バリアフリー小史(5) 3 法制度等の整備
3.1 エレベーターエスカレーターの整備
障害者等による公共交通利用運動の取り組み等に合わせて、エスカレーターやエレベーターの導入などが進められるようになった。
1981年、国の運輸政策審議会は「長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方針」を示した。この中で「高齢者のほか身体障害者等をも含めた交通弱者対策としては、国民の理解と協力を得るための教育、広報に努めることも必要であるが、同時にこれらの人びとが安全かつ身体的に負担の少ない方法で移動ができるよう長期的視点から着実に交通施設の整備を進めることが重要である」と指摘している。これは、1981年の国際障害者年の目的として「障害者が公共の建物及び交通システムを利用しやすいよう改善することをはじめ、障害者の日常生活における実際的な参加を容易にするための研究・調査プロジエクトの実施を奨励する」が挙げられていることも影響していると考えられる。
この後、1983年には「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」が初めて策定され、エレベーター、エスカレーター、盲人用警告ブロックなどの基本的な指針が示された。このガイドラインはその後も増補改訂等が続けられている。1990年には「心身障害者・高齢者のための公共交通機関の車両構造に関するモデルライン」が策定された。2013年度からは「バリアフリー整備ガイドライン」(旅客施設編、車両等編)となり、改定が重ねられ、2021年からは「役務編」があらたに策定された。
3.2 交通バリアフリー法
エレベーター、エスカレーター等の普及が進められる中、2000年5月に交通バリアフリー法(正式名:高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)が成立し、2001年11月に施行された。この法律は、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の利便性・安全性の向上を促進するため、鉄道駅等の旅客施設を中心とした一定の地区において、市町村が作成する基本構想に基づき、旅客施設、周辺の道路、駅前広場等のバリアフリー化を重点的・一体的に推進すること及び鉄道駅等の旅客施設及び車両について、公共交通事業者によるバリアフリー化を推進することを定めたものである。
このうち、車両の新規導入についてはバリアフリー基準への適合が義務付けられ、駅等の施設については新設・大規模改良の際の適合を義務付けるもので、既存のものについてはバリアフリー化を努力義務とするものであった。また、1日の利用者数が5千人以上であること又は相当数の高齢者、身体障害者等の利用が見込まれること等の基準を満たす鉄道駅等を「特定施設」として、その所在する市区町村では旅客施設、道路等のバリアフリー化を重点的・一体的に推進するため、基本構想を作成することとなった。この基本構想策定にあたり、利用者や市民の参加による協議会が設置され、行政、事業者、市民が協働で現地調査を行うなど、利用者の意見を反映する取組が盛んになった。また、駅へのエレベーター等の設置や車両のバリアフリー化などにあたって、行政が一定割合の設置補助金出せるようになった。また、車両や施設のみならず、従業員に対しても第8条5項で「公共交通事業者等は、その職員に対し、移動等円滑化を図るために必要な教育訓練を行うよう努めなければならない」としている。
3.3 バリアフリー新法
2005年7月、国土交通省は、「ユニバーサルデザイン政策大綱」を策定した。これは、「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」というユニバーサルデザインの考え方を踏まえ、今後、身体的状況、年齢、国籍などを問わず、可能な限り全ての人が、人格と個性を尊重され、自由に社会に参画し、いきいきと安全で豊かに暮らせるよう、生活環境や連続した移動環境をハード・ソフトの両面から継続して整備・改善していくという方向性を示したものである。
2006年には、この政策大綱を踏まえて、不特定多数が利用する建築物等のバリアフリー化を定めた「ハートビル法」(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)と交通バリアフリー法を統合する形で「バリアフリー新法」(高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)が成立した。この法律は、建物と交通・街路でそれぞれにバリアフリー化を進めていたもの統合し、公共交通機関、建築物、都市公園、歩行空間等を「移動円滑化基準」に適合させ、移動等の円滑化を進めていくことを目的としている。
2018年には「共生社会」の実現と、高齢者、障害者等も含む「一億総活躍社会」の実現を企図して一部改正が行われた。改正法では新たに法律の理念規定が加えられ、国及び国民の責務として、共生社会の実現と社会的障壁の除去が示された。また、公共交通事業者による旅客支援や接遇・研修の在り方を国土交通大臣が新たに作成するとともに、バリアフリーのまちづくりに向け市町村がバリアフリー方針を定めるマスタープラン制度を創設することなどが規定されることとなった。
3.4 交通政策基本法
交通に関する基本理念を定めた交通政策基本法が2013年に施行された。この法律は、少子高齢化に伴い人口減少が今後急速に進むことが予想されることなどから、「豊かな国民生活の実現」、「国際競争力の強化」、「地域の活力の向上」、「大規模災害への対応」など、政府が推進する交通に関する施策についての基本理念を定めるものであり、バリアフリー法の上位法に位置付けられるものである。
同法第2節では「国の施策」として、日常生活の交通手段確保(第16条)、高齢者、障害者の円滑な移動のための施策(第17条)、交通の利便性向上、円滑化及び効率化(第18条)などが定められている。
同法に基づいて、国の交通政策基本計画が定められ、「バリアフリーをより一層身近なものにする」という基本目標が掲げられている。また、年次報告として「交通政策白書」が刊行されることとなり、交通機関におけるバリアフリー化の目標と達成率が毎年公表されることとなった。
3.5 障害者差別解消法
2006年に国連総会で障害者権利条約が採択された。日本は2007年に署名し、2014年に批准した。批准にあたり、障害者基本法の改正や障害者差別解消法の制定など国内法の整備が進められた。
2011年に改正された障害者基本法第4条では、「差別の禁止」として、次のように定めている。
「第四条 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。」
2013年障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)が成立し2016年に施行された。この法律では、「全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する」としたうえで「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」を目指すこととしている(第1条)。また、第8条2項では「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」と規定している。すなわち、合理的配慮の不提供が障害者差別の一形態としてとらえられている。
この規定を受け、国土交通省では「障害者差別解消法に基づく対応指針」を策定している。
当指針では正当な理由がなく、不当な差別的取扱いにあたると想定される事例として、
・ 障害があることのみをもって、乗車を拒否する。
・ 障害があることのみをもって、乗車できる場所や時間帯を制限し、又は障害者でない者に対して付さない条件をつける。
・ 身体障害者補助犬法に基づく盲導犬、聴導犬、介助犬の帯同を理由として乗車を拒否する。
を例示しており、一方、 障害を理由としない、又は、正当な理由があるため、不当な差別的取扱いにあたらないと考えられる事例としては
・ 車いす等を使用して列車に乗車する場合、段差が存在し、係員が補助を行っても上下移動が困難等の理由により、利用可能駅・利用可能列車・利用可能時間等の必要最小限の利用条件を示す。
・ 車いす等を使用して列車に乗車する場合、段差にスロープ板を渡す等乗降時の対応にかかる人員の手配や車いす座席の調整等で乗降に時間がかかる。
を挙げている。
これらは、交通バリアフリー法の規定により事業者が対応することが必須であり、対応する従業員に対する教育義務を負うものではあるが、近年においても差別的な取り扱いの例がいくつも報告され、それに対してむしろ利用者に対して批判(いわゆる「炎上」まで至る場合もある)が起きる状況も生じている。まずは最低限の法に基づいた対応と教育、啓発が必要であり、後述するような「無人化」「ワンマン化」等との「整合性」も問われるものである。
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