ナイトフィッシングイズグッド
人には、忘れられない日がある。
今日は、誕生日の次に忘れられない日だ。
もうかなり前になるけれど、(突発的に)実家を出た日。あの日の勇気と、紡いできた日々が、今の私を形作っている。
毎年、白い息を吐きながら、教会に祈りに行ったり、夕暮れの土手を一人歩いてみたり、泣いてみたりと、とにかく、あの日の自分を成仏させることに勤しんでいる。
でも、今年は違った。
☾☾☾
突然だが、サカナクションに「ナイトフィッシングイズグッド」という名曲がある。
ボーカルの山口一郎さんは、釣りが大好きな人で有名だ。
この曲の歌詞が奥深い。きっと、夜の釣りをしながら、彼はこんなことを考えているんだろう、といつも畏敬の念を抱く。
家を出た二ヶ月間、聴いていた思い出深い曲。
いつかさよなら 僕は夜に帰るわ
何もかも忘れてしまう前に
ビルの灯りがまるでディレイのように流れてた いつまでも
釣りって魚を釣るのと同時に、きっともっと重たくて、忘がたい何かと向き合う時間なんだろうなと、冒頭の歌詞を聴くと理解できる。
去年と同じ服を着ていたら
去年と同じ僕がいた
後ろめたい嘘や悲しみで
汚れたシミもまだそのまま
(↑ここの歌詞最高)
「釣りをしている間のじっとした時間はとてもいい」と言っている人がいた。「グッド」は字義上の「良い」だけではないんだろう。見える景色や、肌に触れる風の温度とか匂いとか、過去とか未来とか。かなり深く広い意味で「良い」のだと思う。太陽が明るくなるまで、待ち続けるのは悪いことじゃないと知ることができる。
あの日からの辛い時も、少し釣りに似ているかもしれない。「魚釣れんな」と思いながら、真っ暗な中、自分と向き合う。だんだん、生きる意味とか、死んだ後とか、とてつもない宇宙にまでぷかぷかと心がたゆたう。「さぁそろそろ」と思える朝が来るまで。
☾☾☾
今日久しぶりにナイトフィッシングイズグッドを聴いてみた。「あ、懐かしい」と思った。
普通に仕事をして、買い物して、ミュージックステーションを観ながら金曜日のお酒を飲んだ。ほかほか布団を敷いた。(←今ここ)
三日前くらいから気付いていたけれど、全然振り返っていない私がいる。成仏が終わった!と静かに驚いた。
「明けない夜はない」という言葉があまり好きではないけれど、「夜はどうしたって明けてしまうんだな」と思わざるを得なかった。完全に終わらせられなくても、ピリオドをつけられる日は必ずある。
あの日の自分に「こんなものが釣れたよ!だから大丈夫。」と言うために、この文をしたためておく。