ブルームーンが光る夜 #1年後の私へ
「去年の方が大きかったかね、ブルームーン」
真っ暗な道の蛍光灯の下、きっと初対面であろうおじさんとおばさん二人がビールをプシュッと開けながら、楽しそうに夜空を指さしていた。
はたと彼らの指さす方へ振り返ると、目を見張るほどの大きなオレンジの月が、街を照らしている。
その月を見た瞬間に、一年前の今日の自分から「お願い、せめて生きていて私」と声が聞こえた気がした。
脳内が、去年にワープする。
🌕
ちょうど一年前、念願叶って入社した出版社を辞めようと決意した。
退職願を出した直後だったか、同じ道で「来年の今頃、せめて生きていて私」と呟いた。その頭上にはブルームーンが光っていたのを鮮明に覚えている。とてもじゃないけれど、綺麗と感じられない精神状態だった。
次の仕事を探すのは平易ではなかった。
もっと言えば、夢を諦めた自分を責めるのも辛かった。それを一人の心で抱えることも。
私は、家族ではない、誰か大切な人と一緒に生きたいと願ってしまった。
一緒に歩む人。共に苦しみ、喜べる人。
その折に、出会ったのが彼だった。
夢のためなら一人でも生き抜けると、全てかなぐり捨てていた私が、生き延びるためほとんど命懸けで声をかけた相手だった。だから、ほんの少し恩人にも近い彼なのだ。
出版社を辞めたあとは、急いで派遣の仕事を始めた。
数年前には夢想だにしなかっただろう。生活のために、日々初めての仕事をこなした。
とてもホワイトな労働環境があることを知った。未知の世界に飛び込めば、良いことも知れるものだと感動し、4ヶ月間勤しんだ。
そのあと、ギリギリ面接で受かった別の会社で春から働き出した。未曾有の事態が世間を襲い、まだ辞令交付すら行えていない。
家の中、PCひとつで業務し、新しい形のコミュニケーションも知った。「やりたかったこと」とはほど遠いかもしれない。けれど、仕事で正当に評価されることがこんなにも嬉しいと知られたのは、今の職場で得た賜物だ。
今、少し大きな仕事を任されはじめ、「いきいきと働く楽しさ」を脳が思い出しているところだ。
あっという間に秋も暮れ、冬が顔を出し、少しずつ来年の話があちらこちらで出てきている。
彼が「来年、お父さんに挨拶に行こう」と言い始めた。
言葉少なな彼の発言に、嬉しくないと言ったら嘘になる。それでも狂喜乱舞しなかったのには、私の複雑な家庭環境に起因する。
「お父さん、私にも会ってくれないかも」
「でも駆け落ちじゃダメでしょ、一緒に行こう」
そうだ、私はあの時「一緒に歩む人」を望んだ。
命、心身、生活。極めて根本的な基盤が危ぶまれていた私だけれど、当時夢想だにしなかった未来志向型の幸せを味わっている。1年はたった365日、52週。「あっという間」だけれど、その日々を、絶え間なく、着実に生きてきたのは、紛れもなく自分なのだ。
🌕
「去年の方が大きかったかね、ブルームーン」
真っ暗な道の蛍光灯の下、きっと初対面であろうおじさんとおばさん二人がビールをプシュッと開けながら、楽しそうに夜空を指さしていた。
はたと彼らの指さす方へ振り返ると、目を見張るほどの大きなオレンジの月が、街を照らしている。
その月を見た瞬間に、去年の今日の自分から「お願い、せめて生きていて私」と声が聞こえた気がした。
一年前にワープし、一瞬でその一年を思い返し、たった今、現在に戻ってきた。
今駅まで送った彼に「月綺麗だよ」と連絡しようとしたけれど、そういう情緒は少し恥ずかしいので、やめた。
もう一度月を見る。
「お願い、絶対幸せでいて。でもきっと私なら大丈夫だね。」
そう1年後の私へ呟いた。