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第四巻~オオカミ少年と白薔薇の巫女~①-2

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 アスタナから次の町までは、細く険しい峠道が続き、どんなに急いでも三日はかかるという。
 この町にとどまり続ける理由も特にないし、ランとオードがいれば夜、魔物が出ても平気。とアルヒェを納得させ、ランたちはさっさと出発することになった。
 日が出ているうちに少しでも距離を稼ごうと、朝ごはんのすぐあとに一行は宿を出る。
 オードにつきあって夜遅くまで起きていたため寝不足のランは、大あくびをかました。
「……ふぁ~っ」
《…………――》
 オードはといえば、ランの胸にぶら下がって寝ている。こんなとき、鍵の姿は楽だ。
「……ずるいよ、オード……ふぁああああ」
 朝の日差しがまぶしいのと、あくびのせいでランの目じりに涙がにじむ。
「ふぁああーっ」
「あんたはさっきからうるさいのよっ!」
「いでっ」
 何度もあくびをするランの頭を、アージュのげんこつがお見舞いした。
「まだ寝てたほうがよかったんじゃないかな」
 アルヒェが苦笑まじりにつぶやく。アルヒェはもう何度も〝アージュがランの頭を叩くの図〟を見ているのであまり気にしていないのだ。
と、そこへ通りの向こうからやってきた青年がこちらを見て、驚いた顔になった。
「あれ、君たちは……」
 ディンガの町で会った騎士団の副団長ヒースだ。
「あら、ヒースじゃないの。どうしてここに?」
「いやあ、その」
 アージュの問いにヒースはなぜか頬を赤くして、小さな声で言った。
「こ、婚約指輪を作りに来たんだよ」
「婚約指輪!」
 三人は目を丸くして驚いた。と――その声に目を覚ましたらしいオードが、
《……ん? ヒース……?》
 と、つぶやいたが、とっさにアージュが大きな声を出してごまかした。
「それはおめでたい話ね~っ。で、いつ結婚するの?」
「来月、白蘭月に入ってからだよ」
 ヒースが頬を赤らめて教えてくれた。へっぽこな騎士団の中にあって、彼はかなりしっかりした若者だという印象を受けていたが、そこはそれ、お年頃。こういう話は、うれし恥ずかし気恥ずかしいのだろう。
「それはそうと、どうしてこんな遠いところまで指輪を作りに来たんだい?」
 アルヒェの質問に、ヒースはこう答えた。
「この町にとても腕のいい彫金師がいてね。その人に自分で掘った銀で指輪を作ってもらおうと思っているんだ」
「なるほどね。記念の指輪だもんね、凝りたい気持ち、わかるわ~」
 アージュは納得して、うんうんうなずく。
「本当は青蘭月の間にこの町に来て、作ってもらうつもりだったんだけど、国境封鎖でそれどころじゃなくなっただろう? でも、白蘭月まで待てなくてね。今朝、日の出とともに馬で駆けてきたってわけさ」
「なるほど。一日も早く作りたいってわけね」
「この、この~~っ」
「いやあ、そんなに想われて、お嫁さんになる人はしあわせだよね」
 ランたちが幸せ者のヒースをひやかしていると、
《本当におめでとう》
 オードがうっかり声を発してしまった。
「あ、あれ? 今……オード君の声が……」
 オードは騎士団の間ではドラゴンと戦って死んだと思われているのだ。彼が今、鍵の姿である、なんてことがバレたら大変だ。
 なので、あわててアルヒェとアージュがごまかす。
「え? 僕にはなにも聞こえなかったけど」
「でも、確かに今……」
「もし、そうだとしたら、それはきっと天国のオードがヒースのことを祝福してくれているからだと思うわ~~」
 アージュが白々しく手を組み、天を仰いで祈る真似をする。
「そうか、オード君……ありがとう」
 ヒースはじーんと瞳を潤ませ、アージュに釣られて空を見上げた。
「しあわせになるよ……どうか天国で見守っていてほしい」
「素敵な指輪ができるといいね。じゃあ、僕たちはそろそろ……」
 とアルヒェが別れのあいさつをしようとすると、ランがツンツンと腕をつついてきた。
「ねえねえ、さっきヒースが言ってた『彫金師』って、なに?」
「彫金師というのは、金属を加工して細工を施す人のことだよ。ほら、女性のアクセサリーに薔薇とか蝶とか彫ってあったりするだろ。剣の鞘にある細工なども彫金師が作ってるんだよ」
 物知りなアルヒェが丁寧に教えると、ランの瞳がたちまち輝いた。
「ふーん、なんかおもしろそうだね、オレ、その彫金師ってのを見てみたいな!」
「興味を持つのは素晴らしいことだけど、今日はもう無理だよ」
「えーっ」
 今日はこの町を出発する予定で、すでに宿を引き払ってきてしまったのだ。日が出ているうちに距離を稼がねばならないし、この町に長居してしまっては宿を出た意味がない。
 それはランもわかっているのだが、
「ちょっとだけでも、ダメなの?」
「ダメだよ。ね、アージュ」
 こういうときはアージュにビシッと言ってもらおうと思い、アルヒェが振り向くと、なぜか アージュは予想を裏切り、あっさり「いいわよ」と承知してしまった。
「え? いいのかい」
 アルヒェは驚いて聞き返す。
「いいじゃない。あたしも興味あるし」
 アージュは意味深な笑顔を浮かべた。どうやら、なにか思うところがあるようだ。
「やったー。それじゃあ、その彫金師のところにみんなで行こう!」
 
