急にね、あなたはいう。
君といた時間は、いつも煙草の煙が辺りに立ち上っていた気がするし、君といた時間から現在にかけてが、中村一義が出す曲を時系列でなぞるみたいに過ぎていく。
大学ってところは、入学したあと直ぐに仲良くなる友達とは、割と早い段階で、挨拶を交わして通り過ぎる程度の距離に落ち着く。
それでも地方からこっちに出てきて、はじめての一人暮らしをする彼ら彼女たちの家では、夏の試験期間まではお泊まり会があるし、マルイのようなデパートに寄り集まって、服を買いに出かける。メンズノンノやSMARTといった雑誌をみんなが読むから、誰もが同じような格好でキャンパスライフをはじめる。
君の存在に気付いたのは、大学のゼミではじめて喋った男の子が、このゼミの女の子のレベルが高いって周りのゼミが噂してる、と僕に教えてくれたことや、その男の子がゴールデンウィーク開けに、ゼミの女の子たちがみんなキスマークをたくさん、首筋につけてるよ!と教えてくれた時かな。キスマークってものをはじめて知った。だけど、ゼミの女の子たちの首筋を凝視するわけにもいかず、おっとなだねー!と思った。
それから喫煙所が大きかったかな。ゼミの教室の側に2つある、喫煙所。なかでも扉が解放されて、外に出てすぐに置いてある灰皿に、ゼミの喫煙者はみんな溜まっていた。
君も僕も当時はマルメンライトを吸っていた。キラキラしたグリーンが白で囲まれたパッケージ。
必須だった体育の授業は、運動ができない僕たちが選んだのは、トレーニングとストレッチの授業だった。オリンピックで金メダルを取ったのをテレビで見ていた方が、先生で、それから僕は別の学科の男の子と、ストレッチやトレーニングをしながら、2人でずっとくだらないボケを、怒られない程度に繰り返していた。女の子たちは、呆れたように僕たちを笑っていた。そこに君もいた。
梅雨の頃から、週に一度のゼミの飲み会とは別に、週に一度、君のうちで鍋や、とにかくご飯会が始まった。5人か6人の決まったメンバーで、君のうちで朝まで過ごした。夏には近所の公園で花火をしたのを覚えてる。
その頃には、お互いを意識していたんだと思う。いつも2人は最後まで起きていて、朝には煙草を自販機に買いに、誰もいない道を歩いた。踏み切りも鳴らないままの静かな朝だった。
実家から帰ってきたとき、疲れて君のベッドで横になった僕と君を、仲間たちが2人きりにした。あの子とGちゃんはできてる。そんな噂が流れていたことも知っていた。
朝、みんなが寝静まったあと、君が不意に、はなしがあるの…といった。好きなひとがいるの…と。彼氏が変わっては途切れない君に恋をしながら、僕はその不意のことばを流した。
必ずサボタージュする授業があった。2人で教室の外で、ずっと他愛ないお喋りをした。
何ヶ月かして、ようやく教授の助手の女のひとに怒られるまで、それは続いた。
君がテクノにはまって、だから僕は君ん家にCDラジカセをプレゼントした。君はまだCDを売っていたコンビニに走っていき、最初にかけた曲は、gardenだった。それから、WIREってイベントに行きたいことや、僕が持って行った、DJ HELLのアルバムにはまったといっていた。
秋になって、君と、君の女友達と僕の3人で図書館近くの地面に座って、話していたとき。君は君の女友達に、膝枕されて寝ていた。柔らかな光が差していて、君の女友達が呟いた。あたしはゲイなの。でもあんたもでしょ?。彼女は君の髪の毛を優しく撫でていた。
君のアパートで、はじめて化粧した夜や、それに君が焼肉を奢ってくれた新宿の別れ際、君が僕の足を蹴ったことや、もちろん軽くで笑いながらで、それに君がいろんな女の子と、僕と一緒に帰るバスの座席でキスしてみせたときの挑発を覚えてる。
僕には霊感がないけれど、いま君から電話がかかってくるな!ってのだけは、わかった。何度も予感は当たっていた。
映画を一緒に見に行っていた頃で、君がキャバクラで働き出した頃でもある。汚れた血を観ながら、号泣した君と、安い居酒屋で呑んだ。
君は池袋の駅で待ち合わせるとかならず、電話しながら、人混みのなか、僕に手をあげさせるんだ。あれは、恥ずかしかった。
セルジュゲンズブールのジュテーム、モアノンプリュを君の部屋で、2人で呟いた。愛してる。俺も、愛してない。
