【SS】忍び寄るもの(2011/05/22)
小さく脈打つようにして、何処からか自然に湧きおこり、結束し……気が付くとそれは僕の身体に蔓延し、充満して、我が物顔で中枢を占拠する。
――ああ、また来たのか……
眠りながら目覚めた僕は、瞼を下ろしたまま身動き一つせずにそう思っていた。
慣れているとはいえ決して心地良いものではない。耐え難い程の苦痛ではないが、何時までも纏わりつかれるのは迷惑極まりない……僅かでも集中力が欠落し、その油断が一瞬の隙を生まないとも限らない。
こういう小さな問題が、窮地においては命取りになることもあるだろう。
可能ならば始末してしまいたい。二度とここへは戻れないようにしてやりたい。しかし、どんなに稽古を重ねても、屈強な精神を養うため、どれほど鍛錬し、知識を蓄えようにも、降って湧いたように訪れる、この攻撃には無益だった。
――頭痛。時に弱く、時に激しく、鳴り響いて僕を冒す……
追い払うことも出来ず、無視するも意味は無く、いつまでも僕の思考に絡み付く。その不貞不貞しい執念には感服せざるを得ない……全くもって鬱陶しい奴だ。こういう時は、読書もあまり捗らない。
そういえば今日はあの娘に読み書きを教える約束だったか……あまり堅苦しくない空気を作ってやりたいが、上手く出来るだろうか。
余計な緊張感を与えたくない。できれば安らいだ面持ちを見せて欲しい……そんな風に思うようになったのは何時からだ?
あれぐらいの子供には、むしろ厳し過ぎるくらいが丁度良い……そう思っていた筈なのに、いつの間にか僕はあの娘を子供扱い出来なくなっていた。
――何故だ?
しかし、だからといって他の者と同等という訳でもない……曖昧な立ち位置にある危うい存在に思えた。
ふっと彼女の姿を思い浮かべ、そのまま僕は再び深い眠りについた――
その時点ですでに痛みが和らいでいることに気付かずに……
〝危うい存在〟
そう思うのは、彼女が起こす行動が一々危なっかしいからだろうと内心で苦笑し、穏やかな微睡みに身を投げていた。
忍び寄るものは今、形を変え、僕を侵し始めている――
追い払うことも出来ず、無視することも叶わずに、為す術もなく巻き込まれ、追い込まれてゆくなんて……
その時の僕には到底考えることのできない、不祥事のような事件だった。