くらげ歩き
「べん。べんべんべん……
用心めされ、踏み入るは。
死なずのさばる修羅の巷。
黄泉路にあぶれし鬼どもの。
人を食ろうて肥え太る。
なんちゃら寺の遣わした。
腕こき坊主も三日ともたず。
くらげのぬしではなおの事……」
「どこがくらげじゃ、じっさま」
三度笠の旅人が言い返す。物狂いの歌がやんだ。物狂いが三味線風に抱いているものは、ただの割れ板だ。板に、爪の掻き跡が増える。
「べんべん。ぬしはくらげに、相違なし。
わしが一切眺めておれば。
あっちい、ふらら。
こっちい、ふらら。
向かうあてども定まらぬ。
くらげでなくば、物狂い」
「俺を言えるお前さんではないぞ」
物狂いは左右にある道を指差した。旅人が来た道が、物狂いの居座る枯れ柳の下からは、左右二手に分かれている。
「くらげはどうする、二つに一つ。
右は山越え、憂き世へ帰る。
左の盆地はあの世行き」
物狂いの目が、くわ、と開かれて問うていた。
「むう」
旅人は懐からさいころを出した。
「迷った時はこいつがてきめん。いざ運試し」
旅人が茶碗を地面に打ち付けた。ゆっくり持ち上げると、二通りの出目が残った。
「半じゃ。右へ行く。さらば」
「べんべん、くらげ、戻るなよ……」
旅人はしばらく右の道を行ってから、また茶碗を打ち付けた。立ち上がり、しばらく行って、また打ち付けた。それで言った。
「ふう。やっと丁が出たぞ」
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