【リレー脚本】雑草のはなし
【著】山田、松田
〇作品紹介
お題「雑草・カメラ・ホラー」で、山田と松田がリレー形式で執筆した脚本。
〇登場人物
・津浪
・馬田
・海野
・ヨシ
・マツ
・謎の男
●映写機が回っている。映像が流れているような、いないような。並んでいる椅子に、二人の男が座っている。舞台には、映写機の明かりしかない。
●映像が映る
【制作 津浪一朗の話】
津浪:それはさ、多町が言ってんのか。
馬田:ええ、監督が。
津浪:演者はなんて。
馬田:いえ、もう、混乱してしまって。
津浪:そうだろうな。
馬田:どうしましょう。
津浪:…監督にストップを出すのも、俺たちの仕事か…。
馬田:ですよね、わかりました。
津浪:…。
馬田:津浪さん、監督の方に電話いってきます。
津浪:…。
馬田:津浪さん。
津浪:馬田。
馬田:はい。
津浪:俺はおかしいのかもしれない。
馬田:おかしい。
津浪:…見たい。
馬田:は…。
津浪:それで、どんな画が撮れるんだろうな。
馬田:ちょっと、待ってくださいよ。
津浪:いや、わかってるんだ。
馬田:だったら。
津浪:多町の撮った映画を見たことあるか。
馬田:え、はい、今回の仕事に当たって、大体は。
津浪:どう思った。
馬田:どうって。
津浪:正直にいい。
馬田:現実的というか、生々しいというか…。
津浪:面白くないよな。
馬田:えっ、…はい。
津浪:正直、俺には映画の良し悪しは分からん。
馬田:…いや、そんなこと。
津浪:けどな、この業界に長くいると、分かってくるんだ。
馬田:分かってくる。
津浪:映画ってのは、面白かったり、悲しかったり、胸糞悪かったりするんだな、これが。
馬田:それが、映画だと思います。
津浪:ああ。でも、多町の映画を初めて見たときに驚いたんだ。
馬田:はい。
津浪:動かないんだよ。
馬田:…。
津浪:スクリーンの中と外に線引きが無いんだ。普段生活している風景を写真に撮ったそのままのような。フィクションから起こされたものなのに、いやに違和感がなく入り込んでくる。だから、面白くない。
馬田:ああ。
津浪:自分が普段働いている職場を見せられているような、誰もいない自分の部屋をこっそり覗いているような。…動かないんだよ。
馬田:…ああ。
津浪:だから、俺はあいつと映画を撮ろうと思った。
馬田:面白く、ないのに。
津浪:多町にしか撮れない。
馬田:ええ。
津浪:多町の最高の作品にしたいと思って、脚本原作も探してきた。
馬田:…ええ。
津浪:そしたらこれだよ。
馬田:いや…。
津浪:裏切らないんだよ、あいつは。
馬田:ダメですよ、これは。
津浪:でも、見たいだろ。見たいんだ。見たいよ。
馬田:ダメですって。
津浪:だって、見たいじゃないか。たかが、雑草がライトに照らされるカットの為だけに、そんなことをやるんだ。画面の中には映らないのに、そんなことをやるんだ。そんなことをやって、何になるんだ。十秒にも満たない、ただ雑草がライトに照らされるだけのカットだぞ。
馬田:津浪さん。
津浪:分かってるって。
馬田:あんた、…おかしいよ。
津浪:…なあ、俺たちがここで目をつむったら、どうなるんだろうな。
●津浪、馬田、ゆっくりと目をつむる。映写機の映像がぷつりときえる。
映像が映る
【女優 海野柚子の話】
●海野が椅子に座っており、津浪は立っている。
海野:…怖い。
馬田:すみません、今日は。
海野:…怖い。
馬田:監督も、冗談だと思うので。
海野:冗談なんて言う人。
馬田:…。
海野:…嫌がらせなんですよ。
馬田:そんな。
海野:演技力もないのに出しゃばって、グラビア上がりの落ち目の女優がとか思ってるんです。だからあんなこと言うんだ。
馬田:監督は、そんなこと思ってないですって。
海野:じゃあ、あれは何なんですか。あんなことやったら、警察とか、そんなところの話じゃないじゃないですか。
馬田:海野さん個人に向かって言われた訳じゃないですし、言葉の、あやだと思います。それに、主演に海野さんを指名したのは、多町監督自身なんですから。
海野:どうせ私にはやれないとか思ってるんだ、あの人。
馬田:え。
海野:だから、あんな目で見るんだ。あんな血走った目で、人を見下したように。
馬田:今日は、帰りましょう。この後、津浪さんにも相談しますから。
海野:やればいいんでしょう。
馬田:…。
海野:やればいいんでしょう。
馬田:…いや。
海野:やればいいんだろ、クソ監督が、ちっくしょう!
