真の実在とは何か?
クリストファー・ノーランの作品は、TENET以来でしたので非常に楽しみにしていました。オッペンハイマーの評論を見る限り、評価は非常に辛辣なものが目立ちます。
過去の作品からわかるように時系列がゴチャゴチャで、観る側の能力が問われるような脚本がノーランの特徴かと思われます。
個人的にはそのような作品に対して魅力を感じるので、今回も微かにそれを期待して観てみました。
まず鑑賞してみての感想ですが、良い意味で裏切られました。時系列がバラバラなのは共通している中で、裏切られた部分というのは作品に出てくる人物を深く考察している形跡が随所に見られるものだったというところです。
過去の作品に関しては既にご覧になられた方も沢山いらっしゃるかと思います。いかがでしょうか、ノーランの作品を振り返ってみると、やはりエンターテインメント性が高いという印象があるのではないでしょうか。
例えるならば小学校の時に新しく来た転校生が居て、その子の素性が知りたくてワクワクと観察するのですが、意外な点が見つかる度に好感度が増していくアレでしょうか。
いっぽう今回のオッペンハイマーはどうかと言うと、転校生で例えるならばファーストインプレッションは何の変哲もない、いわゆる「普通の子」なのですが、学期をまたいだり、様々な学校のイベントを一緒に過ごすうちにジワジワと人間性の深さが伝わってくるタイプ。
つまり良い奴じゃん!
と、時間を必要とする子が今回のオッペンハイマーのイメージなのです。
ですから映画へのコメントには、「過去イチつまんねー」とか「ノーラン初の駄作」などと言いたい放題に書き込まれるわけなのでしょう。
ところがコメントを見て思ったのですが、ある共通点に気づいたのです。その共通点とは何かと言うと、ズバリ「広島・長崎」というキーワードがまったく欠落しているという点です。
今回ノーランが扱った作品は「原爆の父」と言われたオッペンハイマーです。もちろん日本人として胸がザワザワする内容だったのも確かなのですが、ストレートに映画を観ていて何故そのワードが鑑賞に影響しなかったのでしょう。
もちろん商業的な作品としてエンターテインメント性は担保されるべきでしょう。つまり「オモロない」作品じゃダメなのはわかります。
いや、本当にオモロないのか?
これから作品を通して私が気づいた点を述べますので、是非ともその観点でオッペンハイマーを観ると10倍は楽しく観られることをお約束します。
これを読んで気になるようでしたら、ゴールデンウィーク中に、スグに、映画館に向かってください。
まず映画「オッペンハイマー」に向き合う時に大切なことをお伝えします。
3時間というメチャ長めの作品なので、ぜったいに寝ないでください。
これはしっかりと準備をして挑みなさいということです。
次に作品を観る前に固定観念を捨ててからスクリーンの前に座りましょう。例えば「ノーランだから」とか、「あのインターステラーの監督でしょ?」などと考えないようにすることです。
そして一番だいじなポイントをお伝えします。
それは『切り口』です。ホエ?
あっ、ゴメンなさい。切り口とは、ある側面から観てくださいということを言いたいわけです。では、ある側面とは何か?
ズバリ、『エゴ』です。
キャストにはアイアンマンでご存知のロバート・ダウニーJrが出てくるのですが、今回の作品において彼は名演を披露してくれます。
映画の後半になって、「アレ?この人アイアンマンじゃね?」と思わせるくらい役がハマっていたのです。
それは映画全般に言えることなのですが、それぞれの役者さんを引き立てるのが実に上手だなと感じました。ノーランの新たな一面を発見です。
その配役も然ることながら、個々のアイデンティティがしっかりと細部まで描かれている点に注目です。
これは簡単に言えば、「誰が」「何のために」「何をしたか」という三点を意識して観てくださいということです。
アイデンティティとは、その人が大切にしているものです。
それぞれの人物がさまざまな背景から、自分や家族、所属する団体や国などをどのように取り扱おうとしているのか。その観点から(つまり切り口とはこのことです)作品と向き合うことお奨めします。
そうすることによって今回のオッペンハイマーは、何を描いた作品なのかが理解できるはずです。もちろん内容に対する解釈はそれぞれが違ってくるものですから、何が正解なのかは存在しないでしょう。
とは言え、ノーランが指し示す方向だけは共有しておきたいかと思います。
それは空白です。これはどういうことかと言うと、ぶっきらぼうに「みなさん理解できない部分は自分で考えてください」ということではありません。
また空白を埋め合わせようとしない方がこの映画を観るポイントですよ。と、言いたいわけでもなく、ノーランのメッセージを肌で感じ取って頂きたいのです。
冒頭でこの映画に対するコメントに、『広島・長崎』が欠けている点に言及しました。ここに来てようやく繋がって来るのですが、私たちは敗戦国である日本人であると共に、世界で唯一原爆を落とされた国に住んでいます。
つまり我々はその切り口から、オッペンハイマーという人物を通して映画を観ます。当然ですが感情が湧きだします。
それらも鑑賞する個々人において様々な受け取り方があるでしょう。
そこにノーランの言葉の奥にあるメッセージを垣間見ることができると思うのです。それが『エゴ』じゃないかと。
オッペンハイマーのエゴ、アインシュタインのエゴ、原子力委員会のエゴ、その他作品に出てくる人物たちのエゴ。そしてそれを観る私たちのエゴ。
人は何を大事にしなければならないのか?
そこじゃないんです。
『何故それを大事にするのか?』
今回のオッペンハイマーという映画は、このテーマを胸元に突きつけられたものになりました。
最後に……。
寝るなよ!
#オッペンハイマー #クリストファーノーラン #ゴールデンウィーク