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仏教各派の慈悲の瞑想

「世界の瞑想法」に書いたいくつかの文章を編集して、仏教各派の慈悲の瞑想である、「四無量心(四梵住)」、「因果の七秘訣」、「自他交換の瞑想」、「トンレン」を紹介します。



原始仏典の四無量心


「四無量心(四梵住)」は、初期仏教~現代の上座部で、重視される代表的な瞑想法の一つで、一般に「止(サマタ)」という集中する瞑想に分類されます。

「四無量心」は、「慈(思いやり)」、「悲(いたわり)」、「喜(喜びのわかちあい)」、「捨(心を動かされない)」の4つの感情的態度を養う瞑想です。

それぞれ、「○梵住」とか、「○心観」と呼ばれることがあります。

まず、「原始仏典」、パーリ長部の「三明経」に説かれた方法です。

最初に、「慈の心」を、(前後左右の)一つの方向に満たします。

ホラ貝吹いた時に音が広がるように満たすと、表現されています。

次に、同様に、二つ目、三つ目、四つ目の方向に満たします。

続いて、上下に、横に、一切の領域に、一切処に、一切の者に、世界中に、広く、大きく、無量に、怨みなく、怒りなく、満たします。

次に、同様の方法で、「悲の心」、「喜の心」、「捨の心」で行います。

以上です。


「清浄道論」の四無量心


次に、南伝仏教の最大の聖典、修行指導書である『清浄道論』の方法です。

「慈」、「悲」、「喜」は第三(四)禅、つまり、思考なしに「楽」だけを感じで描いた対象と一体化した状態で行います。

また、「捨」は第四(五)禅、つまり、思い描いた対象と一体化するだけの状態で行います。

他に特徴としては、最初に自分を対象に行って、徐々に対象とする人を広げていくことです。

まず、「慈」ですが、他人に対して「慈しみ」を感じるように作為する瞑想です。

最初に、自分を対象にして行います。

その後は多くの人を対象に広げていきますが、初心者は、好きでない人、親愛する人、無関係の人、怨恨のある人、異性、死人を避けます。

最初に自分を対象にするのは、自分が安楽を望むようにすべての生物も安楽を望むのだと理解するためです。

次に、自分、好きな人、普通の人、嫌いな人の4種の人々に平等に「慈しみ」を送れるようにします。

そして、対象を広げて、「慈しみ」をすべての方向に、すべての世界に「慈」を満たします。

次に、「悲」は、他人に対して「同情」を感じるように作為する瞑想です。

最初は不幸な人を対象にして行います。その後、愛する人、無関心な人、怨恨のある人を対象に広げていきます。

異性、死人は避けます。

「慈梵住」同様に、4種の人々に平等に「同情」を送れるようにし、対象を広げて、すべての方向に、すべての世界に「同情」を満たします。

次に、「喜梵住(喜心観)」は他人に対して一緒に喜ぶように作為する瞑想です。

最初は最愛の人を対象にして、次第に好きな人、無関心な人、怨恨のある人を対象に広げていきます。

異性、死人は避けます。

同様に、4種の人々に平等に「喜び」を送れるようにし、対象を広げて、すべての方向に、すべての世界に「喜び」を満たします。

最後に、「捨梵住(捨心観)」は他人に対して無関心でいるように作為する瞑想です。

これまでの3つの梵住が感情的反応に近いという弊害を理解して、「捨梵住」を初めて第四(五)禅で行います。

最初は好きでも嫌いでもない人を対象にして、次第に愛する人を対象に広げていきます。

同様に、4種の人々に平等に「無関心」を送れるようにし、対象を広げて、すべての方向に、すべての世界に「無関心」を満たします。


パオ式の四無量心


次に、現代のミャンマーで行われているパオ流の「四無量心」について、少し説明します。

その特徴は、それぞれで、言葉を使って具体的に限定した念じ方をすることと、集中した瞑想によって現れる光(ニミッタ)を利用することです。

「慈心観(慈梵住)」の場合は、「危機がないように」、「精神的苦痛がないように」、「肉体的苦痛がないように」、「平安で楽しくあるように」という4つを念じます。

他人に念を向ける場合は、「白遍」などの第四禅の光(ニミッタ)を現しながら、その光を放射し、前方1メートルくらいに、その光の中に対象を見ます。 

また、対象を広げて、最終的には、「5種類の無限定の遍満」と「7種類の限定的遍満」に対して、先の4つの念を拡大させ、それぞれで10の方向に遍満させます。

ですから全部で12×4×10の遍満を行います。

「5種類の無限定の遍満」は、一切の有情、一切の命ある者、一切の生物、一切の個人、一切の個体、です。

「7種類の限定的遍満」は、一切の女性、一切の男性、一切の聖者、一切の凡夫、一切の天神、一切の人類、一切の悪道衆生、です。

同様に、「悲心観(悲梵住)」の場合は「苦痛から逃れられるように」と念じます。

「喜心観(喜梵住)」の場合は「得ることができた成果を失うことがないように」と念じます。

「捨心観(捨梵住)」の場合は、先の3種類の梵住の弊害が感情的な作用に近いことを考えて、「この人は自分が作った業の受け取り人である」と念じます。


因果の七秘訣


「因果の七秘訣」と次に紹介する「自他交換の瞑想」は、インドやチベットの中観派の伝統で行われている、大乗仏教の代表的な菩提心を起こす慈悲の瞑想です。

チベットでは、「因果の七秘訣」はアティーシャによって伝えられた瞑想法で、すべての生き物が自分の母だったことがあると考えて、慈悲の心を生じさせる瞑想法です。

