第2章[第2話] 《ユウとカオリの物語 -ジェンダー編-》
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相手に合わそうとしてきただけなのよね。
相手に合わせて生きてきたから、
気持ちを隠そうとしてしまうのね。
やっぱりわたし達、似た者同士なのね。
※ ※ ※
それからも僕には幾人か、好きになった人はいた。だけどどれも片思いで、いつも言われるのは「友達じゃダメなの?」という言葉だった。「友達として失いたくない」とも、何度言われたことか。そしてその都度僕は、苦しみながらもその言葉を受け入れてきた。
その愛の種類が何でもいい。愛する人に、必要とされる人でいたい。
僕の願いはそれだけだと、いつも自分に言い聞かせてきた。なに、着ぐるみをまとうのは、いつもの事じゃないか。そう言い聞かせて僕はいつだって、「少し頼りになる男子のような女友達」それを演じ続けてきた。
エリとだって、頼りになる僕を演じていた。いつも男性ポジションだったし、だけど女子の会話もできて友達にもなる。誰にも真似出来ないポジションを、作っていたつもりだった。
だけど演じ続けることは結局、ほころびを生じる。古びて穴だらけになった着ぐるみは、もはや限界が来ていた。エリだってその数年後、頼りがいのある優しい旦那様に恵まれて結婚をした。
結局僕はいつも、「都合のいい頼りになる男子代わり」だったのかもしれない…そんな思いがいつしか僕を、締め付けていた。
※ ※ ※
「んんん...」
薄ら明るくなった窓から漏れた光に僕は、目が覚めた。
まだ朝の5時半だ。
「なんだ...またかよ...まだまだ時間があるじゃないか。遠足前の子供だよな、まったく」
カオリとの待ち合わせの時間まではまだ4時間もある。大人になっても何か楽しみな事があると早くに目が覚めて眠れない。それはずっと変わらないのだ。仕方なく僕は今日のデートのお店を調べたりしながら、時間をつぶしていた。
「そうだ。カオリんちまで、歩いて時間をつぶそう!」
カオリの家までは距離にして4km弱。少し遠回りもして、散歩しながら歩けば1時間は時間がつぶせるよな。そう思い立った僕は、着替えて朝ごはんを澄ませ、早々とうちを出て、カオリの家まで歩いた。
途中にある田んぼ道が僕のお気に入りだ。金魚池だってある。田舎の長閑な風景に吹く風に深呼吸をして、その後に待つ楽しみな時間を浮かべながら、僕はもしかしたらニヤニヤしながら歩いていたのかもしれない。
「ユ~ウ!」
カオリの家の前に着くと、カオリが手を振りながら出てきた。いつも女性の右側を歩くようにしていた僕は、つい癖で右側に行こうとする。
「違う~、こっち、でしょっ」
「あ、そうだったね、こっちこっち」
そう。カオリはいつも僕の右側を歩きたがる。そうしないと気持ち悪いんだそうだ。今までだってカオリはいつも、誰かの右側。僕と同じだった。
ただもちろん、カオリは僕に強要はしなかったけど、好きな人に右手を預けて、歩いてみたらなんだか安心できて、心地よかったんだ。
「右手を、預けるって、いいね...」
そう僕が呟くと、カオリはニコリと笑った。
利き手である右手をあけるのは、相手を守るため。
利き手である右手を預けるのは、相手に守られるため。
僕はそう、かつての好きな女性に教わった。
そんな話をカオリにしたらこんなことを言った。
「へぇ、そうなんだ!知らなかった!でもわたしはこっち歩かれるとただ単に気持ち悪いのよ。それに守ってもらわなくても歩けるから笑 だからユウも気持ち悪くなかったら、こっち歩いてね!なんなら守ってあげるわよ。本当は守ってもらいたいでしょ?」
「え、そ、そうだね、う、うん...ありがと」
「か、かわいいっ!」
「あはははは...」
うつむいて照れている僕に、カオリは言ったんだ。
「やっぱりさ、ユウはさ、相手に合わそうとしてきただけなのよね。
相手に合わせて生きてきたから、本当の気持ちを隠そうとしてしまうのね。
あぁやっぱりわたし達、似た者同士なのね!」
この人にはジェンダーの壁がない。
そしてそれがこんなに心地いいなんて。
生まれて初めての心地いい関係に僕は、
ついに古びた着ぐるみを捨てていた。
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