【学部生向け】おすすめの基礎物理の教科書



はじめに

このノートは理学部物理学科で4年間物理学を勉強してきて、私が良いと思ったテキストをまとめたものです。読まれる層は物理学科入りたての大学生もしくは物理学に興味がある方を想定しています。

大学の物理学科に入学すると、「(古くからある名著)を読んでみると良い」「(名著)を読むと基礎物理を理解することが出来る」というアドバイスを受ける大して知識もないのに行間を読む地獄に誘われることがあります。
名著と言われているテキストは内容自体が良く、著者が大家であることから含蓄の深い文章に出会うことができます。しかし、初学の段階で名著を読むと以下のような困難に出会うことがあります。

  1. 既に入門書で学習していることが想定されており、基本事項がスキップされるため基本的な理解が疎かになる

  2. 「明快な説明」のどこが明快なのか分からない(主に噛み砕いた内容理解を必要以上に能動的に行う必要がある)

  3. 行間にある計算が埋められない(論理の飛躍なのか見当がつかない)

  4. 「間違い」に気付きにくい(鋭い人は気づく)

他にも困難はありますが、前3つが通読のモチベーションを下げることや、自己解釈で補った部分が皆目見当違いになる恐れがあります。こうならないために名著を複数人でゼミをすることがありますが、特筆して自習してる人がいない限り苦痛の時間を送ることになります。

以上のような困難を回避するためには、(i)そこそこ内容が易しく、(ii)初学の段階で分からないところが少なく、(iii)練習問題で手を動かして理解することが出来るテキストで勉強する必要があります。

そこで、(浅学非才ですが)私が良いと思ったテキストをリストアップしました。「おすすめ」で最も比率の大きい寄与をもつのが問題演習量です。具体的に手を動かして計算することが大事と言われますが、最初はその具体的な問題で小さな躓きや気付かなかったポイントがあります(ない人は本当にないです)。そういった内容も丁寧に解説してあるのを選んでいます。また絶版になっていない本を中心にあげたので、図書館や書店で手に取って読むことが出来るはずです(一部絶版本を挙げていますが、他に良い本があったら教えて頂けると幸いです)。

勿論、以下の書物を初学者全員が読むべきと言うわけではありません。最初から名著(ランダウやジャクソンなど)に挑戦するのも非常に良く、一度躓いて勉強した後また読み直して感動するという経験も非常に楽しいです(楽しかったです)。図書館や書店で手に取って読んでみて、この本が一番分かりやすかったという本を見つけるのも良いと思います。

科目内の順番は最初に読みたい本→次に読みたい本…を意識しています。最後には友達とゼミするための演習書を挙げていますので、参考にして頂けたら幸いです。

実際に学習する際は清水明「熱力学の基礎(第2版)」の「本書の読み方」と「サクライ上級量子力学」のまえがき(特に“本章末~”以下)を参考にすると良いと思います。

本の紹介に入る前に

本での独学はほぼ最終手段です。
大学生の方は自身の所属する大学の講義を聞くのが一番効果があると思います。講義は教員職を手に入れられた方が、大学生が学習するのに良い形で教えているはずで、ちゃんと腰を据えて予習復習すれば一番分かりやすいはずです。加えて教員に質問することで「行間」を限りなく減らすことができるはずです。

「ほぼ」最終手段と言った理由は、4年で教員の専門分野から逸れた内容を学習する際に本で学習を進めるからです。また、そのような場合でも教員によるフィードバックがあるので、理解度は独学よりも高いはずです。

このノートは基礎物理(と物理数学)に焦点を当てているため、以上のようなことに言及する必要がありました。

力学のテキスト

・阿部龍蔵「力学・解析力学(新装版)」(岩波書店, 2021)

基本事項がまとまっています。

・江沢洋ほか「演習詳解 力学(第2版)」(筑摩書房, 2022)

歯ごたえ抜群の演習書です。友人と演習する際に。

電磁気学のテキスト

・パーセル「電磁気学(復刻版バークレー物理学コース)」(丸善出版, 2013)

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294737.html

文章による説明が非常に丁寧です。これに関しては通読や演習問題を解く必要がありませんが、分からなくなったときに読み返すと良いと思います。

・グリフィス「電磁気学1,2」(丸善出版, 2019/2020)

