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見つめ合って、しばらく話さなかった。

母親から体調が良くないという連絡があって、
少しばたばたしている。
久しぶりに今年こそ、実家(があれば)というより、母親と会ってこようと思っている。

ある晩、いつもの場所で呑んでいると、
久しぶりの友達が来る。

いつもの場所でYouTubeで音楽をかけはじめたのがいつかは忘れたけれど、
だいたいはそこに行けば僕に自由に音楽をかけさせてくれる。

そこで彼女と出会ったのがいつかも正確には覚えていない。
リンクと重複している部分はあるけれど、
いま僕が知っているR&Bは、彼女の影響が大きい。
例えば5年前のある晩、不意に僕より年長の男性に、いま流行ってる、テンションが上がるような曲をかけて!とリクエストされた時、
彼女が、これ!と言って、ブルーノ・マーズの「UPTOWN FUNK」を教えてくれて、その男性が小さなお店で踊り出す、なんて事があったし、
彼女にTLCが新曲を出したよ、って「SUNNY」をかけて、「SUNNY」はずっとそこでかける曲になった。

最後に会った数年前、彼女の顔色が悪い事に気付いていながら、僕も体調が良くなくて、
ただ挨拶だけした。

不意にいつもの場所…バーに彼女と彼女のお母さんとその同級生の男性が入ってくる。

とりたてて、再会!って感じでもなく、
ただ挨拶をして、僕はやっぱり曲をかけ続ける。

ふとU2をかけると、彼女のお母さんがライブに行ったなあと呟く。それからちょっとだけ80年代の曲をかけたあと、B'zをかける。彼女のお母さんが好きで、だから彼女もライブに行ったりしてる、と言っていた。
「音楽だけは記憶に残るんだよね」と笑う。
誰がどんな曲を好きで、誰がどんなシチュエーションでそんな曲を聴いていたか、その表情まで、音楽は僕に記憶を連れてくる。

しばらくして、彼女が僕の所に来る。
しばらく、見つめ合って、言葉はお互いに出てこなかった。決してロマンチックな出来事ではない。話したい事はたくさんあるけれど、
「まだ音楽やってんの?」と彼女が聴く。
「やってないよ」「私も」。
そのあとに、ま、生きてるだけでいいか、なんて繋げる。
それに音楽は好きだし、ずっと聴いてる、なんて繋げて、彼女は彼女たちの席に戻っていく。

毒舌で笑いを取る彼女に、「綺麗になったね」と友達が言うから、「芸風は変わらないけどな!」と僕が言うと、誰もが笑っていた。

懐かしいな、と思う歌をたくさんかけた。
伝わるだろうか?と思いながら。
「whatever you are」もかけた。彼女をその時は見なかった。
アレサ・フランクリンの「小さな願い」、
スティービー・ワンダーの「可愛いアイシャ」、TLCやbabyface…。
また僕の所に来て、踊り出す彼女、ふと手を合わせて踊る二人。少しだけの時間。

またね、と別れる。
それがいつ来るかもしれない。
「そうやって音楽を選んでる時が一番楽しそうに見える」か、いまは聞こうとは思わなかった。
友達が二人でライブや公園でよく遊んでたよねー、と言う。
たぶん、二人ともいまより切迫感を持って音楽を聴いていたし、耳が聞こえなくなる事(彼女が難聴になってしばらくして僕も難聴になった)に怯えていた当時。
そこから五年は経つ。
お互いの生活も話さなかった。

ただ音楽だけが流れていく。と書いて、それだとロマンチック過ぎないか?と思う。
次に会うのがいつなのかもしれない。

「日々生きるのに必死だよね」と僕が言うと、彼女が同意して笑い、彼女が帰ったあと、僕は友達に言う。「次に会うのが10年後でも、
さっきまでかけてた曲が、きっとその時にもかかるんだろうね」それが音楽が持つ魔法なんだろうな、といまは思う。

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