「ライブ」の持つ力

こんばんは。「無駄だと思われるもの」が人生を豊かにしていると最近特に実感しています。都内在勤アラサーサラリーウーマンわさびです。

今日、とても久しぶりにアーティストのライブを見ました。・・と言ってもこのご時世、無観客、ライブストリーミングです。

私が中学生の時からファンを続けている「ゴスペラーズ」の無観客ライブストリーミング配信でした。

感染症流行りのこの世の中、様々なことが制限されているわけで、世の中の人が皆、必要最低限のことをこなすのに精いっぱい、出かけることも制限され、人間として生命を維持することを最優先にし、それに直接関係ないことは我慢しながら生活しているわけです。そんな生活が私自身はだいたい3月頃からかれこれ、5か月目に入ろうとしています。

人間案外優秀で、与えられた環境にはなんとか順応できるもので、家で仕事をし、必要がなければ出かけず、他人とのコミュニケーションもほとんどがオンライン、そんな生活でもなんとか生きられることがわかってきました。

そんな中、一番にそぎ落とされるのが、音楽や演劇などの文化的なことです。特に「ライブ」ね。「密」を生み出すライブや観客を入れる公演は今や、ほとんどが中止、最近ようやくライブストリーミング配信が始まったところですよね。

私は個人的に「No Music No Life」だと思っているし、お笑いを含む舞台鑑賞は大切な趣味の一つです。

そりゃ、今は有料放送やケーブルテレビも充実していて、アーティストのライブをテレビ越しに見られる機会も増えましたし、チケット入手困難の舞台だってだいたいWOWOWで見られるわけだけれども、生身の人間が生身の人間に対してするパフォーマンスと会場という箱の中で人間が作り出す熱気は、それはもうそこにいる人にしか感じられない力があるわけです。

私にとってはその「熱気」の中にいて、会場一体となって楽しんでいるその瞬間が「生きている」感覚のする、私の中の「生命」を感じるひと時だったのだなぁと、今日のゴスペラーズのライブストリーミング配信を見ていて、再認識しました。

ゴスペラーズのライブストリーミング配信、素晴らしかったし、久しぶりに楽しかったけれど、やっぱり生身のパフォーマンスをその場で感じたいと強く思ったひと時でした。

生身の人間が集まって作る計測不能なエネルギーの大きさ。すべてがオンラインに移行しているこの状況が続いていけば、そのエネルギーの尊さが忘れ去られることもあるのかしら。

それを忘れた先に、映画「マトリックス」の世界のような、人間が生身の体を忘れて仮想世界に生きる世界があるような気もして、この感染症流行りの状況はそんな未来への布石な気もして、人間の「生命」が忘れ去られる時代が来るのかと、少し背筋が寒くなる未来に思いを馳せてみたりしました。

今日ももう遅いのでこの辺で。おやすみなさい。

わさび 拝

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