あの駅でまた会えたら
「あのお寺には大きな桜の木がある。だから慎重に搬入頼んだぞ。」
これはとある現場のお話。そしてその場所は、私のよく知る思い出の土地。
「金森駅の近くの金森寺知ってる?わかる?行ったことある?桜の木が大きいらしいけど見たことある?」
残念ながら桜の時期を知らない私。でも、その場所はたしかに知っている。何度も何度も足を運んだ。
小さなその駅のホームには高校生がたくさんいて、改札を出てすぐのところに寂れたコンビニがあって、学校までの道のりはちょっぴり長くて、ちょっとワクワクする。
彼の通う学校。通うことはなかったけれど、自らも受験した学校。オープンキャンパスにも、彼が女装でバク転を披露した学祭にも訪れた学校。
合格発表も見に行ったし、卒業式もサプライズで行った。あの学校の最寄り駅。
だから、「知ってる?」のひとことを返すのに戸惑った。
あの土地での一番最後の記憶は紅葉の日。
いつか行った、満天の夜空の下にライトアップされた甘酸っぱいデートの帰り道。
その時にはもうお互い高校生ではなかったし、夜道を歩く罪悪感も薄れていた。何を話したかさえも思い出せないけれど、たくさん歩いた思い出の場所。
ただ、あの辺りは治安が少しよろしくない。夜は特に危ない。
だから、いつだって二人手を繋いで歩いた。ひたすら喋って、冗談言い合って、一駅分歩いて、あぁ、疲れたねって自動販売機で買ったジュース半分こして。そのまま近くの公園でブランコに乗るのがお決まりのコース。
学校からその駅までの道は一本しかないのだけれど、少し離れた大きな駅まで歩くと少し都会を感じることができる。
彼は高身長な分、とっても足が長い。だから二人乗りしても落ちる心配がなかった。でも大人になったから、二人乗りは何だか心がドキドキした。
「ちっちゃいな。俺のためにちっちゃいの?すっぽり収まるように生まれてきたの?育ってきたの?」なんて意地悪そうに笑う彼の笑顔が好きだった。いや、どんな顔も大好きだった。
もちろんこの話は、今となっては金森寺について問うた相手に話すわけもない仕事に無関係な人生のサイドストーリーなわけで、あの日が美しかっただけなのは十分理解している。
でも、地名を聞くだけでこんなにも記憶は甦るのか…
「今、もしあの駅でまた会えたら?」
きっと車の中からそっと姿を見つめるだけにすると思う。私はもうとっくに前に進んでいて、きっとあの頃の大好きだったあの人も今を幸せに生きている。
キレイな思い出はキレイなまま。それ以上でも、それ以下でもない今の距離が、多分きっと丁度いい。
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