【SS】貴方に似合うは無垢な花(2011/05/17)
この人はとても優しくて、真っ直ぐで、温かくて、純粋で……わたしに向かって夢を語るこの人の瞳は、吸い込まれそうなほどに澄んでいて、キラキラと輝いてる。
強くて、逞しい、誰からも好かれるような、最高にカッコいい人だと思うし、心から尊敬してる。
とてもとても憧れて、大好きで、惹き付けられて止まない・・・
だけど、だからこそ―――
わたしはこの人に触れたくない。近づきたくない。それがこの人を傷つけることになるって分かってる……分かってるけど、見たくない。
側にいるのが辛かった―――
まるで箱の中で育ったように、世間を全く知らなくて、なのにある日突然、広い世界に放り出されて、路頭に迷っている子猫のようだったわたし。
そんなわたしを導いて、世話をやき、温かい居場所を与えてくれたのが、龍馬さん――貴方でした。
感謝してもしきれないほどの恩人なのに、みんなが尊敬するようなスゴい人なのに、わたしの心にくすぶるものが、「まぶしい……眩しい……」と言って彼を拒む。近寄ることを躊躇わせる。
やわらかに明るく照らす、日溜まりのような人……
側にいるだけで、わたしの影を浮き彫りにさせてしまう彼は、わたしには無いものばかりをいっぱい持ってる気がした。
それだけでなく、目には見えない沢山のものを他人に恵み続けている……そんな彼が、わたしのことを面白い子だ、はちきん娘だと言ってもてはやす。
そんなんじゃない。そんなイイ子じゃないの、わたしは――
わたしの奥底は真っ黒で、ドロドロで、恐ろしいほどに醜いんだということに……ついこの間まで、わたしは気付いていなかった。
自分のことなのに、なんにも知らない……本物の無知で、世間知らずな子供だったの。
子供扱いして欲しくない――
ずっとそう思っていたけれど、こんな自分が眠っていたなんて……ううん、本当の自分がこんなだなんて、そんなこと、知りたくなかった。
あのままずーっと知らないまま、子供でいつづけることができたら良かったのにと……そう、思わずにはいられなかった。
後悔しているの。あなたを好きになったこと――
あなたと誓いを立てたこと――
わたしとあなたが、あの日に結ばれたことも――
幸せだと思った瞬間も、全部――
やるせない思いで胸が潰れそうだよ。苦しくて、苦しくて……
真っ暗で、悲しくて。言いようのない不安に包まれて、見えない何かに脅かされている日々。
見られたくない、こんなわたしを――
知って欲しくない、こんな自分――
触れてほしくないの、こんな醜いわたし心――
張り裂けそうな衝動を胸に秘め、わたしは今日もあなたを避けて過ごしている。周りのみんなは、当然それに気付いてて、それとなく「どうしたの?」「なにかあったの?」と尋ねてくる。
あろう事か「龍馬になにかされたのだろう、大丈夫か」と、心配してくる。そんなみんなの優しさが逆に苦しくて、息が詰まりそうなほど辛かった。
答えられないことが苦しくて、ついには居場所が無くなって、なんて息苦しい……窮屈な生活だろうと思った。
そんな風に思う自分も、そうさせている自分も大嫌い。
なにもかも全部わたしのせいなのに……なのにどうして、貴方はそんなに優しいの? どうして笑顔でいられるの?
怒ったらいいのに。愛想が尽きたと突き飛ばし、投げ出して、ここから放り投げてくれればいいのに――
わたしのことなんか興味がなくなった、嫌いになったと言ってくれればいいのに――
そうしたら、わたしは自由になれるのに――
重石から解放されて、結果的に悲しみの渦に飲まれても、澄んだ綺麗な海に沈むことができるのに――
それが叶わないのなら、いっそのこと殺してくれればいいのに――
暗黒の穢れた海に沈むより、真っ赤な花びらを舞い散らせて死ぬほうが、まだ“美しい”と言えるだろう――
わたしはどう足掻いても「女」であることだけはヤメられないから……だから、死ぬ時は綺麗に死にたいの。堕ちてまで、生きていたくないのよ――
だからお願い……
愛する貴方のその腕の中、貴方の中に描くわたしをどうか、どうか綺麗なまま……
そのままの姿であり続けるために、わたしをどうか……
今すぐ、その手で殺してください――
「わしはおんしが大好きなんじゃ!世界で一番、大事にしたいと思っちょる……ずっとわしと一緒にいてくれんか?」
「愛しとるよ・・・」
貴方の言葉が真実だってこと、勿論わたしは知っている。その言葉、その意味に、打ちひしがれていたのも事実……
だけど、だけど――
今はもう、変わってしまった……
貪欲なわたしは、貴方には似合わない。だけどわたしは貴方が好き。心から、愛してると思う……
それだけに、貴方が憎くてたまりません。
―――どうして人は変わってしまうのでしょう。
あなたに出会っていなければ、わたしは綺麗なままでいられたのに――
だけど、あなたに出会っていなければ、こんなにも人を愛することもなかった――
あなたに出会っていなければ、今のわたしはあり得ない。その偶然が、必然が、巡り合わせた運命が憎かった――
「愛してる・・・」
だからその手で、わたしを解放してください。
重く絡まる鎖を外してください――
わたしをどうか……今すぐその手で、殺してください――
その先にあるのがわたしの望む、安住の地――