 
 ヒースに案内されて着いた先は、小さな構えの店だった。
店内には、アクセサリーから武器まで豪華な装飾が施された品物がところせましと並べられている。
 カウンターには口髭を生やした小太りのおじさんが前掛けをして立っていた。
「やあ、いらっしゃい」
 商売人らしい笑顔を向けるおじさんに、ヒースは手のひら大の皮の袋をポケットから取り出した。
「この中に入っている銀で指輪を……婚約指輪を作ってほしいんです」
 袋から銀を取り出し、カウンターの上に転がす。
 その様子を見つめるランたちは、なんだがドキドキしてきてしまった。ヒースにとっては一生で一度の婚約指輪作りなのだ。彼の緊張が伝わってくる。
 おじさんは銀をつかむと、虫眼鏡で表面を観察し、次に重さを量った。銀の質を調べているのだ。
 しばらくして――
「上等な銀じゃないか。これならどんな複雑な加工だってできるぞ」
 おじさんがにやりと笑うと、ヒースはホッとして肩の力を抜いた。
「よかった。よろしくお願いします」
「そんじゃ、さっそく溶かして基礎だけ作ろうかね。デザインはそのあと施すから」
「あの、見学してもいいですか? あ、彼らも」
 ヒースが訊くと、おじさんは快諾した。
「おう、いいとも」
「わーい、やったね!」
 こうして、ランたちも見学できることになり、おじさんとヒースに続いて奥の工房へと向かった。
 工房の真ん中には、熱い炎を抱く(※ルビ/いだく)溶鉱炉があった。
 おじさんは溶鉱炉の前に陣取ると、さっそく作業に入った。銀は固形から液状へと、トロトロと溶けていく。それを細い型にはめ、棒状の銀を作る。
「花嫁の指のサイズは?」
 おじさんは汗だくになりながら、ヒースに訊いた。
「えっと、7です」
 ヒースが花嫁の薬指のサイズを伝えると、おじさんは慣れた手つきで、棒状の銀に熱を与え曲げはじめめた。それはまるでやわらかい飴のようだ。
 指のサイズと同じ棒に巻きつけ、細工をする元になるリングを作る。
 それから指輪に彫刻を施すのだ。
「模様は、バラと蔦にしてください」
 ヒースが熱心に、デザインの構想を伝える。
「へえー、こんなふうに作るんだね」
「うん、おもしろ〜い」
 アルヒェとランは感心しながら眺めている。
「これからまた、仕上げの磨きをして完成だよ。あとはワシの腕を信じて完成を待っておくれ」
 おじさんは左腕で力こぶを作り、右手でぽんと叩く。
「はい! よろしくお願いします」
 ヒースは感無量な表情で、おじさんに指輪を託した。
 今はただの銀の輪っかだが、これに綺麗な模様が彫られて、素敵な花嫁の指輪になるのだ。
「わあ、楽しみだね~。ヒース」
「うん、ありがとう、ラン」
 盛り上がっているふたりの横で、なぜかアージュがほくそ笑んだ。
「出発は延期。しばらく、この町にいるわよ」
 
       


