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めりけんトラック野郎の【浪花節だよ人生は】

『ROAD MUSIC 23 Truckin' Hits 』(TEE VEE TV-7800-2、2004年)。筆者所有。

■なんと言っても、このジャケ写。古き良き時代のicon。

『ROAD MUSIC 23 Truckin' Hits 』というCD。ジャケ写を見て、即買った。いいわぁ。写っているネーチャン、古き良き時代のiconである。

しばし眺める自分に重ね合わせたのは、映画『無法松の一生』で居酒屋の壁に貼られた美人画のポスターに見入る富島松五郎の姿。人力車ドライバー、車力の松っあんだ。

Well what a girl wearing nothing but a smile
And a towel in the picture on the billboard in the field near the big old highway
I bet it wouldn't take her very long to be gone
If someone would pull a dirty trick and take her hot pants away
I slow my Jimmy down to twenty that's how many wrecks I see there every day
Caused by the girl wearing nothing but a smile
And a towel in the picture on the billboard in the field near the big old highway

笑顔だけを身にまとい、大きな古いハイウェイ近くの野原の看板の写真にタオルを巻いている女の子
彼女がいなくなるまで、そう長くはかからないだろう
誰かが汚い手を使って彼女のホットパンツを奪ったら
俺はJimmyのスピードを20まで落とす
毎日そこで何台もの事故車を見ることになるぞ
笑顔だけを身にまとい、大きな古いハイウェイ近くの野原の看板の写真にタオルを巻いている女の子のせいだ

「Girl On The Billboard」Del Reeves(UA 1965年)web翻訳は引用者

この曲の出だしのフレーズ、"The Doodle-Oo-Doo-Doo Kid"として知られたというDel Reeves、1965年のNo.1ヒットGirl On The Billboard

この『ROAD MUSIC』(音楽ジャンル的にはTruck-driving country)のジャケ写をサムネに使った収録曲のyoutube動画をいろいろ覗いてみると、コメントにヒッチハイクのポーズをとるホットパンツ姿の女の子のことについて語る人がいたりする。曰く、「いま時こんな事やったら殺されて行方不明になっても仕方ない」と。

のどかな浪漫が消え失せた時代とでも言うか。

■『ROAD MUSIC』とは、トラック野郎たちの浪花節世界である。

その消え失せたものの欠片が、アルバム冒頭に収録されたRed Sovine「Teddy Bear」にあると思った。これはまさにメリケンのトラック野郎たちの浪花節なのである。

浪花節(浪曲)とは、浪曲師の「節」(=歌)と「啖呵」(=セリフ)で構成された独りオペラのよーなもの。この曲は全編がつまり啖呵で成り立っている独りトラッカー浪曲だった。Sovineが1976年にTV出演した際の動画の解説に全文が掲載されていたので啖呵の内容が解る。

俺は小さな南部の町の外れにいた。
日が沈む前に目的地に着こうとしていた。
古い CBがチャンネル 1-9で鳴り響いていた!
そのとき、ラジオ回線から小さな男の子の声が聞こえてきた。

そして彼は言った:
「ブレーカー 1-9! 誰かいる?
トラック運転手のみんな、戻ってきて”Teddy Bear”と話して!」
それで俺はマイクを押して言った:「分かったよ、Teddy Bear!」
すると小さな男の子の声が再び聞こえてきた。
「『ブレーカーありがとう、そっちの無線は誰?』

俺はハンドル名を彼に伝えると、彼は話し始めた:
「それでさ、僕はそこを走っているみんなに迷惑をかけちゃいけないんだ。お母さんは、君たちは忙しいから僕には放送しないでくれって言ってる。でもね、僕は寂しくなるから、話してくれると助かるんだ。だって僕にできるのはそれくらいなんだ、僕は足が不自由だし、歩けないんだから!」
俺は会話に戻ってきて、マイクを点けるように彼に言った。そして彼が望む限り、俺は彼と話をしたんだ。

「これは僕の父さんのラジオだった」と小さな男の子は言った。

「でも、今は僕と母さんのラジオなんだ。父さんは死んだからね! 父さんは1ヶ月ほど前に事故に遭ったんだ。父さんは雪が降る中家に帰ろうとしていた。母さんは今、生計を立てるために働かなくてはならない。
そして僕は両足が不自由で、あまり役に立てないんだ! 母さんは大丈夫だから心配しないでと言う。でも、時々夜遅くに母さんが泣いているのが聞こえる。僕が何よりも見たいものがひとつだけあるんだよ。ああ、君たちは忙しすぎて僕に構ってくれないのは分かってるけどね!」

https://www.youtube.com/watch?v=UJ8H1eQcL8g web翻訳は引用者

トラッカーが簡単に使える短距離の音声通信用無線システム(CBラジオ)がメインで使われていた時代のこと(今もめりけんでは使われているらしい)。運転手だった父を事故で亡くした足の不自由な少年(ハンドル「Teddy Bear」)が、父のCBラジオを使って家の近くを往来するトラック野郎に語りかける、その呼びかけに応えるトラック野郎たち、そんな彼らの義理と人情に溢れた語り芸の世界である。

