hand in glove

陶芸をしてきた。実は初めて。
陶芸の最中、脱力感あふれる先生の話芸も相まって、久しぶりにげらげらと無心で笑っている自分を発見して、びっくりしていた。
もうちょっと余裕ができたら…またやりたいことが増えたかな?。
ちょっと前に絵本を描きたいんだ、といったら、初めて会う女性にカランダッシュの鉛筆を勧められた。
しかし、このパソコンまで壊れかけて、でも創作意欲だけはあるので、稼ぐしかない。

もうそれはもう久しぶりにMORRISSEY、THE SMTHSをたっぷりと聴いている。モリッシー、ザ・スミスのことについて語るには、ものすごく時間がかかるので、それはまたいずれ。だけれど、久しぶりに、本当に久しぶりに聴いた「THE SMTHS」のファーストは、僕の人生を変えるきっかけとなった一枚で、高校を辞めた15歳の夏に、島根から大阪に橘いづみの野外ライブを…ライブを初めて見に行ったときに、大阪の小さなCD屋さんで買ったのを覚えている。

地味だな、と実家のコンポで独りで聴きながら思ったのを覚えている。ジャケットが、裸の男がこちらを向いて俯いている紫のアートワークで、少しドキドキしながら、CDラックのいちばん目立つ場所に立てかけれていたのを覚えている。ずっと歌詞カードを読み込みながら、聴いていた。「Reel Around the Fountain」という最初の曲の歌詞が、「15分だけ君といる、僕は嫌だなんていわないだろう。みんなは君に価値はないというけれど、僕はそうは思わない」という(いま勝手に訳したものだから、正確ではない)もので、それもいままで聴いてきたポップソングのようではない、つまりモリッシーの歌が不可思議に思えて、なんだろう?このことばたちは、音たちは、と思いながら、だけれど、その日からじわじわとモリッシーがザ・スミスが、僕を侵食していった。僅か数か月で、ザ・スミスのアルバムをすべて揃えていた。

時に、音楽を聴きながら泣いたことはあるか?という質問を受ける。僕はその都度、ない、と答えていたけれど、よくよく考えたら、ザ・スミスの「You just haven't earned it yet baby」では確かに泣いたし、モリッシーの「He cried」でも泣いたことがある。
というか、(ミッシェル・ガン・エレファントの最後のライブでの「世界の終わり」の動画を除けば)ザ・スミス、モリッシーでしか、泣いたことがないんじゃないかな?といまは思う。

いまザ・スミスの、モリッシーの曲を10曲でもレコメンドすると、さらに時間がかかるので割愛するけれど、最近、記憶が曖昧なんだけれど、よく新作映画でザ・スミスが、モリッシーが流れているなぁと思うことがよくある。「Asleep」だったりね。だったら「Last night I dreamt that somebody loved me」だって素晴らしいけれどね。

と本筋を完全に逸脱してしまった。なのでこのままこの文章は一回閉じようと思うのだけれど、15,16歳で叔父に貰ったワープロにずっと文章を書いていた。それはだいたいは「トルゥー・ロマンス」や「ナチュラル・ボーン・キラーズ」といった映画の影響をもろに受けた小説のさらに出来損ないで、完成すらしないまま、どれだけ書いてきたかも覚えていないし、いまは捨ててしまったのだけれど、やっていることはほとんど変わらない気がする。
でも一つだけ、あの頃に持っていたアイディアにいま身体をつけてあげたいな、と思うものがあって、ランニングタイトルは「子供たちの眠る場所」というもので、精神病院からエスケープした少年少女が数時間だけ、宍道湖(!)の夕焼けの下で歩く、でも結局、行き場はない、というもの。
実は一度、書いたことがあるし、18歳の時通っていた予備校で配った気もするけれど、もはや設定くらいしか覚えてはいない。

そう、「Hand in glove」のそのままだ。
手を繋ごう
太陽は決して僕たちを祝福しはしないだろう
でも、これはほかの人たちみたいな愛じゃない
だってこれは僕たち二人のものだから
(これも適当な訳です)
だんだんと楽しくなってきた。
やっぱり英語をやるなら、モリッシーのことばから、歌詞を訳すところからはじめてみようかな?。

ここまで読んでいただいた方がいらしたら、ありがとうございます。

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