そして私は夢に気づかされた。
「ATMってどこにありますか?」
私はとある店のレジで尋ねた。
すると、流暢な日本語を話す外国人女性が、「あの人が知ってる、教えてもらって」と別の人を呼んだ。
店の奥から出てきたその人はとても美人だった。
上品で綺麗で、どこか儚げで。
時が止まるような気がするほどの美女。
私はATMの場所を聞くことを忘れ、息を呑んだ。
彼女は私をみて「こっちにおいで」と店の奥へ来るように手招きする。
私は店の人間ではないし、もちろん知り合いでもなんでもない。
躊躇った。
他のスタッフの顔を伺い、他の来店客を気にしながら、本当は入りたいと思う自分の気持ちと、本当に入っていいのだろうか、という謎の不安に挟まれてオドオドしていた。
すると、彼女は店の奥に私を入れるのをやめ、傘を片手に私を店の外へ連れ出した。
外は雨。
私と彼女は別々に傘を刺しながら、店の前の階段を一列に並んで降りていく。
階段を降りた先は、少し古びたレンガが敷かれている商店街だった。
彼女の足と階段が別れを告げるとほぼ同時に彼女は、走り出した。
肩にかけているショールと、ロングスカートをなびかせながら。
この瞬間、私は走っていく彼女の背中を見失わないことに必死で、ATMの場所を教えて欲しかったことなんて忘れてしまった。
なんとか見失わないように、一生懸命追いかけた。
走る彼女は小走りに見えるのに、驚くほどに速い。
必死に追いかけているのに、少しずつ離れていく。
なぜか見失っては行けない気がした。
そして、置いていかれそうなことに焦りを感じていた。
急に彼女は小さな店の入り口に飛び込んだ。
同じように私も飛び込んだ。
さしていた傘は、同時に投げ捨てた。
入るとそこは、入り口から想像する店内とはかけ離れた場所。
ハイブランド店が所狭きとカウンターを並べる百貨店のような場所だった。
彼女はカウンターの隙間を縫うように、颯爽とさらに奥へと走っていく。
私は、自分の背中にカウンターから視線が刺さるのを気にしながら、彼女を見失うわけにはいかない! と彼女を追いかける。
フロアを走り抜け、階段を駆け上がる。
私は必死に追いかける。
3階分くらいの階段を登っただろうか。
彼女は階段を登るのをやめ、フロアに入っていった。
もちろん、私も彼女が進んでいったフロアに入る。
すると、そこは飛び込んだ煌びやかなフロアとは違い、上品に管理されている保管庫のような場所。
少し埃被った絵画や、高価そうな棚や椅子、ガラス細工の繊細なオブジェ、どれも私の日常に登場しそうもないものばかり。
その傍らには、畳まれた段ボールが壁に立てかけてあり、そのいくつもの段ボールに親近感が沸いた。
フロアはいくつかのカーテンで仕切られているようだった。
彼女はそのカーテンを揺らしながらまだ小走りで進んでいく。
彼女が走った痕跡、揺れるカーテンをまた追いかけた。
階段を降りてから、どれほど走ったか分からない。
急に彼女との距離が縮まった。
きっとここはフロアの角。
このカーテンの先に彼女がいる。
やっと追いついた。
肩で息をしながら、私はカーテンを思い切り開けた。
すると彼女はそこにはいなかった。
私は何を追いかけていた?
なんのために彼女を追いかけていた?
ここはどこ?
そんなことを思いながら周りを見渡した。
ここまでくる間にみたような高価そうな家具がいくつも置かれている。
しかし、この一角だけは保管庫として使われているわけではなく、確実に誰かが出入りしているようだ。
今目の前で稼働しているいくつもの加湿器。
花屋さんを思わせる、少しも枯れていない沢山の綺麗な切り花たち。
それと、小さなテーブルに飲みかけのコーヒーカップが置かれている。
窓辺に置かれた高いガラスの棚に、加湿器から出された蒸気がいくつもの滴を作っている。
差し込む日差しが、その滴を輝かせ、キラキラしていた。
ガラス棚には、いくつもの花や小ぶりの観葉植物が置かれていて、きっと誰かが愛情込めて管理しているんだな……と思いながら眺めていた。
突然呼ばれた。
驚いて振り返ると、さっきまで私が追いかけていた彼女が、何も言わずに私の両の頬を両手で包み込む。
息を呑む美しい彼女の顔が目の前にあることに緊張した。
「泣いていいよ」
「自信がないんだよね」
「辛くないよ」
「大丈夫」
「もう大丈夫」
彼女はそう言いながら、私をじっと見つめた。
彼女の声が私の脳内を駆け巡り、色んな感情が一気に溢れ出した。
安心感や喜びではなく、どちらかというと寂しさや悲しみ、苦しみの感情が爆発したような感覚だった。
泣かない。そう思ったのも束の間、私には涙を止める余裕はなかった。
ただただ、水を注ぎ続け溢れ続けるグラスのように、涙が止められなかった。
私は水を止める術を知らなかった。
自分のことが嫌いで、自信がない。
いつも私と背中合わせにいて見えない弱い自分を、突然鏡合わせにされたような感覚。
怖いような、寂しいような、そんな感情に支配されて、溢れる涙は長い間止まることはなく、気がつけば小さい子どものようにわんわん泣いていた。
その間、彼女は一言も話すことはなかった。
ただ、黙って流れる涙を指で拭ったり、頬を撫でたり……泣き続ける私を優しく抱きしめてくれた。
どれほど時間が経っただろうか。
気がつくと、私はもう泣いていなかった。
ガラス棚に向かって立ち、輝く滴と降り注ぐ蒸気、棚に飾られる植物たちをぼーっと眺めていた。
彼女はもういなかった。
ここがどこだか分からない。
帰り道も分からない。
ただ、なぜか見失っては行けない気がする彼女の背中を必死に追いかけてきた。
彼女は誰だったんだろう?
私の何を知っているのだろう?
帰らなきゃ……と思いつつ、なんとなく居心地がいいこの場所から離れたくなかった。
もう少しだけ……
そう思いながら滴の光るガラス棚越しに、窓の外を眺めた。
決して景色の良い場所ではないが、なんとなく懐かしさを感じるような商店街と街並みを眺めながら考え事をしていたとき、ハッと目が覚めた。
私は眠ってしまっていた。
起きると、眠っていた私もうっすらと泣いていた。
夢は私伝えたいことがあったのではないか。
弱く見えないように、と虚像の自分を作り上げ、現実世界を生きる私が、本当の自分と向き合うように、と教えてくれたのだと思う。
現実世界を生きる私が私。
でも、夢の中の焦りや不安や寂しさを感じているのも私自身。
隠れようとする弱い自分をおざなりにしたまま毎日を暮らすのではなく、改めて自分がどんな人間なのかを、もう一度見つめてみようと思った。
きっとこれは、これからの未来をよくするための夢のお告げ。
これは私が見た夢の話。
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