「仕方ない。生きていきましょうよ」
りーぶる金海堂が閉店するという話を聞いて、
店長の西田さんに会いに行きました。
せっかくだから店内を物色していたら、
ロシアの劇作家チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を見つけました。
あの最後のソーニャのセリフが好きだったので、買いました。
元々文学には疎かったのですが、『ワーニャ伯父さん』のことは
映画『ドライブ・マイ・カー』で知りました。
その映画の中で上演された『ワーニャ伯父さん』。
最後のセリフがいいんです。
ワーニャ伯父さんというのは、姪っ子のソーニャにとっての呼び名です。
詳細は割愛しますが、いろいろあってワーニャの晩年は
絶望的な状況になってしまんです。
もう死んでしまおうと思ったりします。
人生には大なり小なりそういうことを経験する人は少なくないですよね。
戯曲の最後のシーンで、ワーニャは本当に絶望します。
その時、姪っ子のソーニャがこう言うんです。
「でもね、伯父さん、仕方がないわよ。それでも生きていきましょうね。
いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。
運命が私たちにくだす試練を、辛抱強く、じっと堪えていきましょうね。
やがて年をとってからも、片時も休まずに、人の為に働きましょうね。
そして、やがてその時が来たら、素直に死んでいきましょうね。
あの世へ行ったら、
どんなに私たちが苦しかったか、
どんなに涙を流したか、
どんにつらい一生を送ってきたか、
それを神様に残らず申し上げましょうね。
すると神様は、まぁ気の毒に、と思ってくださるわ。
その時こそ、伯父さん、ねぇ伯父さん、
伯父さんにも私にも、明るい、素晴らしい、
何とも言えない生活が開けるわ。
まぁ嬉しい!と思わず声をあげるのよ。
そして今の不幸せな暮らしを懐かしく、微笑ましく振り返って、
私たち、ほっと息がつけるんだわ。
その時、私たちの耳には神様の御使いたちの声が響いて、
空一面、キラキラしたダイヤモンドでいっぱいになるの。
そしてこの世の中の悪いものがみんな、
私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな、世界中に満ち広がる神様の
大きなお慈悲の中に呑み込まれてしまうの。
そこでやっと私たちの生活は、
まるでお母さまがやさしく撫でてくださるような、
静かな、うっとりするような、
本当に楽しいものになるのだわ。
私、そう思うの。
もう少しよ。ワーニャ伯父さん、もうしばらくの辛抱よ。……やがて、息がつけるんだわ。ほっと息がつけるんだわ」