文明の衝突?それとも…

R.W.サザーン著、鈴木利章訳『ヨーロッパとイスラム世界』(岩波現代選書、1980年)

1 隣人のとらえかた 

 2020年の年明け早々、中東がまたくすぶっています。ぶすぶすと。油田の煙は、どうにも、戦火を連想させてしまうのです。ひとまず、大惨事、いや、第三次世界大戦は避けられたのか、先延ばしになったのか、というところですが、実に不穏な年明けとなってしまいました。

 さて、初めてのレビューで採り上げた今回の作品は、イスラム世界が中世ヨーロッパの思想界の目にはどのように映ってきたかを講義形式で説明したものです。

 ヨーロッパ世界とイスラム世界はこれまで様々な交流を持ってきました。近代以降はS.ハンティントンの『文明の衝突』のように、対立構造だけに目が行きがちですが、広く「交流」という言葉を使ったのは、対立だけではない、いろいろなつながりが両者の間にはあるからです。

 人間でいうと、腐れ縁、とでも言うところでしょうか。

 サザーンは本書の中で、ヨーロッパにおけるイスラムのとらえ方を三段階に分けて説明しています。ざっくりまとめると…

 1 イスラム?なんだかよく分からん連中だな…

 2 イスラム?!もしかすると、キリスト教に改宗させられるほどの隣人なのでは…

 3 イスラム!脅威ではあるが、今更力づくでねじ伏せるのはムリ!

 といったところでしょうか。これはサザーンの想定であり、批判もあるところでしょう。サザーンはそもそも、なぜヨーロッパとイスラムの間に、対立以外の構図を見ようとしたのでしょうか。

2 歴史家と時代

 本書は1961年のハーヴァード大学での講義をもとにしています。1961年といえば、ベルリン危機やキューバを巡って米ソ冷戦が最高潮に達していました。サザーンは次のように語っています。

現代世界が現実にかかえている最大の問題は、まったく妥協の余地の無い、多くの面で敵対している、思想、道徳と信仰の体系があい隣り合っているという問題であります。しかも、この両体系が、圧倒的とはいわないまでも相当な規模の政治上の大国の中に体現化されていることであります。(p.3)

 サザーンはまさに、自身が置かれた時代的問題意識への答えを、歴史の中に探ろうとしたのです。E.H.カーが書いているように、まさに過去との対話を通じて、現代を生きる自分たちのへのヒントを求めたのかもしれません。

 歴史学をいかにアクチュアルなものにするかという、サザーンの意識が本書に反映されているようです。

 サザーンは本書でヨーロッパの思想家(神学者、聖職者)たちが、イスラム世界を知ろうとした努力を克明に描いていきます。そして、対話の果てに、イスラム世界とヨーロッパ世界の共存があったのではないかと、希望を持って描いているのです。

 もちろん、現実の歴史はそれほど甘いものではありませんでした。

3 流血、対話、くりかえし。

 十字軍、レコンキスタ、コンスタンティノープル攻囲、レパント海戦、ウィーン攻囲等々、中世から近世にかけてヨーロッパとイスラムは血を流すこともありました。

 多くの思想家の中に、イスラムとの対話を求める姿勢を読み取ったサザーンも、次のように述べています。

どのような思想体系といえども、対象となった現象を過不足なく完全に説明し尽くすことなど出来っこないということです。ましてや、実際の事件の推移そのものを決定的に変えることなど思いも及ばぬことでした。(p.146)

 なかなか諦めに満ちています。それでも、サザーンは相手を理解しようとしたことこそが、最大の希望だと続けます。

中世において、イスラム問題で学者は四苦八苦しましたが、結局、探し求め、望んだ解放を見出すことはできませんでした。しかしこのお陰で至高のパターンは作り上げられましたし、理解力も向上いたしました。(ibid.)

 サザーンは本書を通じて、対話による平和を何より語りたかったのではないでしょうか。現代を生きる我々にも響くメッセージです。異質なものと遭遇したとき、まずは、相手を正しく知ろうとする誠意こそ、余に溢れる様々な対立を少しく和らげてくれるのかもしれません。

 余談ですが、訳者あとがきによりますと、サザーンは歴史家の書く文書は芸術品であるべきという美学の持ち主だったそうです。論文である以上、正確さは当然ですが、詩や文学同様の美しさを求めました。写真を見ても、これぞ英国紳士、という趣のサザーンだけに、なんだか納得させられます。

本書は2020年1月9日にちくま学芸文庫から再版されました。

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