馬田:…。
海野:っん、…いやぁ、こわっ…、なめるなぁ!
馬田:待ってください!
海野:なに!?
馬田:…待ってください。
海野:なんで…せっかく決めたのに…。
馬田:きっと、冗談なんです。
海野:なんで止めるの!?
馬田:冗談じゃなきゃ監督は狂ってる!
海野:だったら私も狂えばいいだけ。
馬田:少し、落ち着きましょう。
海野:…。
馬田:深呼吸を。
●海野、目をつむり、深呼吸する。映写機の映像がぷつりと消える。
●映像が映る
【監督 多町裕二の話】
●馬田はいない。海野は座り、津浪は横でしゃがみ込み、海野をなだめようとしている。
津浪:海野さん。
海野:私、やっぱりやめます。
津浪:え。
海野:できるわけがない……。
津浪:馬田が来てましたね。
海野:えぇ。
津浪:あいつ、このカットに否定的で。
海野:…..。
津浪:なんだか、やめさせようとしてる気がするんです。
海野:それは、そうですよ。
津浪:なんで?
海野:だって、変です。
津浪:変だけど、面白そうだ。
海野:え?
津浪:観たいんだ。
海野:…。
津浪:あいつは何を撮ろうとしてるんだ。
海野:雑草…。
津浪:そう、雑草だけなんです。
海野:たった数秒の、ライトに照られるだけの…。
津浪:えぇ、だけど多町はあなた方に演技指導をした。
海野:画面には映らないです。
津浪:えぇ。
海野:なんでそんなこと…。
津浪:おれはあいつがわからない。だから面白そうなんだ。
海野:馬田さんは、監督の冗談だって。
津浪:映画を撮る時、多町は全て本気です。
海野:監督は、今までもこんな撮り方を?
津浪:今回が初めてです。
海野:抵抗しなかったのですか。
津浪:俺もね、最初は怖かった。多町が怖くなった。
海野:なら、なんで私にやらせようとするの。
津浪:興味が勝ったんだ。どんなものが完成するのか。その興味が勝ったんだ。何よりも。
海野:興味…。
津浪:君は女優だ。
海野:…。
津浪:人気、知名度、演技力。どれをとっても中の下。
海野:そんなの私が一番わかって…。
津浪:けど、君にしかできない。
海野:私にしか。
津浪:監督にも、俺たちにも、そしてこの映画の完成には君が必要なんだ。
海野:私はどうなるの?
津浪:きっと、更に魅力の磨きがかかるよ。
海野:こんなことで?
津浪:こんなことだから。
海野:…。
津浪:他にない、多町の作品だから。得られるものがある。
海野:多町監督だからこそ…。
津浪:俺も、あいつの作品に魅せられたからね。
海野:…やってみます。
津浪:良かった。
海野:私にできるかわからないけど…やってみます。
津浪:君なら出来るよ。
海野:…はい。
●「海野」ハケ。映写機の映像がぷつりときえる。
●映像は消えたまま
【制作 馬田繁々の話】
●馬田入り。津浪は椅子に座っている。
馬田:津浪さん、彼女もやっぱりやりたくないようです。
津浪:そうかな。
馬田:え。
津浪:俺はそうは感じなかった。
馬田:話したんですか。
津浪:あぁ。
馬田:僕は、反対です。
津浪:迷ってなかったか?
馬田:もう、迷いはありません。反対です。
津浪:そうか。
馬田:どうしてもやるんですか。
津浪:あぁ。興味がある。
馬田:自分の興味だけで決めるんですか。
津浪:お前も興味はあるだろう。
馬田:…はい。
津浪:何が起こっても目を瞑る気はないか。
馬田:…。
津浪:やるよ。多町と話してくる。
馬田:…。
津浪:じゃあな。
馬田:…だめだ。
津浪:…。
馬田:だめだ! 狂ってる!
津浪:かもしれないな。
馬田:津浪さん、どうしちゃったんですか?
津浪:映画を作るにあたって、監督は正義だ。
馬田:皆、狂ってますよ…。
津浪:狂ってるのは馬田、お前なんじゃないのか?
馬田:え。
津浪:監督のプランのどこに悪いことがある。
馬田:ありますよ…。あんな撮影プラン…どうかしてる。
津浪:ふん。どうせ、所在もしれない人間だ。
馬田:あんたも、狂ってる…。
津浪:何度も言うが、狂ってるのはお前なんじゃないか?
