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積み荷の分際 第11話
全自動のお湯張りが完了するまでの間、在沢は案山子のように突っ立っていた。リビング奥にある浴室は、男の一人暮らしとは思えぬほどに清潔だった。
女性と同棲しているような痕跡は見当たらず、マグカップに緑の歯ブラシが一本、ピンク色の歯ブラシが一本、寄り添うようにして立て掛けられているのが唯一、女性の気配を感じさせる。
鴻上の荒れ具合から察するに、聞いてはならぬことらしいので、聞かないでいるつもりであるが、やはりどうしたって気になった。
さっさとシャワーを浴び、小ざっぱりしてから浴槽に浸かる。着替えの用意はないので、風呂上がりの格好は風呂前と同じだ。
在沢がバスタオルを首に巻いてリビングに戻ると、赤ら顔の鴻上はソファに座らせたLiSAに話しかけていた。
「すげえな、ほんとうに凛の声みたいだな」
《リン? わたしの名前はLiSAよ》
「でもちょっと違うな。凛よりも子供っぽいか」
《子供じゃないですぅ。LiSAですぅ》
ソファにちょこんと座っているコミュニケーションロボットとLiSAを優しく見つめる鴻上のどうにも噛み合わない掛け合いが、在沢の目にはなぜだか父娘のように映った。
頑張ってコミュニケーションをとろうとする父と、ウザがる反抗期の娘のようだが、熱心に話しかけている鴻上は実に楽しそうだ。せっかくの談笑の時間を邪魔しては悪いので、なるべく足音を立てぬように在沢が戻ると、目敏くLiSAが反応した。
《あら、有意。相変わらずしけたツラしてるわね》
「そういう言葉はどこで覚えるのかな」
在沢がばつの悪い表情を浮かべる。放っておいて欲しかったのに、視認性能が高過ぎるのも困りものだ。おかげで、先程までLiSAと楽しいお喋りに興じていた鴻上がいきなり血相を変えた。
「テメエ、どこから聞いてたんだ」
唐突に言葉が荒っぽくなり、秘事を覗かれた恥ずかしさを怒りで誤魔化すかのような態度だった。
「ほんとうに凛の声みたいだな、というところからです」
《リン? わたしの名前はLiSAよ》
「リサ、うるさい。ちょっと黙ってて」
《うるさいって言う方がうるさいんだぞ。ばーか、ばーか》
LiSAが突っかかってきて収拾がつかず、鴻上はぼきん、ぼきん、と拳を鳴らしている。
「おい、有意。一発ぶん殴ったら、今見たことを忘れるか」
「俺は忘れるかもしれませんが、LiSAには記憶されています」
在沢が両腕を上げながら降参のポーズをしたが、LiSAが火に油を注いだ。
「すげえな、ほんとうに凛の声みたいだな」
《リン? わたしの名前はLiSAよ》
「でもちょっと違うな。凛よりも子供っぽいか」
《子供じゃないですぅ。LiSAですぅ》
ついさっきの鴻上との会話を鮮明に再生し、ここぞとばかりに有能さをアピールする。
「また、余計なことを……」
在沢は大慌てでLiSAの電源をオフにする。しかし、ひしひしと殺気を滲ませた鴻上の怒りは冷めていないようだった。威圧感たっぷりのファイティングポーズをとると、躊躇なく拳を放った。
「消しとけ! ……風呂っ!」
風を切り裂くパンチだなんて、もはや異次元だった。
顔面にクリーンヒットする直前でぴたりと寸止めされたが、そのままぶん殴られていたら、すっかり顔の形が変わっていただろう。首筋に冷汗がだらだらと流れ、怖気づいた在沢はこくこくと頷くばかりだった。