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一灯照隅

19人が殺害され、26人が重軽傷を負った「相模原障害者施設殺傷事件」から7月26日で4年がたちました。報道に触れるたびに心がざわつきます。

「障害者は不幸を生むだけ」
植松死刑囚のこの言葉に障害のある子を持つ親の一人として、何時間でも反論したくなります。

一方で、テレビのコメンテーターが、植松死刑囚を歪んだ考えを持つ、異様に残酷な人として非難するのを聞くとき、違和感もありました。
なぜか。私の中にも植松的な考えがあるのではないかと感じたから。

植松死刑囚はあの夜、職員に「こいつ、しゃべれるか」と確認し、話せない人を狙って襲ったと報道されています。「言葉での意思疎通」ができるかできないかを基準に生きている意味があるかないかを判断したのです。
そのことで思い出すことが二つありました。

ひとつは叔父のこと。いわゆる植物人間になり、病院に見舞いに行った時、幼かったわたしは、肌が黄色く精気のない状態でただ何年も病院で寝たままの叔父は、ほんとは苦しくて、死にたいのではないか、このまま生きているのはつらいんじゃないか、かわいそうなんじゃないか、と思い続けました。

もうひとつは、娘がダウン症を持って生まれ、障害のある子が通う病院に通院しはじめた頃のこと。
畳一畳くらいの大きさの車輪つきベッドを女性が重そうに押しながら待合室に入ってきました。あまりに大きなベッドに目を奪われました。その上には、身体が大きい女性が横たわっていました。大きく見開いた目は宙を見て、表情はなく、身体は全く動かなかった。

「この少女は何も感じないのだろうか? 楽しいことはあるのだろうか?」そんな疑問が浮かびました。
そして、保護者と思われる初老の女性も表情が乏しく疲れて見えました。長年、娘の介護にしばりつけられているのではないかと感じ、お気の毒だと思いました。

これらの時に私が感じたことは、植松死刑囚の持論と重なるところがあるのではないかと感じてしまうのです。

重度の障害のある人に対し、ちがう見方を持つきっかけをつくったのは、ある冊子を読んだことです。
娘が一歳の頃、近所の小児科の待合室の本棚に並んでいた、濃緑の表紙の薄い冊子に目に留まりました。手に取ってみると、自費出版の冊子で、著者は福岡に住む藤亜里佳(とうありか)さんという方でした。

ありかさんは脳性まひがあり、言葉でのコミュニケーションが全くできなかったけれど、『抱っこ法』と出会ったことをきっかけに、筆談で心の内側を表現できるようになった、という説明がありました。

彼女が書いた文章に驚いたのです。豊かな感情や複雑な思考を持ち、人生を彩り豊かに生きていることを感じました。
「ない、と思いこんでいるものは見えないんだ……」衝撃を受けました。

その後、言葉による意思疎通が困難な重度の障害のあるこどもたちと出会ってきました。ありかさんのように動かない身体の中に、豊かな感情や意思が「ある」と思っていると、繰り返し会っていくうちに、ごくごくわずかな表情の変化を感じたり、全身の肌のありようから(緊張感のあるなしなど)、気持ちが伝わってきました。

障害のある子との暮らしが「バラ色の幸せ」をもたらす、といいたいわけではありません。でも、障害者は不幸を生み出す、というのはちがう、といいたい。
人生はそんな単純じゃない。
悲しいこともあれば、喜びもある。苦しむこともあれば、苦労が報われることもある。楽しいこともあれば、つかれることもある。絶望することもあれば、希望に溢れることもある。人生は複雑に絡み合います。

なにより、当たり前のこと。それは、他者は他人を幸せか幸せじゃないかをジャッジできない、ということ。定番の幸福の形や条件があるわけじゃない。幸せはそれぞれが感じるもの。そんな想いが湧きあがってきます。

でも……子どもを持つ前には、わたしは障害を持つ人は大変そう、お気の毒と思ってました。そもそも、関心を払ってこなかった。

今はお話を聴きたいと思う。そして、紹介したいと思う。
だから、始めてみようと思う。
ここから、勇気や希望がうまれてきたら、うれしいと思うのです。

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