君の先輩の女の子が、君がGちゃんね!と会った瞬間に行ってきた。あたしたちは即ヤリだったといいながら、君とキスしてた。即ヤリ?おっとなー!とまた思った。
君の先輩の男の子が、君がGちゃんか!といってきたこともある。DJで、文化祭でドッカンドッカンみんなを踊らせる学校のスターだった。
2年になって、僕はどんどんひとりでいたいという気持ちが増え、喫煙所を変えてみたり、した。君たちは必ず、僕を見つけ、そこで溜まり、僕はまた別の場所に向かう。
猫だね、と君は僕を評した。気まぐれで、どこにもいつかない。
2年になって、みんなで集まることがどんどん減り、そして僕は僕で暗くなっていく。君は君で暗くなっていく。
呼び出された梅雨のある日。教室の近くのベンチで、君は学校をやめる、と告げた。落ちていく、と。ならさ、君にいえた僕のせめてもの、ことば。上がってこい。君は泣き崩れた。僕の精一杯の強がりだった。君が居なくなったら、誰とこんな風に話せばいいんだろ?。君が、Gちゃんしか友達できなかったなあ、となみだを拭きながらいうものだから、未来を案じた。
夏の日。やっぱり今日、連絡が来るな、と思ったら、携帯が鳴り、2人で池袋で呑んだ。僕は、君にキスするつもりだった。少なくとも、携帯を切り、出掛ける準備のあいだ。呑んでる最中、ずっと僕は君にくずり、甘えた。キスしたい!。ずっとそんな風に、駄々っ子のように。君は、カラオケに2人で行こうと提案した。僕はまた、ホテルじゃないのか、ふられたのかと思って、カラオケでずっと叫びながら歌っていた。時間を告げる電話が鳴り、出るよ!といった僕に、君はソファーに座って、はい!と目を瞑り、くちびるをちょっとだけ、上げた。僕は君のあたま、前頭葉を押さえつけて、舌を君の口のなかに入れた。僕にとってははじめてのキス、やり方すらわからないままに、僕たちは深いキスをずっとしていた。
帰り道、はじめて手を繋いだ。2人の手が凄く汗ばんでいた池袋のネオン。電車に乗り、君の降りる駅まで、手を繋いでいた。またね!君はそう言って、降りていった。ずっとホテルに誘う僕をサラリと交わしながら、手を振って歩いて、改札に向かった。
ようやく次に会えたのは、冬で、霊感ならぬ霊感ももはや消えていた。僕は僕で忙しく、君は君で困難を抱えていた。僅か一時間で2人は別れた。しばらくは最後の別れだった。
そのあと来た、ナイトメアビフォアクリスマスの葉書。
いままでありがとう。
凄く、感謝してる。
たった二行に込められた思い。
それがしばしのお別れだった。
好きとは決して言えなかった。
彼氏をどんどん変える若い女の子を、もし本気で好きになってしまったら。
あれから、10数年が経ち、不意に彼女から連絡が来る。もうどうしたらいいか分からない、と泣いていた女の子は、男の子のおかあさんになっていた。彼女の仕事の手伝いをした。カメラを構える彼女の視線は、とても鋭く、カメラから離れた瞬間には、あの頃には考えられないほど、優しくなっていた。
2人で仕事の合間にごはんを食べながら、たくさんのはなしをした。お互いの不在の時間。格闘してきた日々。懐かしいはなし。彼女はあれだけヘビースモーカーだったのに、煙草をやめていた。赤ワインを一杯だけ頼んで、一口でむせた彼女。僕はマルメンライトからハイライトになっていたし、アルコールの治療をしていたころ。
ひとりで生きることばかり考えていた。
誰かにすがっていきることが、少なくとも誰かにちょっとでも助けて欲しいって手を伸ばすことですら、依存だと思い込んで、もっとおかしな事態を招いていた。
それに、ひとの欲望に、取り込まれそうになってしまう自分に怯えていた。
伸びてきた手を払いのけてばかりいた。
彼女といたころ、僕も彼女も誰もがずっとさみしくて、孤独で、だから無理矢理踊って、セックスをして、何か、穴みたいな何かを埋めていた。
何かを渇望しながら。
それは、ひとを狂わせる愛などではなかった。ひとを生かせる愛だった。
いつか、この狂騒の日々はおわる。
それだけはわかっていた。
それでもそれはもう少しだけ先のことで、せめていまは踊っていよう。あなたといよう。笑っていよう。
それでもひとを生かせるのは、やっぱり愛なんだな、といまは思う。ひとを狂わせるのも愛だけれど、それでも。それでも、といまは思う。