ゆっくり生きてもいいんだよ~障害のある子を授かって Vol.2
大雅くんは重症心身障害のあるため、肢体不自由特別支援学校小学部に入学した。ちなみに、特別支援学校は、主に視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、病弱に分かれている。
最初は、教員が自宅を訪問する「訪問教育」の形だった。体力面で大丈夫そうだったため、二年生からは学校に通うようになった。
学校では、同年代のこどもたちや教員だけではなく、学校に関わるたくさんの人たちと触れ合う。人は人の中で成長する。大雅くんは学校をとても楽しんだ。学校の先生方や看護師さんは大雅くんをとても大切に思ってくれていることが伝わってきた。恵理さんは安心していた。
どうにかならないのか……
自宅から学校までは車で片道40分だった。気管切開している子どもはスクールバスに乗れないルールだったため、送り迎えは恵理さんがしている。(東京都では、平成31年度から看護師が同乗する専用通学バスの運用を開始された。今のところ、乗れる人数に限りがあるため、大雅くんが通う学校では高等部の生徒から順番に乗れるようになっている)
毎日の送迎だけでも保護者の負担は相当だが、恵理さんがストレスを感じたのは、主治医が学校に対して大雅くんの命を守るために出す「医療的ケア指示書」について、学校の決まりの範囲のことしか対応してもらえないことだった。
「指示書には、吸引の長さや何センチなどが書かれているのに、学校ではここはできません、このやり方をします、とやり方を変えられてしまう。一方で、暑い夏に、お水をあげてください、と伝えても、「指示書に書いていないので、お母さんがやってください」と言われ、お水をあげるためだけに私が学校にいなければいけなかった」
「気管カニューレが抜けた時もそう。特別な訓練を受けた看護師が気管カニューレを再挿入してくれる。でも、その上で「確認のため、お母さんが入れなおすのがルール」と呼び出された。カニューレは入れ替えることで大雅の気管が傷つくから、納得がいかなかった」
「大雅との意思疎通が難しい分、学校が不安になるのもわかったから、学校からの呼び出しにはすぐに対応するようにしてた。学校は、健康・安全管理のために定められた国や都の決まりの中で精いっぱい対応してくれていた。大雅に慣れて、わかってくると、徐々に極力親の負担を無くすように努力をしてくれていた。でも、学校に常駐する看護師が対応できそうなことではないか……どうにかならないのか……という想いはやっぱりある」
呼び出しは頻繁だった。呼び出しに対応すると往復で2時間かかった。学校に送り届けるのに往復2時間。迎えに行くのに往復2時間。一日何度も往復するのは負担は大きすぎ、やがて、恵理さんは朝、学校に送り、帰宅せず、下校時間まで校内で待機するようになった。
「大雅を乗せての運転は緊張の連続だった。手術をしたものの、吸引は必要で、運転中に大雅になにかあったらと思うと怖かった。そして、学校で何時間も待機する。保護者の控室にいるのはつらかった。何もすることが無かった。そして、また、緊張しながら運転して帰宅し、急いで家事をする。くたくたになった。みんなやっている道だ、我慢しなければいけない、と思っても、苦しかった。身体ががたっとくずれた。気づくとすごく太っていた。自分が太ったことに気づいたのも、一年くらいたってから。ショックだった」
学校生活を支える保護者たち
障害や病気のため、たんの吸引や経管栄養などの医療的なケアが必要な「医療的ケア児」と呼ぶが、文部科学省が平成28年度に行った調査によると、特別支援学校に通学する医療的ケア児の就学に付き添っているケースは、826人。そのうち、看護師が学校にいない、または常駐ではない、常駐しているが学校の希望により保護者が付き添っているのは507人。常駐しているが、保護者が希望して付き添っているのは166人だ。
文科省の「学校における医療的ケアの今後の対応について(通知)平成 31 年 3 月 20 日付」には、「保護者の付添いの協力を得ることについては、本人の自立を促す観点からも、真に必要と考えられる場合に限るよう努めるべきであること。やむを得ず協力を求める場合には、代替案などを十分に検討した上で、真に必要と考える理由や付添いが不要になるまでの見通しなどについて丁寧に説明すること。」とされている。しかし、実態は厳しい。恵理さんの身体はどんどん疲弊していった。
外の力に頼る
恵理さんは福祉の力を借りることにした。
「去年からヘルパーさんにお迎え行ってもらう、ということを決めたの。4年生までは、本人の体力をみて、学校に週に3日間通ってた。5年生になったところで月~金まで行けるなと思って行ってみたら行けて。月・水・金はお迎えに行って、放課後等ディサービスに預けて、火曜日と木曜日はお迎えをヘルパーさんにお願いしてみたら、できた。朝、学校まで連れて行って、それから、ヘルパーさんと一緒に帰ってくるまで、時間ができた。帰りのお迎えが2日間、無くなるだけで、すごく楽になった」
そう話す恵理さんの表情は明るかった。
