死装束


娘はいま、
祭儀場の霊安室の中でねむっている

冷たい冷凍庫の中で

彼女が電車に飛び込んだ時
本当に体ひとつで飛び込んだ

からだひとつ

彼女のスマートフォンが
なぜ警察の手に渡ったのか
どういう経緯で警察がスマートフォンを
後日、職場に置いて出たはずのカバン類と
一緒に返却してきたのかはわからない

手のひらサイズのiPhoneが
画面が割れることもなく
傷が増える事もなく
わたしたちの手元に戻ってきた

パスワード解除の番号が書かれた付箋とともに

娘はもしかしたら
わたしたち親や、祖母や祖父たちが
買い与えたもの

何もかもを汚したくなくて
体ひとつで
電車に飛び込んだのではないか

私物の財布は祖母が買い与えたもので
iPhoneは親が買い与えたもので
カバンは父親が買い与えたもので
キーホルダーは母親があげたもので

そんなものを
何ひとつ身につけず
普段着ていた通勤服と
だった一枚の名刺だけをポケットに入れて
この世を去った

明日は娘の葬儀である

親族にも誰にも
話してはしていない

娘をこの世に生み落とし
育てようと決意した
かつては若かった夫婦だけで
誰にも邪魔をされず
二人きりで見送ると決めた

今夜の
または明日の記憶が
自分たちの脳裏から消える日は
来ないと思う

傷だらけの顔をなんとか直してもらおうと
葬儀社にお願いした

最後に、心を痛めずに
さようなら
ありがとう
またそっちの世界で会おうねと
言える勇気がどうかありますように

祈りを終えたらないしょのはなしが
どうか聞けますように

神様、おねがい

今日だけは
明日だけは
私たちに勇気をください

#自殺遺族
#自殺防止
#自殺
#未来のためにできること