 
(アージュがまた、なにか思いついたらしいな……)
 ランの胸におとなしく下がったままのオードが、「今度はいったいなんなんだ」と心のなかでため息をついていると。
 彫金師の店を出たとたん、アージュは「いい考えがあるの」とランとアルヒェを見た。
「王冠奪還の謝礼にもらった銀食器を溶かすのよ! そうすればアクセサリーにも加工できるし、塊のまま持っていればかさばらないわ」
「えーっ、あの皿とか、綺麗なのに」
 なんかもったいなくない? とランが首をひねっていると、「それはおもしろい考えだね」と、すかさずアルヒェが賛成した。
「でしょう?」
 アルヒェの賛同を得られて、アージュは少し頬を赤らめる。
「まあ、売るにしてもこの辺の人にとって銀皿は珍しいものではないからね。アクセサリーを作って今後の旅で行商して路銀を稼ぐというのは、名案だと思うよ」
「なるほど~」
 単純なランがアルヒェの説明に「うんうん」とうなずく。
「じゃあ、さっそく銀を溶かしにいきましょうか。ヒース、鍛冶屋がどこにあるか知らない?」
「え? さっきの彫金師のおじさんのところじゃないの」
 ぽかっ。
「なんで、叩くんだよ〜」
「バカね、自分たちで作ったほうが安上がりでしょ。彫金師に頼んだら、デザイン料とかいろいろ取られるわよ」
 倹約思考の強いアージュらしい考えだが、
「だって、あれ、職人芸って感じだったよ? がさつなアージュにできるの? ……痛てっ」
 余計なひとことを付け加えたがために、ランはまたまた頭をはたかれた。
「やり方はさっき覚えたから。あとは溶かしてもらえればなんとかなるわ」
 どこからくる自信なのか、アージュは嬉々としている。
「それなら、鍛冶屋を知っているから教えるよ。この道をまっすぐ行けば看板があるから、すぐにわかると思うよ。じゃあ、オレはこれで」
 そう言って、ヒースは帰って行った。日が沈む前にディンガの町に帰らないと大変なことになるからだ。
 ヒースと別れてから、三人はさっそく鍛冶屋に向かって歩き出した。
 しばらく歩いていると、教えられたとおり看板が見えてきた。
「ここだわ」
それは炎と金槌のマークをあしらった実に鍛冶屋らしい看板だった。店は頑丈なレンガ造りの建物。火事になったときに炎が近隣に燃え広がらないように考慮しての造りだろう。
 木の扉を開けて、アージュを先頭に三人は店内に入った。
 入ったとたん、鉄の匂いが三人を包んだ。壁には農耕具や鍋、剣などがところ狭しとかけてある。
「なんか雑然としてるわね」
「鉄製品のなんでも屋みたいだね」
 アルヒェは近くにあった鎌を手に取る。その刃はピカピカに輝き、切れ味抜群な感じだ。
「さっきの店と違って、なんか地味な気がする……」
《ラン、前から思っていたのだが、君の考え方の基準はどうも――》
 オードが小声で説教モードに入ろうとしたとき、「お客さんですか?」と、店の奥から人が出てきた。
 出て来たのは、アージュとあまり歳の変わらない少年だった。
「親方に用? 今いないけど」
 彼はどうやら、ここの鍛冶屋の見習いらしい。
「いつ戻ってくるの?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「親方はおかみさんと先月、ディスターナの祭りを見に行ったまま、まだ帰ってこないんだ。ほら、王冠が盗まれたとかで国境が封鎖されたりしたろ? そのせいでセルデスタのどっかの町で足止め食ってんじゃないかな」
「しょーがないわね」
 他をあたるか、と踵を返しかけたアージュに見習いの少年が「待った」の声をかける。
「なにを打てばいいの? 剣? ナイフ?」
「銀食器を溶かしてほしかったのよ」
 アージュの答えに少年は少し考えてから、
「そのくらいなら、おれ、できるよ」
 と、答えた。
「でも、あんた、見習いなんでしょ」
「そうだけど……溶かすくらいなら、いつもやってるよ」
 少年は「馬鹿にするなよ」と言いたげな視線をアージュに向ける。
「ふーん。それじゃあ頼もうかしら」
「まかせとけ!」
 少年の顔がぱっと輝く。自分で仕事をものにしたのが、うれしいのだろう。
 しかし、アージュのほうも負けてはいない。
「ただし! 見習いなら、もちろん料金はその分、安くなるわよねえ?」
「も、もちろん」
「じゃあ、お願いしちゃおっかなー」
 倹約できてうれしいアージュは、にこにこ顔で少年に向き直り、さっそく仕事の依頼をしたのだった。
 
