5年間引きこもりだった私が、大学生になった話。
「お誕生日おめでとう~!!」
きらきらと輝く花火とともに運ばれてきた誕生日ケーキ。
チョコレートで書かれた私の名前を見て、やっと事の状況を把握した。
こんな幸せな誕生日を迎えられていることを、あの日の私に伝えたら信じてもらえるだろうか。
7年前、中学3年生。私は引きこもりになった。
原因を詳細に記すことは身バレが怖くてできないが、ざっくりいうと「いじめ」られたのだ。しかも、1番仲がいいと思っていた友達に。
クラス全員からの無視・嫌がらせ・嘲笑は当たり前だった。
当時の私は、家族に心配をかけたくなかったことと、学校で大きな問題になるのが怖くて誰にも相談しなかった。こうして一人の世界に閉じこもった結果、人間不信は助長され、外に出るのが怖くなった。
高校1年生。
中高一貫校に通っていたこともあり、何とか高校には進学できた。
しかし、裏を返せばメンツは変わらないということ。
高校生になれば状況は変わるのではという淡い期待をこめて、少しの間登校してみたが、いじめの状況は何も変わらず、進学1カ月足らずでまた学校に行けなくなった。そして3か月後の夏、父から「逃げてもいいよ」と言ってもらえたことをきっかけに退学することにした。
高校1年生の秋から通信制の高校に転入した。
私は引きこもり癖を治すために他の通信制高校に比べ登校日数が多い学校を選んだ。しかし、その翌年の冬。新型コロナが日本でも発見され、授業は登校からオンラインへ切り替わった。
私の心は「ポキッ」と音が聞こえてきそうなほど粉砕され、最後の気力すら失ってしまった。心機一転、頑張ろうとしていた私にとって大きな挫折だった。そして、ここから本格的な引きこもり生活が始まった。
高校2年生から高校3年生。
この2年間は、正直何をしていたのか覚えていない。
それくらい何もしていなかった。ただ、自室とリビングの往復だけをしていた。お昼過ぎに起きて、2階の自室から1階のリビングに降りて、お昼ご飯を食べる。そして、また自室に上がる。夜もお昼と同様のことを繰り返すそんな生活。自室にいる時間のほとんどは寝ていたため、筋力は衰え、階段の上り下りですら息切れをするようになっていた。
そして筋力の衰退に比例して、精神面もぐちゃぐちゃになった。
このままで良いわけがない「焦り」や何もできない自分の「情けなさ」や「無力さ」そして、もう希望はないのではという「絶望」
私以外の同級生たちは受験や今後の進路について考えている時期だったため、こうした感情は強さを増して私に襲いかかった。
こうして襲いかかってきた負の感情に太刀打ちできなかった私は、自分の存在価値を疑うようになり「消えたい」と思うようになっていた。
高校3年生冬。
負の感情を一人で抱えきれなくなった私は、泣きながら「もう消えたいの」と家族にこぼした。これが、初めて一人の世界を脱した瞬間だった。
こんなことを言った私に家族はきっと、怒るだろう。絶望するだろう。そう思った。しかし、そんな心配は杞憂だった。
それを聞いた家族は何かを言うわけでもなく、ただ私を強く抱きしめてくれた。そして「大丈夫。大丈夫。もっと早く言ってほしかったよ」と背中をさすって一緒に泣いてくれた。
この時私は、まだ自分を必要としてくれている存在に気が付いた。と同時に、どうせ消えてしまうならやれること全部やって、全部だめになった時でいいんじゃないかと思うようになった。
そして私はここから、「消える前にどれくらい変われるのか試したい」とすこし変わった動機を持った。
高校卒業。
先に記したように、私はここまでの約4年ほとんど何もしていなかった。
だから当然、変わりたいと思っても急に変われるわけもなく。
そこで私は一から勉強しなおして、大学を目指してみることにした。
中3で引きこもりになった私は、義務教育も完全に受けていないため学力は中2止まり。最初に受けた模試は偏差値30前半だった。
とんでもない挑戦をしているのではと途方に暮れたが、だめだった時は消えればいいという気持ちが、良くも悪くもモチベーションとなった。
そしてその1年後、受験を決めた当時学力的に進学するのは難しいと言われていた第一希望の大学に入学することができた。
大学入学。
ついに、大学生になった。5年ぶりに人と接し社会に出た実感を覚えた。
しかし、長い間小さな空間に1人でいた私には、人の多さと広すぎる校内はあまりにも刺激が強すぎて、しばらく寝込んだ。
このままではまた引きこもってしまうと危機感を覚えた私は、勇気を出して一人の女の子(Yちゃん)をカフェに誘った。Yちゃんとは意気投合し、大学3年生になった今でもずっと仲良くしている。そして、冒頭の誕生日をサプライズでお祝いしてくれたのも彼女である。
Yちゃんとの出会いは、私を大きく変えた。
人間不信だった私を受け入れてくれて、また人を信じることができるようになった。「自分なんて。。」と思っていた私に、自信をつけてくれた。今も社会にうまく溶け込めないときがあるがそんな時は、Yちゃんが橋渡しとなってくれている。こうした彼女との出会いで、いつしか「消えたい」と思わなくなっている自分に気が付いた。
消えるために変わろうと始めた大学受験は、いつしか生きてみようと思うきっかけと成り代わった。
そして現在。
自分を過小評価していた私は、Yちゃんを始め周りの支えによって少しずつ自分らしさを取り戻した。
そして今は、こうした経験を通じて、同じような境遇にいる人の気持ちがわかるからこそ、言葉を通じて救いたいと思っている。
今の私の夢は、いつか同じ境遇の人を救えるような本を出すことだ。
小さな部屋で一人、「消えたい」とまで思っていた自分が、今や友達に恵まれ、本を出すことを夢見れるまでになるとは、7年前の自分には到底想像できなかった。