馬田:なんで…。
津浪:お前以外は皆、監督に賛成しているよ。
馬田:おかしい…雑草を映すだけのシーンですよ…。
津浪:撮影は始まるだろう。
馬田:雑草だけのシーンで、画面には映らないんですよ?
津浪:観てみたい。
●映像が映る。馬田、映像を観る。
馬田:……。
津浪:お前も。
馬田:……。
津浪:観てみたいんだろ?
●馬田、映像に魅入る。
馬田:…、ああ……。
●津浪も映像を観る。津根、馬田、映像に吸い込まれるようにハケ。
映写機の映像がぷつりときえる。
●映像は消えたまま
【雑草の話】
舞台が冷たく明るくなる。冬の公園である。炊き出しが行われている。
ヨシが椅子に座っており、謎の男が舞台の隅に座り込み、じっとヨシを見つめている。
●マツ、手に豚汁を持ってイリ。
マツ:やあ、ヨシさん来てたか。
ヨシ:おお、マツ。
マツ:となりいいかい。
ヨシ:かまうなよ。
マツ:じゃ、失礼して。
ヨシ:…ああ、美味い。
マツ:もうすっかり冬だな。
ヨシ:ああ。
マツ:この一杯がありがたいねぇ。
ヨシ:こんな俺らの為になぁ。
マツ:あったまるよ、ほんと。
ヨシ:…。
マツ:最近、調子はどうだい。
ヨシ:どうもこうもないなぁ。
マツ:近頃、ダンボールハウスの撤去が多いって聞くがな。
ヨシ:うちは先週やられたよ。
マツ:あちゃあ、やられたあとかい。
ヨシ:これから寒くなるっていうのになぁ。
マツ:うちも、一旦たたんで移動すっかぁ。
ヨシ:日銭の方は。
マツ:調子悪いな、最近は街がてんで綺麗になっちまった。紙資源も空き缶も自治体のもんだ。落っこちてないよ。
ヨシ:そら、えらいこっで。
マツ:ヨシさんの方こそどうよ。確か、自立支援団体の、雑誌を売る仕事をしてるんだろう。儲かるもんかね。
ヨシ:ホームレスの売る雑誌を、どれほどの人が買いたがると思う。
マツ:…そうか。
ヨシ:そうだよ。
マツ:……いかんいかん、明るく生きにゃな。
ヨシ:…雪、降ってくるかなぁ。
マツ:冬か…。
ヨシ:ああ。
マツ:ヨシさんの雑草めしも、しばらくは休みか。
ヨシ:まあ、これからはな。
マツ:でも、良く好んで雑草なんて食べるよなぁ。
ヨシ:美味いんだぞ。
マツ:俺は、ヨシさんみたいに雑草を見る目がないからな。
ヨシ:お前そりゃ、見ようとしてないだけだ。
マツ:そうかね。
ヨシ:あれ、ひとつひとつちゃんと名前あるんだぞ。
マツ:いや、それはわかるけど。
ヨシ:俺らと一緒だ。
マツ:…俺らとか。
ヨシ:ああ。
マツ:ヨシさんの言うことはさっぱりだ。
ヨシ:…いいか、俺達はホームレスだ。
マツ:なにをいまさら。
ヨシ:でも、お前はマツで、俺は俺だ。
マツ:まあ。
ヨシ:雑草も同じだよ。
マツ:ああ、なるほどな。
ヨシ:ああ、そうさ。
マツ:…ヨシさん。
ヨシ:ん。
マツ:さっぱりだ。
ヨシ:…それがマツの味なんだろうなぁ。
マツ:お、きたな。美味いのか。
ヨシ:えぐみが無くて食べやすい。でも味気ない。
マツ:なんじゃそりゃ。
ヨシ:馬鹿ってことだ。
マツ:毒があるなぁ。
ヨシ:ま、そのマツの味も、マツに光を当てなきゃ味わえないってな。
マツ:お、なんかそれはいいな。
ヨシ:そうか。
マツ:ああ。
ヨシ:…。
マツ:俺達も人間だって気がする。
ヨシ:…そりゃいい。
マツ:…。
ヨシ:そりゃあいい。
●舞台が暗くなる、映写機が回り映像が映る。謎の男、いつの間にか消えている。ヨシ、マツ、ゆっくりとハケ
●映像が映っている。
【謎の男 名無しの話】
●映像が映る中、その映像から少し外れた場所で声がする。
馬田:監督!まってください!本当にやるんですか!?監督!?
●馬田入り。混乱している様子。
馬田:僕一人では決定できるわけがない……津浪さんだ、あの人に相談しよう。
●謎の男は、セリフ中に入り。ダンボールハウスの近くに座り、馬田をジッと、見る。
馬田:あっ、津浪さん!
