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いかれたbaby

44回目の誕生日でしたー。
たくさんの友人に祝っていただき、
幸せでした。

たくさん笑って、ちょっとだけ泣き言を言って、やっぱり久しぶりにお腹を抱えて笑って過ごせた。

事前にプレゼントは必要ない、と言っていたものの(欲しいものはいくつかあるけれど、
それは自分で買うべきものだから)、
不意に渡されるプレゼント、
嬉しいものですね。

この数年いちばんお世話になっている友人から、
ボールペンを頂いた。
書け!って事だな、と思う。

忙しさを言い訳にせずに。

今年はイベント再開もするし、
前に書いた、運命が変わる瞬間は一瞬で、
あっという間だ、は、また違った響きを持つとは思うけれど。

今年、結婚するカップルと、
笑って過ごしながら、
恋人にせよ、友人にせよ、
自分自身にせよ、
何が好きで、何をするかも大事だけど、
何をしないか、何が嫌か、どんな言葉を使わないか、のほうが大事だよね、
って、彼の方にずっといじられながら、
話す。

ふと今日は久しぶりに散歩して、
この街で2番目に好きな場所にいた。
ようやく一人、散歩ができて、
良かった。
歩いていると、頭が冴えてくる。
ふとイメージが湧く。
何ヶ月ぶりだろう。

そうそう、僕が欲しいものは、
刺激なんだと思った。
それは恋愛についての刺激ではもちろんなくて、
音楽がいちばんを占めてる暮らしのなか、
知らない音楽、名前は知っていたけれど、聴いた事のないバンドやミュージシャンだったり、
久しぶりに聴き直したくなるような、
音楽だけじゃないけれど、
情熱をくすぐるような刺激が欲しいな、
ってずっと思ってる。

ふと思い立ち、日光東照宮に有給を使って、
一人旅しよう!と決めた。

今日、地元を歩きながら、
かつて仕事で渡った大橋で、サックスを吹いている男性を思い出した。
自転車をとめて、その脇ででっかい音で吹くサックスはさぞかし気持ちいいだろうと思う。
僕はミュージシャンの上手い下手は分からないからなおさら。

ふと友人に、fishmansのいかれたbabyを聴くと、ごみさんを思うと言われる。

悲しい時に 浮かぶのは いつでも君の 顔だったよ
悲しい時に 笑うのは いつでも君の ことだったよ

人はいつでも 見えない力が 必要だったり してるから
悲しい夜を 見かけたら 君のことを 思い出すのさ



それはその友人と共通の友人が、感謝(驚)を聴くと、ごみちゃんを思うと言ったのと同じように響く。

楽しかった時が終わって 気づいてみたら さみしい人だった
寄り添う扉も 頼りにならないで 裏切ったような気分だった

なぐさめもなく やさしさもなく そっと過ぎてく季節を
はしゃがないで見守ってた あの人に驚きと感謝を込めて
歌うだけだった そう全部

どれだけfishmansで、どれだけナイーヴなんだとは思うけれど、
だからいままたfishmansを聴いている。

そんな誕生日は、頼りない天使でしめようかな。


遠い夜空の向こうまで連れてってよ
あの娘の天使のとこまで 連れてってよ
サヨナラさめた時よ
あの娘が僕を呼んでいたから
終わりさ もう終わりだよ
今日からは 2人ぼっち

そうそう、誕生日は、いままで出会ったひとたちに感謝する日だと言っていた友人がいて、
本当にそう思う。

いまも共にいる友人、
いつか出会い、別れた友人、
亡くなった友人、
友人にすらなれず通り過ぎた人たち、
まだ見ぬ未来の友人。

ただ、有難う!。
穏やかで愛がある日々を。

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