 見習い少年の名はサキトといった。
 ヒースの近所に住んでいたサキトは弟子入りのため、今年の黄蘭月にディンガから国境を越えてアスタナにやってきたそうだ。
 幸運なことに、ランたちはヒースの知り合いだということで、店の離れに泊めてもらえることになった。
「ただし親方が帰ってくるまでだけどね」
 そう言うと、サキトはぺろりと舌を出した。つまりは親方に内緒で泊めてくれるということだ。
「ありがとう~。助かるわあ!」
 銀も溶かせて、宿代も浮く。
いいことずくめで、アージュはにこにこしっぱなしだ。
「じゃあ、さっそく、作業に取りかかるよ」
 サキトはアージュから銀皿を受け取ると、奥の工房に持っていった。
工房は先ほどの彫金師の店よりも広かった。窯もこちらのほうが大きい。
 サキトは窯の前に行くと、皿をまじまじと見つめた。その皿は縁にセルデスタを表す波の模様が施され、中央にはディスターナにある王宮が彫られていた。
「なんかもったいない気がするけど、いいの?」
「いいの、いいの。やっちゃって」
 アージュは気にしないでと手を振る。
「わかった。それじゃあ遠慮なく」
 サキトはごくりと唾を飲む。こんなに素晴らしい細工がしてある皿を溶かすなんて気が引けるが、お客の注文だからやるしかない。
 まずは窯の中に薪を大量に投入し、温度を上げていく。
 そして、窯の中が溶解温度に達すると、サキトは皿を専用容器に入れて窯の中に投入した。ものすごい高温がサキトの顔をなめる。それだけでもうサキトは汗だくだ。
 すかさず窯の蓋を閉め、小窓から中を覗く。それだけでも熱いはずなのにサキトはいっさい火と容器から目を離さない。
 サキトは微妙な炎の揺れに目を凝らす。少しでも窯内の温度が下がったら銀は溶けない。だから火加減を調節して頻繁に薪を継ぎ足す。
 その行程を見ていたランは、わくわくしっぱなしだった。
「すごいなー、炎と闘ってるんだね、サキトは!」
 その言葉に、サキトは火から目を離さずにうなずいた。
「その通り! 鍛冶屋は炎との戦いなんだ……炎を操り、金属を鍛えることは己を鍛えることにもなるんだ‼︎」
 炎に照らされ真っ赤に染まったサキトの横顔が凛々しく見える。


「カッコイイ! オレ、鍛冶屋になろうかなーっ」
 次の瞬間、アージュの蹴りがランの膝にお見舞いした。
「あんた、またなの⁉︎」
「痛ってーっ」
 ランは膝を抱えて、ぴょんぴょん跳ねる。
「まったく単純なんだから……」
「まあ、なんにでも興味を持つのが、ランのいいところではあるけどね」
 いつものやりとりにアルヒェが苦笑する。
 そうしているうちに、銀皿は溶かされ、ただの塊になった。
「じゃあ、おれは仕事に戻るから。なにかわからないことあったら聞いて」
「うん、ありがとう」
 ランたちはサキトに作業台を貸してもらい、アクセサリーを作る作業に取りかかった。今夜はここの離れに泊まるので、制作時間は存分にある。なので、三人それぞれオリジナルのアクセサリーを作ることにした。
「よーし、カッコイイの作るぞ~」
 ランは意気揚々と、アクセサリーのデザインを考えはじめる。
「失敗するんじゃないわよ。変なもの作ったら承知しないからね」
 アージュがすかさず釘をさす。ランのことだから、にんじんとかなすとか魚とか〝食べ物〟のデザインをしそうな予感がしたからだ。
「はーい」
 ランはのんきに返事をする。
 最初は話をしながら作業をしていた三人も、やがて黙々と作業に没頭していった。
邪魔をしては悪いと、オードも黙ってなりゆきを見ていることにした。
(ほう……これは)
 意外なことに、アージュは器用に薔薇を模した指輪を作っていった。花びらを一枚一枚成形して溶接し、立体感のある作りに仕上げたのだ。
《アージュは器用なのだな》
 感心して、思わずオードがつぶやく。
「意外と好きなのよ、こういう細かい作業」
《性格はがさつなのにな……あっ、すまん》
「ひとこと多いのよ、あんたは!」
 ぽかっ。
「痛っ、なんでオレが〜」
 頭をはたかれ、ランが涙目で頭をさする。
 これも見慣れた光景なので、アルヒェは特に気にせず、自分の作業に没頭している。
「オード。次に変なこと言ったら、溶かすわよ」
 アージュは怖い声でそう言い、作業に戻る。
 下手なこと言って溶かされてはかなわないと、作業を静観することにしたオードであった。
 