●馬田ハケ。馬田入り、津浪を連れてくる。
津浪:なんだよ。
馬田:相談が……。
津浪:人に聞かれちゃまずいのか。
馬田:え。
津浪:わざわざ撮影クルーのいないとこにくるから。
馬田:え、ええ、まだ聞かれちゃまずいかと。
津浪:で、なんなんだ?
馬田:……耳を……。
●馬田は津浪に耳打ちする。津浪は考えこむ様子でベンチに向かい座る。馬田はそれについてベンチに座る。津浪は一息ついて言う。
津浪:それはさ、多町が言ってんのか。
馬田:ええ、監督が。
津浪:演者はなんて。
馬田:いえ、もう、混乱してしまって。
津浪:そうだろうな。
馬田:どうしましょう。
津浪:…監督にストップを出すのも、俺たちの仕事か…。
馬田:ですよね、わかりました。
津浪:…。
馬田:津浪さん、監督の方に電話いってきます。
津浪:…。
馬田:津浪さん。
津浪:馬田。
馬田:はい。
津浪:俺はおかしいのかもしれない。
馬田:おかしい。
津浪:…見たい。
馬田:は…。
津浪:それで、どんな画が撮れるんだろうな。
●舞台は暗く映像は一旦消え「ジィィィィ」というテープの音のみになる。海野入り。
●映像が映る。
海野が椅子に座っており、津浪は立っている。
海野:…怖い。
馬田:すみません、今日は。
海野:…怖い。
馬田:監督も、冗談だと思うので。
海野:冗談なんて言う人。
馬田:…。
海野:…嫌がらせなんですよ。
馬田:そんな。
海野:演技力もないのに出しゃばって、グラビア上がりの落ち目の女優がとか思ってるんです。だからあんなこと言うんだ。
馬田:監督は、そんなこと思ってないですって。
●舞台は暗く映像は一旦消え「ジィィィィ」というテープの音のみになる。馬田ハケ。
●馬田はいない。海野は座り、津浪は横でしゃがみ込み、海野をなだめようとしている。
津浪:海野さん。
海野:私、やっぱりやめます。
津浪:え。
海野:できるわけがない……。
津浪:馬田が来てましたね。
海野:えぇ。
津浪:あいつ、このカットに否定的で。
海野:…
津浪:なんだか、やめさせようとしてる気がするんです。
海野:それは、そうですよ。
津浪:なんで?
海野:だって、変です。
津浪:変だけど、面白そうだ。
●映像が消える。
舞台は暗くなる。津浪ハケ。
●ヨシ、マツがのそのそとゴミやダンボールを回収し、歩いている。セリフ中から徐々に明るくなっていく。映像は消えている。
ヨシ:こいつも貰っちまうかぁ。
マツ:そこぁ、ゲンさんちじゃないか。
ヨシ:あの人は死んじまったよぉ。
マツ:あぁ、そうだったな。
ヨシ:さみぃからな。
マツ:何人目だい。
ヨシ:さぁなぁ。
マツ:数える気にゃなれんな。
ヨシ:さっきの。ありゃあ、仏さんになったか。
マツ:ああ、もちろん。ちゃんと確認したぞ。
ヨシ:あれはここいらの人間じゃなかったな。
マツ:というと?
ヨシ:家のある奴だ。
マツ:ヨシさん、よくわかるねぇ。
ヨシ:匂いさ。
マツ:匂い?
ヨシ:そう。生き物の匂いさ。
マツ:なるほど。
ヨシ:もったいねぇもったいねぇ。
マツ:そうだなぁ。ありゃあ、もったいなかったなぁ。
ヨシ:しかし、危なかったなぁ。
マツ:ああ、危ない危ない。
ヨシ:さて、どんだけいるか。
マツ:なにがだい。
ヨシ:幽霊さ。今時期ここは墓場みたいなもんだ。
マツ:見えなくて良かったなぁ。
ヨシ:無関心だからだ。
マツ:なんだいヨシさん。
ヨシ:無関心だから見えても気づかない。
マツ:そういうもんかい。
ヨシ:そういうもんさ。さぁて、俺はそろそろ引っ越そうかね。
マツ:ここいらは生きづれぇ。
ヨシ:一緒に行くかい。
マツ:ああ。
●海野入り。ヨシ、マツ、ハケ。
●海野は謎の男の近くに寄り。座る。街灯が点滅する。
海野:撮影ができない。
謎の男:……。
海野:撮影ができない。
謎の男:……。
海野:撮影ができない。
●明かりが消える。全員ハケ。街灯が点滅する。舞台は空っぽ。
END
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