「因果の七秘訣」は、以下のように考察する瞑想です。

「すべての生き物は限りなく輪廻しているので、すべての生き物は自分の母だったことがある。

未来に母になることもあるし、友だったこともある。

すべての生き物は、私を守り、育ててくれたことがある。

だから、私は計り知れない恩を受けてきた。」

次に、「すべての生き物」ではなく、「親しい人たち」を対象にして、同様に、自分の母だったことがあるので恩を受けている」と考察します。

次に、好きでも嫌いでもない人たちを対象にして同様の考察を行います。

次に、嫌いな、自分の敵である人たちを対象にして同様の考察を行います。

このようにして、すべての生き物、人に対して分け隔てなく母の恩を感じるようにします。

次に、「母に対する恩を果たすように、すべての生き物に対してその恩に報いよう」という気持ちを生じさせます。

そして、「すべての生き物が 楽と出会えますように」と慈愛の念を起こします。

これについても、次に、親しい人、普通の人、敵である人を対象にして、同様の念を起こし、分け隔てなくします。

次に、「すべての生き物が、苦から離れられますように」と悲の念を起こします。

これについても、次に、親しい人、普通の人、敵である人を対象にして、同様の念を起こし、分け隔てなくします。

最後に、「すべての生き物を、仏の境地にまで導くために、修行の道に入ろう」と瞑想します。


自他平等・自他交換の瞑想


チベットでは、「自他交換の瞑想」はシャーンティデーヴァの『入菩提行論』に由来します。

「自他交換の瞑想」は、自分と他人を置き換えることで、利己的な心を利他的な心に変える瞑想法で、「自他平等」の瞑想とセットで行います。

発菩提心というだけでなく、「禅波羅蜜」つまり「止」の段階の瞑想としても行われます。

「自他平等」の瞑想は、次のように考察します。

「自他すべての生き物は、苦を望まない、楽を望むという点で平等だ。

自他すべての生き物は、苦が除かれる去るべきだという点で平等だ。

どうして自分の楽だけを望んだりするのか。」

「他人が敵として私に害を与えたとしても、彼がいるから、忍耐の修業ができるのだから、感謝するべきだ。

敵はいつも敵ではなく、敵も友も相対的なものだ」

続いて、「自他交換」の瞑想を、次のように考察します。

「楽は他人に楽を望むこと、つまり、利他的な心から生じる。

苦は自分の楽を望むこと、つまり、利己的な心から生じる。

だから、自分を大切にすることは不利益なことである。

他人を大切にすることは利益をもたらすことである。」

続いて、次のように考察します。

「他人を自分のように考え、自分を他人のように考えることは、繰り返し練習すれば、決して難しいことではない。

自己愛着の心を敵であると考えるべきだ。

自他は実体のある別のものではなく、分け隔てがないものだ。

今まで、利己的に行動してきたから、仏になることが出来なかったのだ。

自他を入れ替えることができたら、自他両方の利益が完成することは間違いがない。

だから、利己的な心をなくし、利他的な心を育てよう。」

そして、実際に、自他を入れ替えて、他人の苦しみを自分の苦しみとして受けり、他人に楽を与えるように考えます。


トンレン


トンレンはチベット仏教の準備的な段階に行う修行で、菩提心(慈悲の心)に関係した観想法です。
「ロジョン(心の訓練)」と呼ばれる一連の瞑想の一部でもあります。

個人的に、偉大な瞑想法であると感じています。

トンレンは、すべての人の痛みや不幸を自分が引き取って、反対に自分のすべての喜びを他人に与えることを観想します。
トンレンは、「与える、受け取る」という意味です。

トンレンの中で代表的な、呼吸のトンレンを紹介します。

まず、目の前に苦しんでいる母を思い浮かべます。

様々な煩悩に苦しむ姿を想像します。

その母に憐れみを感じ、自分が助けなければいけないと感じます。

母の右の鼻の孔から、母の苦しみや悲しみが集まって、大きな黒い煙の塊になって吐き出されます。

自分が息を吸う時、その煙を自分の左の鼻の孔から吸い取ります。

それは胸の奥深くに入ってきて、自分の利己的な自我、自己愛着の心を破壊します。

この時、強烈な苦痛を感じますが、煙の毒が自我を解体して、慈悲の心が現れます。

そして、息を吐く時に、右の鼻の孔から、自分の持つ幸せや功徳のすべてが白い光となって出ていきます。

それは、母の左の鼻の孔から入り、母の煩悩が浄化され、喜びにつつまれます。

呼吸に従って、数十回、以上の観想を行います。

トンレンの行は、日常の呼吸の時にも常に自然に行なうことができるようになるまで行います。

以上のように、最初は母のような感情移入しやすい人を対象に行いますが、徐々に自分から遠い人を対象にしていきます。

そして、嫌いな人、すべての人を対象にします。

また、自分が病気の時にも、他のすべての人々の同じ病気とその痛みを引き受けると観想します。

トンレンの行は、実際に人々の苦しみを減らし、また自分のカルマを浄化することで、自分の病気をも回復させることにつながると考えられています。

以上は呼吸に合わせて行うトンレンですが、食事の時にもトンレンを行えます。

食事を体に入れる時に、人々の苦しみを受け取ると観想するのです。

他にも、いろいろと工夫してトンレンを行うことができます。

 


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