啖呵の中身を読んで、昔、All Japan的に話題となったある”童話”を思い出した。「一杯のかけそば」だ。

”かけそば”が「読む人誰もが涙するという幻の童話」ならば、この「Teddy Bear」は「聴くドライバー誰もが涙する”トラック野郎の大人の童話”」とでも言うべきか。このトラッカー浪曲はメリケンのみならず欧州でも大ヒットしたそうだ。タモリには”かけそば”について正鵠を射た名言「涙のファシズム」があるが、この曲には「涙のデモクラシー」臭はあまり漂わないとは思う。

「〽妻は病の床に伏し 頑是なき子は飢えに泣く 親子夫婦の愛別離苦 涙を包む袖袂 ただ一枚の紙切れも 我が大君のすべ給う 戦士の庭に召さるると 思えば嬉し召集令」

東家楽燕『召集令』1912年

「Teddy Bear!」、最後まで読むと、三倍泣けます。

『ROAD MUSIC 23 Truckin' Hits 』の盤面。

◇  ◇  ◇

最初にご紹介した「Girl On The Billboard」と並ぶ、Del Reevesの代表作のひとつ「Looking at the World Through a Windshield」(1968年)はトラック野郎讃歌としてスタンダード曲とのこと。これは世襲的トラッカーの世界観を歌で表現したものと言えそうだ。

俺がまだ小さかった頃、ママがこう言っていたのを思い出した
パパはフリスコ湾から愛を送ってるよ
大人になるまで理解できなかった
パパが家で少ししか過ごさなかった理由
あんな風に国中を駆け回る代わりに
今はフロントガラス越しに世界を見てる

それが俺の右を通り過ぎるのを見ている
ナッシュビルで見たい素敵なものがある
そしてダラスあたりにいて、今夜は急いでいる
みぞれと雨の中、このリグを押して
ロッキー山脈の険しい地形を通り抜けて
古いロサンゼルスの港まで
古い太平洋岸を北へ歌いながらボルチモアへ向かう
2000マイルほど離れたところ
今、フロントガラス越しに世界を眺めている

https://genius.com/Del-reeves-looking-at-the-world-through-a-windshield-lyrics
web翻訳は引用者

この曲を聴きながら、トラック野郎という労働者たちの階級的なポジションはどんなものなのか、というのが少々気になった。めりけんトラック野郎たちの所得については、彼の国でトラッカーになった日本人女性の談話がちょうど2年前にwebに掲載されていた。

上を見ればキリが無いが、決して悪くはないペイだろうか。あちらの暮らしぶりが体感的に解らないのでなんとも言えないが、でも、トラッカーとしてのランクが上がれば上がるほどペイが増えるので、親から子へ”トラック野郎一番星”襲名というのも納得ではある。

しかしながら、現在のめりけんにおける庶民生活の荒廃ぶりを知れば知るほど、今はどうなのかと気になるところではあるのだが。

■Convoyという名の、もうひとつの共同体。

このアルバム自体は、もともとカントリー音楽に縁遠かったこともあって、初めて聴くものが多かった。しかしサム・ペキンパー監督の映画にもなったC.W. McCall「Convoy」は映画そのものをテレビで観ていたので、特徴的なコーラス部分を特に覚えていた。

この曲、アメリカのカントリーチャートとポップチャートの両方で1位に上り詰め、ローリングストーン誌の「史上最高のカントリーソング100選」の98位にランクされたという。さらにアメリカだけでなく、イギリスでも2位と大ヒットした。

[CB Radio Chatter]
ああ、ブレーカー1 -9
ラバー・ダックだ
ピッグ・ペンのコピーはあるか?
10-4ピッグ・ペンだ 間違いない
フラッグ・タウンまで吹っ飛ぶ
ブタ箱はデカいぜ
ああ、間違いなく正面玄関だ、グッドバディ
生きている慈悲を、俺たちは護送車列を手に入れたようだ

[Verse 1]
それは月の暗闇だった
6月6日
ケンワースに丸太を積んで
冷凍車を積んだキャブオーバーのピートと
ジミーが豚を運んでいた
俺たちは熊に向かった
I-1-0で シェイキー・タウンから1マイル先で
俺は言った、ピッグ・ペン、これがラバー・ダックだ
"俺はハンマーを振り下ろす”

[女性コーラス]
だって俺たちには小さな護送車があるから
夜通しロックンロール
そうだ、俺たちには小さな護送車列
美しい光景じゃないか
僕らの護送団に加わろう
俺たちの邪魔はさせない
俺達のトラック隊 アメリカ横断だ!
コンボイ
コンボイ

https://genius.com/Cw-mccall-convoy-lyrics web翻訳は引用者

歌詞となるとトラック野郎独特のスラング・符丁満載で、単にweb翻訳では何が何やらさっぱりワカラン世界だ。詳細は「Convoy」という曲自体のウィキをご参照いただきたい。