 しばらくして、それぞれのアクセサリーが完成した。
 アージュは薔薇の指輪と羽根を模した指輪を作っていた。それはとても良くできていて、高く売れそうだ。
「すごいよ、アージュ、このままアクセサリー職人になれそうだよ」
「女の子らしい、かわいい指輪だね」
《確かに素晴らしい出来だ》
 ランとアルヒェとオードの男三人が感嘆の声をあげる。
「えへへ。そうかな、ありがとう」
 褒められたアージュは素直にうれしそうだ。
「アルヒェはなにをつくったの?」 
「ん? 僕はブレスレットや、ブローチだよ」
 アルヒェの作ったものには古い文様が施されていた。「豊穣」や「幸福」「健康」などを意味する文様らしい。考古学を専攻しているとても彼らしい発想だ。
「なんか御守りみたいな感じね。これを持っているだけで、ご利益ありそう」
 アージュの頭のなかでは早くも「御守りとして売ってはどうか」という計算が働いているようだ。
「あ、アルヒェ。指輪も作ったの?」
 その横でランが指輪をひとつとり、指にはめてみる。指輪はぶかぶかだった。よく見ると、これも内側になにやら難しい文字が彫り付けてある。
「ねえねえ、これ、どんな意味?」
「ああ、古代アーキスタ語で『永遠の愛』という意味だよ」
「ふーん……」
「ランはどんなものを作ったんだい?」
「オレ? オレのはなかなかの自信作だよ」
 ランは、じゃじゃーん、と手のひらに載せてみせた。
が、その〝自信作〟を見たとたん、三人は固まってしまった。
「ラン……どういうつもりよ? かろうじてキノコとじゃがいもとリンゴのようなものに見えるけど?」
「その通り! キノコとじゃがいもとリンゴの指輪だよ。みんなおいしそうだろ! これ、大人気商品間違いなしだよ。おいしいものは誰だって好きだもん」
 ランは胸を張って自信満々に答えたが、
「変なもの作ったら承知しないって、言ったでしょーが‼︎」
「痛って――っ!」
 こめかみをひきつらせたアージュに、テーブルの下で蹴りを入れられてしまった。
「うっうっ……自信作なのに……。おいしそうなのに~~。ねえ、オード」
《……悪いが、私には毒キノコとただの石ころといびつな丸い物体にしか見えない》
「ええーっ」
 このやりとりも慣れているとばかりに、アルヒェは黙々と作業をしている。
 もうひとつの指輪にまた古代文字を彫り付けているアルヒェをちらりと見て、アージュはちょっと考え込む顔をしたが――。
 そのままなにも訊かず、自分の作業に戻ったのだった。
 



 
 今夜もまた、雲ひとつない空に紫色の月がかかっている。
 夜も更け、食事を終えた一行は鍛冶屋の離れの小屋で眠りについていた。アクセサリー作りという慣れない作業に没頭したせいか、疲れが出たのだろう。
 離れに置いてあった本――「鍛冶屋と炎の精霊」という物語だった――を読んでいたオードは、そっと立ち上がった。
(そろそろ、いい時間だな)
 その気配にランが気づいたらしく、寝ぼけた様子でオードに声をかけてきた。
「オード? ……出かけるの?」
「ああ、少しでも身体を動かしておきたいし、剣の腕を鈍らせたくないからな」
 オードはアージュたちを起こさないよう、小さな声で答える。
「真面目だね……ふぁあ……」
 あくびをするラン。昨日も朝方までオードにつきあって起きていたから、寝不足なのだ。
「ラン、私につきあう必要はない。ゆっくり寝ているといい」
「……――」
 返事はない。もうすっかり夢の世界へ入ったらしい。
 無邪気なランの寝顔を見て、オードはふっと微笑むと、外へ出た。
 
