表情で、
ごくごく自然に軽くハグをした。ポンポンっと軽ーく。
じゃぁ、またね、本当にありがとう!と伝えて、私はエレベータのボタンを押した。
帰る二人の背中を眺めている間にエレベータの扉が開いた。
乗り込んで閉じるボタンを押した後、
大きく、深いため息が出た。
「は~ぁァァァ。疲れたぁ・・・・・。」
その夜、私は、複雑な思いを抱えたまま、シャワーを浴びて、バスローブを着て、ふて寝した。
続き→第17章:見えている未来