トラッカーの間でそういう「符丁」が飛び交うというのは、CBラジオというメディアを通してその言葉を理解できるトラック労働者の集団・コミュニティが形成されていることを意味していると思う。

映画『Convoy』で、トラック野郎たちの生活共同体=コンボイの前に、警察/国家が立ちはだかるのは、なんとも象徴的なストーリーではないか。

■”Narrative”としての「Truck-driving country」ソング。

さて。そこで思い出したのが、先の「Truck-driving country」というwikiに書かれていたこの一節。私はこれが重要なツボだと思った。

It is, at least partly, an oral history of trucking. A range of social and economic factors in the United States have strongly influenced the evolution of truck-driving country as a subgenre of country music. These factors include industrial dispute, the demographic shift from rural to urban areas, economic recessions, changes in the railroads, and the oil embargo. Their impacts have diversified the folklore of truck songs.

これは、少なくとも部分的には、トラック運転のoral history(口述歴史)です。米国におけるさまざまな社会的および経済的要因が、カントリー ミュージックのサブジャンルとしてのトラック運転カントリーの進化に強く影響を及ぼしました。これらの要因には、労働争議、農村部から都市部への人口移動、経済不況、鉄道の変化、石油禁輸が含まれます。これらの影響により、トラック・ソングの伝承は多様化しました。

(中略)

Collectively, there are more than 500 truck-driving country songs, all of which more or less originate from the oral tradition of truck folklore. Occupations, of course, have traditionally provided the raw material and inspiration for folk music in the United States (e.g. riverboat, mining, Great Lakes water commerce, logging, cowboy, railroad, agricultural field work and others), influenced by regional culture as well.

トラック運転手のカントリーソングは合計で500曲以上あり、そのすべてが多かれ少なかれトラック民間伝承の口承の伝統に由来しています。職業は、もちろん伝統的に米国におけるフォークミュージックの原材料とインスピレーションを提供してきました(例:川船、鉱業、五大湖の水上貿易、伐採、カウボーイ、鉄道、農作業など)が、地域文化の影響も受けています。

web翻訳、太字は引用者

トラッカー浪曲こと「Truck-driving countryソング」とは、トラック労働者の民俗文化としての口承歴史、俗謡、民謡であると言っていい。

なぜ口承歴史かといえば、これらのTruck-driving countryソングの音頭取り(語り部)自身が、少なからず本物のトラック野郎たちだったからでもある。

Truck-driving country musicians include Dave Dudley, Red Sovine, Dick Curless, Red Simpson, Del Reeves, the Willis Brothers, Jerry Reed, C.W. McCall (1976 big hit "Convoy"), Mac Wiseman,and Cledus Maggard.

トラックを運転するカントリーミュージシャンには、デイブ・ダドリー、レッド・ソヴァイン、ディック・カーレス、レッド・シンプソン、デル・リーヴス、ウィリス・ブラザーズ、ジェリー・リード、C・W・マッコール(1976年大ヒット曲「コンボイ」)、マック・ワイズマン、クレダス・マガードなどがいます。

「Truck-driving country」wiki web翻訳、太字は引用者 

すべてとは言えないが、商業歌手があてがわれた曲を歌っているのではなく、語り部自身の日々の暮らしからそれは滲み出たものであった。トラッカー自身がトラック運転という労働の生活実感を俗謡・モノガタリに載せて後世に伝えているということなのだ。

冒頭に置いたRed Sovine「Teddy Bear」にしても、”Story"というよりも、Sovine自身が発した"Narrative"と言った方が適切かもしれない。

「ストーリー」では物語の内容や筋書きを指します。主人公はじめ登場人物を中心に起承転結が展開されるため、そこに聞き手はおろか、語り手も介在しません。

一方の「ナラティブ」は語り手自身が紡いでいく物語です。主人公は登場人物ではなく語り手となる話者自身。変化し続ける物語に終わりはありません。ストーリーとナラティブは、「主人公は誰か」「完結しているか」などのニュアンスがわずかに異なるのです。

「ナラティブとは? ビジネスでの意味、ストーリーとの違いを解説」

学問分野としては社会科学の定性的研究に絡んで出てきた「ナラティブ・インクワイアリー」というタームもあって、その語義がwikiで紹介されている。

ナラティブ・インクワイアリー(Narrative Inquiry)とは、広義のナレッジマネジメントの分野で現れた学問分野のことである。(調査事実ではない)聞いた話を多数集めることを通して、(市場・労働者・市民などの)行動を理解する、というアプローチであり、ストーリーテリングとは異なる。

wiki ナラティブ・インクワイアリー

◇  ◇  ◇

『ROAD MUSIC 23 Truckin' Hits 』に集められたTruck-driving countryソングをトラック運転労働者の口承伝承、俗謡として、改めて歌詞翻訳と首っ引きで噛み締めてみたいところ。

ひとつひとつのトラッカー浪曲の奥に潜むハードワーキングマンたちの汗と涙、泣き笑いについて、その行動原理をさらに識ってみたいと思っている。

(了)

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