 
 森の中で、オードは一心に剣を振るっていた。
 その瞳は真剣そのものだ。しかし、その瞳が時折、せつなげに揺れる。
(王女さまはお元気だろうか……)
 フィアルーシェ王女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 もうすぐ、自分が忽然と姿を消してから、丸二年になる。
(早く帰りたい――)
 しかし、この呪われた血を清めなければ、故郷の土を踏めるわけがないのだ。
 こうして、毎晩のように気を紛らわせるために、剣を振るう自分がたまらなく情けない。
 と――そのとき、物音が聞こえた。
物思いにふけっていたせいか、気配に気づくのが、一歩遅れた。気配の主はすぐそこまで来ている。
「誰だ!」
 オードは鋭い瞳で振り返り、剣先をそちらに向ける。
 すると、ひとりの少年が木立の中から姿を現した。
「き、斬らないで!」
 恐怖におののく声がした。オードは無害だと判断し、急いで剣を下げる。
「サキト?」
 それはサキトだった。木の棒を手にしている彼の手は震えている。
 突然、自分の名前を呼ばれ、サキトは驚いた顔をした。オードが昼間、ランの胸に下がっていた鍵だったことを知らないのだから無理はない。
「あんた、誰だ? なんで、おれの名前を知ってるんだ」
(あ……)
 しまった、とオードは心のなかで舌打ちした。ヒースと再会したときも、思ったことをうっかり口にしてしまったし。
(私は最近、たるんでいる……)
「すまぬ。私はランの友だちなんだ。だから君のことを……」
 オードはとっさに噓をついた。夕刻、この町に着いたばかりで、つい先ほど、ランたちからサキトの話を聞いたのだと。
「ふーん、そうなんだ。それであんた、騎士様か?」
「ああ。私はグランザック王国王立騎士隊の騎士、オードレックだ」
「ほ、本物の騎士様……! かっこいい!」
 瞳をキラキラさせ、サキトは妙に感動している。憧れのまなざしで見られたオードは、まんざらでもない気分になったが。
「君はどうしてこんなところにいるんだ? 魔物に襲われたらどうする」
 と、すぐに苦言を呈した。
 すると、サキトは持っていた木の棒――木刀のようだ――を見て、こう答えた。
「おれ、剣の稽古をしに出てきたんだ」
「剣の稽古?」
「うん。おれ、いつか自分で打った剣を持って都に上がって、騎士になることが夢なんだ」
「君は一人前の鍛冶屋を目指しているんじゃないのか」
「……それはもちろんそうなんだけど、親方が打った剣を見たときに、おれ、剣の使い手になりたいなー、って思って」
 ランに負けず劣らず、単純な考えである。
 しかし、オードは笑わなかった。
 動機はともかく、
「剣の扱い方を覚えるのはいいことだ。攻撃は最大の防御となる場合もある。魔物と出くわしたとき、剣術を身につけておけば身を守ることができる」
「さすがは騎士様だ。奥が深い」
 そう言うといきなり、サキトは地面に膝をつき、がばっと土下座した。
「おれを弟子にしてください!」
「えっ?」
 思いもしなかった展開に、オードは目をぱちくりさせた。
「困るな、私は弟子は取れないんだ」
「お願いです。おれの腕を見てから考え直してもらえませんか。だめなら、あきらめます」
「しかし……」
「お願いしますっ!」
 サキトの真剣な眼差しに、ふと幼少期の自分が重なった。剣術が上手くなりたくて先生に師事を仰いだときのことを思い出す。
(私にも、同じ気持ちを抱いていた頃があったな……)
 剣を習いたいという情熱が、サキトの瞳の奥で揺らめいている。
「わかった。君の実力を見て判断する」
 オードは観念して、サキトの腕を見ることにした。判断はそれからだ。
「はい!」
 瞳を輝かせて立ち上がり、サキトはさっそく木刀を構えた。
「いきます!」
 サキトは鍛冶屋の仕事で腕を鍛えているせいか、意外なことに素振りが力強かった。
(ほお……これは見込みがあるな)
「これを」
 オードは自分の剣を鞘から抜くと、サキトに渡した。
「ちょっとこれを振ってみてくれないか」
「は、はいっ!」
 サキトは張り切って、素振りをはじめた。
が、十回も振ると、肩で息をして剣を振れなくなった。オードの剣は細身だが、すらりとした見た目とは違い、かなり重いのだ。
「もういい」
「え……?」
 不安そうに目を向けてくるサキトに、オードはふっと笑った。
「夜しか相手ができないが、それでもいいか?」
 サキトの顔が、ぱっと輝く。
「ありがとうございます‼︎」
 こうして、この晩。オードに初めて弟子ができたのだった。

(第一話-3へ続く…)


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