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投資家の器、人間の器|#もりマガ

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#もりマガ 016号


しばらく、発信活動から離れていた。
土地から新築アパートを建てたいとか、
自分用の戸建てを買いたいとか、
その両方の融資がシンドいとか…


リアルがどうにも思い通りに行かず、
体力が削られていく中で、
発信活動の継続が難しくって、
自分で2ヶ月ほどの休みを設定した。


この間、発信の積み上げはできなかったが、
このお休み期間は意外と良くて、
「幸せについて本気出して考える」という
貴重な内省の時間になった。


自分は、何を言いたいのだろう?
どう思ってもらえたら幸せなんだろう?


というかそもそも、今日・イマ、
もうすでに幸せだよね?
家族仲良く、それなりの暮らし、虫歯もない。
それに加えて何を求めるのよ?


問うても問うても、
「それでも何故だか発信したい!」志の炎は、
小さいながらも、確かに消えずに燃えていて。
だから恥ずかしげもなく、再開する。


何を言いたいのかは、
やってるうちに、わかってくるはず。


好きな言葉の一つに、
『最も言いたいことは、
 最もいいたくないことのそばにある』
という言葉がある。


表現するなんてことは、
そもそも恥ずかしいこと。
表現には必ず、自分の失敗や不遇を含むし、
時に、内臓を見せてるような気分にさえなる。


だから基本、言いたくないんだけど。
でもその倍くらい、
言わなきゃいけない気がする。
そしていざ言ったら、喜ぶ人もいる!


際限ない恥ずかしさを超えて、
それでも何かを言いたい先に、
肉を切らせて骨を断つような覚悟の上に、
「伝わった」という結果が待っていたりする。


伝わる・伝わらないは確実じゃない中で、
恥ずかしいことをとにかく継続できるのは、
もう言葉ではない、
「器」みたいなものだと思う。


きっと伝わると人を信じる、器。
自分の臓器の傷よりも、
相手の笑顔を想像できる度量。


それがメルマガと言う形であろうが、
井戸端会議だろうがYoutubeだろうが、
自身の仕事ぶりとかでも、きっと、同じでね。


劉備玄徳ばりに、
天が定めた自分の器に、
否応なく自分が動かされる感覚。


きっとその継続こそが、
天命を真に受けた良い社会人であって、
何か幸せの、一つのヒントである。


「発信」というものを、
真面目くさって考えると
多かれ少なかれ、全てその性質を持つ…
と結論付けられると考えるのだが。


この「発信」ということに対して、
近頃思うことも増えた。


大家界隈が、
けっこう火薬臭いのである。


そこかしこで続く炎上。
ヒール役?を演じているのか、
義憤している?のか、
手当たりしだいにちょっかいを出す男。


僕自身はこれまで、
幸運なことに応援者に恵まれて、
炎上もちょっかいも経験していないんだけど。


そんな平和な僕でも、
眉をひそめたくなる出来事なら、
タイムラインから目に入ってしまう。

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