白磁の森『森紀聞』第3回

韓国・国立山林博物館と樹木園

2001年6月に韓国を訪ねたことがある。もう、11年前になっている。
観光旅行だったのだけれど、せっかくだから、
とソウルから北へ40kmほどにある国立山林博物館と
樹木園(京畿道抱川市)を数人で訪ねた。

樹木園を訪ねるには5日前の予約が必要だった。
ウェブで調べると、それは今も同じだ。
また、山林保護のために一日5000人のみ入場と
なっていることも変わりないようだ。
10年前の私たちは、ソウルから来たボランティア・女性案内者と
観光ガイドさんにといっしょに歩いた。

そして、豊かで広大な面積、敷地山林博物館の
かなり充実していた展示内容、障がい者のための散策コース、
『國土緑化紀年』と書かれた大きな石碑も印象に残っている。

映画・白磁の人

先日、映画『道-白磁の人』(監督・高橋伴明)を観た。
浅川 伯教・巧 兄弟は、明治時代半ばに山梨県高根町(現在の北杜市)に
生まれた。
1891(明治24)年生まれの浅川巧は、大水害と山林の荒廃を見ている。
そして、山梨県立農林学校に学び秋田県・大館営林署に勤務する。

明治の山梨の水害は、どんな状況だったのか。
『恩賜県有財産御下賜80周年記念誌』(1991年 山梨県)を開いて、驚いた。
「山梨県の明治時代史は、水害との戦いの歴史であった。
  明治8.9.11.12.14.15.18.25.27.29.31.37.39.40.43年と十数度の水害に遭遇している」。
その頻度と「物凄きこと言語に絶せりき」という被害をもたらしている。

そんな甲府盆地から東北に行き、秋田杉の森を歩いたはずだ。
1878(明治11)年、日本各地を旅したイザベラ・バードは矢立峠(大館市)に
ついて、こんなふうに書いている。
「樹木がすばらしい。孤独で堂々としており、うす暗く厳かである。
その巨大な杉はマストのように真っ直ぐで、光を求めてはるか高くまで、
その先端の枝を伸ばしている」 
(『日本奥地紀行』イザベラ・バードより)

浅川巧は、1914(大正3)年・23歳で朝鮮総督府の林業試験所に勤務する。
荒廃した朝鮮半島の緑化に尽力しながら工芸品を研究し、「民芸」の柳宗悦らとともにその再評価に尽力した。そして、40歳で死去している。

映画は、浅川巧と同僚・チョンリムが各地を歩いてチョウセンゴヨウ
(朝鮮五葉松)を採種し養苗していく姿、二人の友情、互いの家族、
白磁にかける思い、などを描いていく。

そして、背景にある日本統治時代の抗日思想や三・一独立運動なども描かれる。

けったり-ら

ところで、映画では、かつてアイドルだった手塚里美さんの会話に、
ときどき甲州弁が混じる。

 「けったりーら」(疲れたでしょう)
 「行っちもうのけ」(行ってしまうのですか?)
 「くりょうし」(ください)

山梨育ちの私は、暗がりで少し苦笑したのだけれど、
ふるさとの映画館では、どんな様子なんだろうか。

そう、少年の頃、東京の親戚宅で、つい出てしまう語尾の「~じゃん」が恥
ずかしかった。が、その後、浜っ子(横浜)のオシャレな?会話に「じゃん」は欠かせないと聞いたときの、驚き。

立派な甲州言葉「おまん」(あなた・きみ)を、土佐の坂本龍馬が「おまん、
そんなことをしたらいかんぜよ」などと話す、驚き。

ちなみに、土佐弁で「おまん」の複数形は「おまんら」というらしい。一方、わが甲州弁では「おまんとう」となる。「等」を、「ら」と発音するか「とう」と言うかの違い、なかなか興味深いではありませんか。

話が横道に逸れた。

ともあれ、映画は二人の友情と白磁と緑化と時代を描いている。
2時間の上映時間は「長い」とは感じなかった。

映画で少しだけ気になったところがある。
彼らが働く苗畑が、なんだか庭ほどの規模に見える。
もう少し大きかったのではないだろうか。

先日、ある会の休憩時間に、林業史に詳しいA先生と映画の話題になった。先生は「あの苗畑は、もう少しねえ・・・」と話していた。

国立樹木園は1157haもある、当時もあったであろう豊かな森林を観てみ
たかった、とも思った。彼らもそのあたりを歩いたはずだ。

同じですね。


映画の原作・小説『白磁の人』のなかに、端午の節句・菖蒲湯のエピソー
ドが紹介されている。巧は「日本の原型がこの国にはあるんだと思う。この菖蒲湯も同じだろう?」と話している。

10年前に韓国を訪ねたとき、こんなことがあった。

(樹木園の中の)池脇に菖蒲があり、案内者が葉をちぎって渡してくれ、この
葉を5月には風呂に入れて健康を願うのだと説明してくれた。
「それは日本と同じですね」と話すと、すかさずガイドさんが訂正した。
「そうではないんですよ、日本が韓国と同じなんです」と。

あれから、「韓流ブーム」があり、韓国ドラマやK-POPなどが「あた
りまえ」に流れている。あのガイドさん、どうしているだろうか? 
この映画を観るだろうか?
草木だって「名前」を知ると愛着が生まれる。互いを知り理解するところか
ら友情は育まれるはず。

「明日、世界が滅びるとしても、今日、二人は木を植える」。

この言葉が、パンフレットに大きく書かれている。ちょっと、大げさなんじ
ないかなあ、と感じた。

けれど、映画を観終えたあとに思った。
二人が植える「木」というのは、厳しい時代にあって「理解から友情へと育
っていく木」ということなんだろう。
あれから100年ちかく経っている。
その木は、森になっているんだろうか。

浅川巧のふるさと山梨県北杜市と韓国・林業試験場があった京畿道抱川市
は姉妹都市となって交流している。

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 ■映画『道-白磁の人』
https://www.youtube.com/watch?v=ZLxTkpCUT44

 ■山梨県北杜市 浅川伯教・巧兄弟資料館
 http://www.city.hokuto.yamanashi.jp/genre/detail_yatsu/487/

 ■小説『白磁の人』江宮隆之著
 http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101408595

   ■韓国・国立樹木園と山林博物館
http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=282129

 ■甲州弁辞書
  http://homepage3.nifty.com/squ/jii/

 
                     (中沢 和彦、2012年6月1日)

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