「家のことできなかったのが、ストレスだった。家にいれば、掃除したり、部屋の模様替えなどもできるのに、朝から夕方まで学校のために不在にして、帰ってきたらご飯を準備したりでいっぱいいっぱいで、部屋がぐちゃぐちゃだった。今も学校からの呼び出し連絡がいつ来るかわからないから、学校のある時間帯は待機していなければいけないのだけど、だいぶ身体は楽になった。今後、学校の呼び出しが無くなったら、バイトとかできるなぁと思う。仕事がしたいの!教育費にお金がかかるから、少しでも貢献できれば、ゆとりもできるだろうし、介護だけで終わるのは嫌だなぁと思う。何をやってもいいけど、好きなことで何かできるといいな」
文科省の通知が示す方向で状況が変わると、医ケア児だけではなく、保護者の人権も守られると私は思った。障害がある子を育てることが苦しくなる時は、子どもに障害があること、というよりも、社会の側に壁があることの方が多いのではないかと思う。
豊かな学校生活
大雅くんの学校生活自体はとても豊かだ。「学年での授業と、障害の程度によってグループ分けをされた授業があるの」
恵理さんは一週間の時間割を見せてくれた。国語、体育、音楽、図工、生活、自立活動、個別活動、課題といった科目が並んでいた。
そして、学校が作成した大雅くんの個別支援計画(障害のある児童生徒の一人ひとりのニーズを正確に把握し、教育的支援を行うための計画)をみせてもらい、その充実度に驚いた。細かく課題設定され、そのための手段や大雅くんの成長が克明に記されていた。先生方が大雅くんに丁寧に関わっていることが伝わってくる。
「大雅くんはどの授業が好きなの?」
「好きな授業は、音楽や体育! 大雅は、トランポリンやブランコ、プールなど、激しく体を動かすのが好きみたいで、うれしい感じが伝わってくるんだ」
「学校にがんばって行かせてよかったと思うことは?」と聞くと、恵理さんは次々と理由をあげた。
〇バスや電車で遠足、大きいプール、特殊な器具を使っての授業など、家庭だけでは体験できないことが出来る。
○専門的なカリキュラムで、成長を促してくれる。このおかげで、大雅くんは、話している人の方を見たり、指を動かして反応するようになった。
○病院や地元じゃないお友達が親子ともに出来る。
○通い続けることで体力がつき、体調を崩さなくなった。
○環境の変化にすぐに順応できるようになった。
「学校の看護師さんや先生たちは大雅を大事に思ってくれていて、とても感謝してる」と話す恵理さんにどんな時にそう感じるか聞いてみた。
〇先生方が「今日も頑張って来れたね~」と毎朝、大歓迎して迎えてくれる。
〇大雅くんの状態をよく観察し、思いやりのある医療介護してくれている。
介護の仕方については、具体的な例をあげながら、話してくれた。大雅くんの存在を大切に思い、成長を共に願い、共に喜んでくれる人が増え、恵理さんの安心感は以前より高まっている。
この世界は楽しい
大雅くんが自分の人生を豊かに歩めるように、恵理さんはまず、大雅くんの命を全力で守ってきた。「この世界は楽しい、素晴らしいものだということを教えながら、家族みんなで一緒に成長していきたい」という想いを胸に、恵理さんは頑張り抜いてきた。
恵理さんが全身全霊をかけてこんなにもがんばれるのは、なぜか?
それは大雅くんのことを話す時の、恵理さんのキラキラと輝く表情が教えてくれる。大雅くんが愛おしくて仕方がない想いがあふれ出ている。心をかけ、無我夢中で大切にする存在がいる、ということは、とてつもなくしあわせなことではないかと思う。
一緒に生活し、成長を共に感じればこそ
最後に、相模原殺傷事件について恵理さんが今、思っていることを聞いた。
「植松(死刑囚)がやったことは、どんな理由であろうと、全く理解できない。ただ、障害者がただ生きるためだけの生活をしている事に、疑問を持つ人が世の中には沢山いると思っている。いつもはそんな気持ちを隠しているけど、今回の事件で改めて、自分の本当の気持ちに気づいた人も沢山いるんじゃないかと思う。正直に言えば、私も、大人の重症心身障害のある方に会うと、周りも大変だろうなと思ってしまう。
障害児の親としては、大雅が何も出来ないからといって死んで欲しいとは思わないし、どうすれば楽しく生きてくれるだろうと考える。それは、一緒に生活して成長を見てきたから。
もしかしたら、周りには大変だとしか思われてないかもしれない。大雅が大人になった時に、大雅の様子に驚き、受け入れがたい人がいるとも思う。だからこそ、小さいうちから大雅と出会ってもらい、成長を一緒に感じる時間を過ごしたい。
自分には何もできないと悩む時、大雅を思い出すことで勇気を与えられるかもしれない。大雅を見てもっと頑張らなきゃとプレッシャーに感じる人がいたら、「あなたの人生なんだからゆっくり生きていいんだよ」と私から伝えられるかもしれない。大雅の存在は、私を含め周りの人を元気にするためなのかなと思ったりしてる」
恵理さんの言葉を聞きながら、深い心に包まれたようにジーンとした。
精いっぱいに今日を、今を生きようとする命と、一瞬一瞬を大切にしながら、10数年共に過ごしてきたからこその言葉だと思った。