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303350.html

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303351.html

電磁気学のテキストはこれで十分なのではないかと思うぐらい良いテキストです。例題の解説も丁寧かつ練習問題も非常に多いです。ただ問題解答はないため、友達と演習して議論すると良いと思います。

熱・統計力学のテキスト

熱統計の入門書は周知の事実かもしれません。ただ、その全てを挙げるのではあまり面白くないので、数を絞ってリストアップします。

・清水明「熱力学の基礎1,2(第2版)」(東京大学出版会, 2021)

読まなければと思いつつ後回しにした本丁寧に書かれています。
相関基礎科学系の熱力学はこれを読んできたことが前提かもしれない

・高橋和孝「熱力学・統計力学 熱をめぐる諸相」(講談社, 2023)

最近出た本です。問や練習問題、章末問題が充実しており、解説も分かりやすいです。章末問題が幅広いため、解説付きの演習書として扱うことができます。
加えて、著者がnoteで解説している内容もあるので、他の書物より良い点の1つです。

(もし出来たら調和振動子ポテンシャル下のBose粒子の問題とか冷却原子系についての言及を多くして頂けると滅茶苦茶嬉しいです)

量子力学のテキスト

・清水明「新版 量子論の基礎」(サイエンス, 2004)

文句なしに読んで損はない本です。量子力学の講義を受ける前に読んでおくと混乱することが少ないかもしれません。練習問題も丁寧に解いておくことで基本事項が理解できると思います。
ブラケットの記法が後述の本と異なりますが、表記の違いであまり物理的事実に影響はありません。北野さんが書かれた記事を読まれると良いと思います。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/173934/1/Butsuri_68(4)_239.pdf

・鈴木克彦「シュレディンガー方程式(フロー式物理演習シリーズ19)」(共立出版, 2013)

あんまりオススメしている人がいません。「量子論の基礎」を片付けて実際に手を動かして計算しようとなったときに丁度良い本です。正直猪木川合より演習色が強いからこっちの方がすき

・サクライ「現代の量子力学 上下(第3版)」(吉岡書店, 2022/2023)

「量子論の基礎」「シュレディンガー方程式」には角運動量やスピン、エネルギー近似値の求め方などは解説していません。
また、「現代の量子力学」では

“本書の読者には, 時間に依存する場合および依存しない場合の波動方程式を解いた経験がいくらかあることを想定している”

(サクライ「現代の量子力学 上(第3版)」(吉岡書店, 2022) p117から)

とあります。その後に続く具体例は全て「量子論の基礎」「シュレディンガー方程式」にあるので、良い接続になるはずです。

また、この本のブラケットはディラックオリジナルの流儀で書かれてあります。

物理数学のテキスト

主に「物理数学」の枠組みに含まれる数学は
・微分方程式の解法
・線形代数(特に対角化、正規行列・ユニタリ―行列・実対称行列・エルミート行列の性質等)
・ベクトル解析
・複素関数論(特に留数定理)
・デルタ関数
・Fourier変換/Laplace変換
・特殊関数(特に直交関数系を用いた計算)
です。これらをいっぺんにまとめた本での学習はしたことがないので、紹介する本が多くなります。もし何か良い本があれば教えて頂けると幸いです。
教えて頂いたからと言って読む暇があるのか分からない

・和達三樹「物理のための数学(物理入門コース新装版)」(岩波書店, 2017)

定番です。

・大谷俊介「速修 物理数学の応用技法」(プレアデス出版, 2012)

手計算がサクサクできるようになります。

・今村勤「物理と行列(岩波オンデマンドブックス)」(岩波書店, 2022)
・中原幹夫「量子物理学のための線形代数」(培風館, 2016)

物理で扱われる線形代数の学習にとても良いです。「量子物理学のための線形代数」はコレクター価格となっているため、図書館で読むことが必須です。

矢野健太郎「大学演習 解析学概論」(裳華房, 1967)

結構古いですが、簡単な問題から難しい問題までまとまっています。もはやただ挙げるだけで、私はそんなに解くことができていません

おわりに

単純に一度も読んだことがないので挙げてない本があります(渡辺悠樹「解析力学」など)。
そういったテキストはおいおい読んでみて、また別途記事を上げられたらと思います。
ひとまず今のところは上に挙げた本を再度読み直したり、永長「物性論における場の量子論」や今田「統計物理学」を読んでいると思います。


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