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×Poolからあがり乾かす髪の毛

ゆたかは二人の人間を首のほくろの黒に飼っているわけだがこの二人がどうも仲良くならず彼の爪はいつも噛まれてすり減っている。片方が自信満々にやったことをもう片方がひどくダサく感じ捨て去る連続で、自分を保つのには、街ゆく人を罵倒するしか道が残っていない。
「お前のアゴはジュース飲み干した後の歯のざらつきと一緒。別れのやり方を知らないやつのしつこいアゴだ。月9ドラマと家庭だけで生きてきたからそうなるんだ。なんでそんなんなのに自信満々に生きれるんだよ。」
午後2時の武蔵小杉駅、グレーのワンピースを着て、音漏れから推測するにSaucy Dogが好きなアゴが特徴的な大学生女はゆたかに罵倒され、不快感と共に、軸足を紫の蛇に蝕まれたかのように、じんわりと地面に倒れ、横で眠るミミズの家族のことを考え、世界が崩れていくのを理解した。
「ジョンコルトレーンがバンドの前で突っ走り続けるのは、キャンディーをくわえてたように駄菓子屋的精神から来るんだ、ヤングドーナツもフェリックスガムもうまい棒もすべてがほしいし、ぜんぶいらないんだよあいつ、インスタのリールを見てる間にも瞬間瞬間崩れ続け過去となっていく〈今〉が怖いんだ。ずーっと〈今〉を捨てたいと思っているのに、崩れることのないピュアでニュルっとした全部が揃う完璧な〈今〉が欲しいと思っている。マイルスはブックオフか。いや違うかもしれないけど、でもあいつもあいつで〈今〉をもう諦めてるんだよ。でもなんかヤケクソでどうせしようもないなら狂ってやろうって感じで色々やって動きつづけてるんだよ。コルトレーンは縦でマイルスは横なんだよ。サックスとトランペットの角度と同じように。」

ゆたかはチェットベイカーのトランペットの音のように、のっぺりとしたボールみたいな声で喋る。
「ジャズは死んだし、お前みたいな団塊世代的理想を捨てきれないやつは死んだ方がいい。レコードの溝に挟まったホコリの振動はもういらないの。私たちはそういうのがないところで、ハイレゾにつつまれて、感覚を鈍らせて、ドーナツの甘さとかを享楽して死んでけばいいのよ。もううるさい、そういうの。好きでもないけどちゃんとはした人と結婚して、子供を産んで、同じ道をひいてあげて、未来につなげるの。」


アゴ大学生女の思わぬ言葉に、二人とも戸惑い、沈黙。見かねた空が、その沈黙をかき消そうと核形成を急いで行い、冷たい雨を降らす。太陽は白い雲に包まれて、口封じされたみたいに惨めだ。
惨め。惨め。太陽が惨め。その現実をゆたかはもちろん受け止め切れるはずがなく、爪どころか小指を食いちぎり、アゴ女にキスをして、でかい顎の空洞に小指の断片をそっと置いた。
空はその様子に焦り、雨粒だけでなく、武蔵小杉中の大人の小指を切り取って空から降らしてしまう。武蔵小杉は修羅。空から雨と共に降り注ぐ小指が、車のフロントガラスを突き破り、エンジンをかけて、車を勝手に走らせ、アスファルトを雨が弾く音と、タイヤが擦れる音、あちこちで起こる事故の音、またなぜかセレブママの脳天だけを小指は突き破り、街路樹の下にはタバコの吸い殻と混じって、ママの脳脊髄液が染み込みきった、飼い犬チワワのリードが落ちている。
そんな中で二人はキスをし続ける。ゆたかの舌はアゴの空洞をまさぐり、小指を舌先でコロコロ転がす。舌先の痺れに確かな感覚を覚えるゆたか。体の上の方ばかり力が入っている。これは二人とも同じだ。
だから気づかなかった。もう武蔵小杉は、たくさんのセレブママの脳が浮かぶプールになっていた。
「私の地下のシェルターにきて」
アゴ女がゆたかの手を引く。

シェルターに潜るエスカレーターの壁には閃光かわ走っている。

閃光エスカレーターは無限に続く。そのうち二人は地球の中心まで潜った。そこは暖かい黄色い光が満ちていて、二人は髪を乾かしセックスをした。途端に、ゆたかの首のほくろの黒が全ての光を吸い込んで、ゆたかは皮膚の裏側に全世界を飼うことになった。
「よしとりあえず、この全世界が崩れないような餌を、右の脇腹、ぼくのまいばすで買い揃えよう。」

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