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健脚おじぃ山田(仮)
山には健脚おじぃがいる。
もはや健脚がアイデンティティとなっているおじぃだ。
健脚なので息も切らさずサクサク登る。
亀の歩みで登る自分ごときが邪魔をしてはならないので、後方から健脚の足音がすればすかさず道を譲る。
いつもはそうする。
しかし、その日のおじぃは違った。
ピタリと後ろにつくと「そんなにゆっくり歩いて」「せっかく山にきたのに汗をかいて山を楽しめ」的なことを言う。
健脚おじぃよ。健脚自慢は聞くが、自慢にことかいて他人の登りを否定するな。
ピリッときたので「この速度しか無理だし。せっかくの山だからゆっくり楽しんでますよ。汗もビッチリかいてるしぃ!」と反抗期の中学生レベルで言い返す。知らんおじぃだが。
したら、おじぃは笑って側道にそれていった。
キィーーーー!クヤシィ。ダッシュで抜き去ってやりたい。
くやしいがすでに息は上がっている。
引き続き亀の速度で登っていく。
すると上から元気な声が降りてくる。
「山田さんがな、大学生くらいの子に抜かされたんやって。そんで途中で山田さんがまた抜き返したんやって。そしたら20丁目くらいでその大学生の子がまた抜かそうとしてきたんやって。学生の子もごぉわいた(腹がたった)んやろな。おじぃに抜かされて。山田さんも抜かされやんとこうと必死になったらしいよ」ハッハッハッ!
山田だ。さっきの健脚おじぃ、山田さんだ。間違えない。
若造なんぞにアイデンティティを否定されるわけにはいけない。
おじぃ山田、若者相手に山頂付近で熾烈な戦いを繰り広げた模様。
薄いカルピスのような人間関係が気楽な山登り。
折に触れ、濃縮カルピスの人間に出会う。
それでも一瞬の、名も知らぬ濃縮カルピスなので山登りスパイスとしては面白い。
だが、覚えたぞ健脚おじぃ山田。いつか追いつき追い抜いてやる。