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積み荷の分際 第6話
「げげっ……」
なんとなく予想はついたことだが、在沢が一人暮らしするアパートの前には、大勢の取材記者が張り込んでいた。
一時間近く歩いてきたところだったから、それでなくとも足は棒のようになっている。ようやく帰宅できたと思ったら、これである。電柱の影からこそこそと自宅アパートを仰ぎ見るだなんて、まるで刑務所を脱獄した逃亡犯のようだ。
在沢有意は外見的にはこれといって目立つことのない中肉中背で、平凡を絵に描いたようなありふれた顔をしているため、素知らぬ顔をして通り過ぎれば誰に見咎められることもないだろう。
いや、どうせ自宅に戻れないなら、わざわざリスクを冒して取材記者たちの群れの前を横切ることもない。こっそりと回れ右をして、在沢は来た道を引き返すことにした。
寒空の下、安アパートの前に雁首揃えて、じっと張り込んでいる記者たちの顔は、どれも苛立っているように見えた。しかし妙だ。わざわざ在沢に直撃取材したところで、いったいどんなコメントを欲しているというのだろうか。
「私がやりました。申し訳ございません」と謝罪させたいのか。
もしかすると、あの取材記者たちの中に死亡したカメラクルーが務めていた報道番組『直撃ステーション』と関わりある人物がいて、半ば仇討ちのような気持ちでいるのだろうか。
それはそうと、同乗者の柊木国土交通大臣政務官は無事なのだろうか。彼も中央病院に搬送されたのだろうか。無事ならば、どんなコメントを発したのだろうか。
そもそも今回の人身事故はすでに全国放送されているのだろうか。ミーヴを製造販売するヒイラギ・モータースはテレビ局の大株主であり、巨額な宣伝費を支払う広告主でもある。
何よりも企業イメージが大事である。この件は勝手に報道するな、と上層部が詰め寄れば、完全に口を塞ぐことは無理でも攻撃の矛先を変えることぐらいは訳無いだろう。
いろいろと思考を巡らせるうち、朦朧としていた頭がだんだんと冴えわたってきた。
考え得る限り、在沢に味方らしい味方はいない。
とにもかくにもこの場はずらかろう、と思い、そそくさと自宅前から立ち去ろうとしたその時だった。がしりと右肩を掴まれ、脇腹になにか硬いものを突き付けられた。
「騒ぐな、静かにしろ。振り向くな、そのまま黙って歩け」
ドスの利いた声で凄まれ、在沢は黙って従った。
ああ、これはコンクリ漬けにされて東京湾かどこかに沈められるやつではなかろうか、などと脅えながらおっかなびっくり歩く。
曲がり角に路上駐車してあったライトバンの助手席に詰め込まれ、在沢は伊達眼鏡ともこもこのニット帽を手渡された。
「さっさと変装しろ」
「は、はい……」
なんだか訳が分からぬまま命令に従いつつ、在沢はちらりと運転席側を眺めた。もじゃもじゃの天然パーマの男が口笛を吹いている。
あまりにも場違いな悠長な態度を見て、不覚にも涙がこぼれてきた。
「ガミさん……」
「おう。お前、また事故ったな」
ゼミ仲間であり、イモータル・テクノロジー社の創業メンバーである鴻上仁がお迎えに来てくれた。
《元気ないわね、有意。気分の上がる音楽でもかけとく?》
運転席と助手席の間にはコミュニケーションロボットのLiSAが鎮座しており、人工知能らしからぬ含み笑いをしている。
「サンキュー、リサ」
《はいはい。そんじゃミュージック、スタート》
車内に爆音で響き渡ったのは、在沢が密かに神アニメと認定している『ハバタキのキンクロ旅団』のテーマソングだった。