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かもめ食堂と演劇の話、そしておにぎり

先日、今更ながら初めて「かもめ食堂」を見た。
そして見終わった感想が「久しぶりに演劇を見たなぁ」だった。
いや、かもめ食堂は映画なんだけれども。映画だとはもちろんわかっているんだけど、序盤から、ああこれ、この感覚なんだっけ?ああ、そうだ、このリズム、この間合い、これは演劇だ!と思って、演劇として見ている自分がいた。

多分、そう思って見た人はわたしだけじゃないだろう、調べたらそんな感じの視点のレビューたくさんあるんじゃないか?調べてないのでわからないけど。
何が一番そう感じたって、やっぱり「間」の見せ方だと思う。

例えば、サチエさんがミドリさんに初めて話しかけるまでのあのぎこちない間合い。
それを一切省略せず、カメラは両者とも捉えたまま動かず映す。映画全体を通して基本的に、カメラが誰か1人にフォーカスすることがあまりなく、常に全体を写している。

そうなった時に見えてくるのが、会話の全体のリズムと空気感、そして話を聞いている側の表情だ。

逆にこれを見て、ああそうか、普通の映画で例えば、しゃべっている人の方にカメラがフォーカスすると、それを聞いている人の顔は見えないんだなあ、という当たり前のことに気がついた。
もちろん、聞いている側の表情にあえてフォーカスする場合もあるけれど、カメラという視点は監督が見せたい場所へと動く。

演劇の場合はそうじゃない。カメラは観客自身の目だ。どこにフォーカスするかは、見る人による。(もちろん演出家は、ここを見て欲しいという意識を持ってそれに応じた演出をしていると思うけど)

言葉と言葉の間も、話している人もそれを聞いている人もあるいはそこに関わっていない人もすべて、舞台の上にある。

そんなことを考えていたら、高校時代、演劇部だった時の顧問が言っていた言葉を思い出したのだ。


ー 演劇で、一番難しい台詞って何やと思う?

それは、どんな台本にも必ずでてくる台詞だった。

ー「…」が一番難しいねん


間をどう見せるのか、「…」という台詞をどう表現するのか。
それが一番難しくて、役者にとっては大切だった。言葉を使う演技より、言葉を使わずに見せるほうが圧倒的に難しく、またそれが演劇の1つの肝だった。

同じ顧問に言われて今でも覚えていることがもう1つある。

「テーマを台詞で言ったら面白くないねん、テーマは言葉で言ったらあかん、見た人に考えさせなあかん」

一番大事なことは台詞にしない。それがなんであったのか、考えさせるのだ、と。
その言葉はずーっと自分の中に残っていて、演劇とは全く関係ない、作品を作ったり展示をしたりする時にもいつも思い出す。

かもめ食堂の原作がどうであったかは未読なので分からないが、彼女たちがどういう経緯があってなぜヘルシンキに来たのかとか、マサコさんの探していた荷物は一体なんだったのかとか、そうした核心に近そうな話には触れられない。というか少なくとも言葉では語られない。多分、この映画で一番それっぽい台詞はサチコさんが語る、なぜおにぎりをメインメニューにしたかったのかという話だと思う。だけど一番大事なシーンはそこではない。

わたしが一番感動したのは、マサコさんがおにぎりを頬張るシーンだ。

それまでにぎやかにおしゃべりしていた周りのお客さんたちが、パッと静まって、マサコさんに注目する。
その静かな注目の中で、パリッ…というキレのいい海苔の音を響かせてマサコさんはおにぎりを頬張る。

あのシーンの、あの間。そこに響く海苔の音の心地よさ。

あの、みんなが静まってマサコさんを注目するっていう見せ方、とても演劇的な演出じゃないか?
だって、映像ならそんな不自然なことをしなくても、マサコさんのおにぎりにフォーカスさせる方法ってきっともっとあると思う。本当は周りが静まってなくても、音が消えているように見せるとか、突然背景がかもめ食堂から別の場所になるとか、わからないけど、方法自体はいろいろあると思う。

でも、あの映画には、あの演出だよな…と思ったし、あぁこのシーンのためにこの映画があったのか…とか思ったりした。
台詞の中じゃなく、マサコさんの食べるあのおにぎりの中に、この映画の大事なものが詰まっているのだと思える名シーンだった。

そんなおにぎりを作るのは存外難しい。演劇や映画じゃないけど、作品を作ったり展示したりしてると、本当にそう思う。
ついつい、おにぎりの中身をべろんと見せたくなったりする。食べなくても中身がわかるように。そんな作品も、まあ実際よくある。でも悲しいことに、食べなくても中身がわかってしまうと、たいてい人は食べずにわかった気になって、その前を通り過ぎて、結局味われることのなかったおにぎりは忘れ去られてしまう。

どうしたらおいしいお米と海苔でそれをにぎって、1つのおいしいおにぎりとして出せるのだろう。どうしたら中身をお米と海苔で包んだまま「ああこのおにぎりは美味しそうだ」と食べて味わってもらえるのだろう。

かと言って、上手ににぎれても、中身がトナカイの肉じゃまずいわけだから、ああ本当におにぎりって、難しい。

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諸岡亜侑未
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