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【小説】一人十色 第5章「殺言観色」

「行ってきまーす!」

 朝が楽しみだと感じたのはいつ以来だろう。いや、そんなことどうだっていい。今が楽しいのなら、私は幸せだ。やっと見慣れてきた街並みが、今日は少し違って見える。どこを見ても美しいと感じてしまう。きっと、共感できる人と出会ったからだろう。今日はどんな話をしようか。

 学校の近くまで行くと、同じ高校の生徒が増えてきて安心する。どうやら通学路はしっかり覚えられているようだ。胸の前で小さくガッツポーズを取っていると、前方から歩いてきた学生に声をかけられた。

「あ、彩葉! おはよ」

「おはよ。えーっと、詩織ちゃん……?」

「一瞬忘れてたでしょ」

 通学路を覚えることに必死になっていた私は、うっかり友達の名前を忘れかけていた。これはまずいと思い、慌てて連絡先を交換して一緒に写真を撮る。これで忘れられないだろう。

「1限ってなんだっけ?」

「んー、数学じゃない?」

 数学は好きだ。難しい数式を解けた時の快感がたまらないのだ。が、私と違って詩織は数学が嫌いなようだ。ふと気になって、なんの教科が好きなのか聞くと、体育だと元気よく答えてくれた。

「今、見たまんまとか思ったでしょ?」

 見た目通りの回答に安心していると、鋭いツッコミが飛んできて言葉が辿々しくなる。その様子を見て突然笑い出す詩織。どうやら、怒っているわけではないらしい。気にしていないことが確認でき、胸を撫で下ろす。私はまた間違いを犯すところだった。

 しばらく他愛もない話をしていると、一人、また一人と詩織の友達が合流していき、あっという間に団体になってしまう。

「彩葉、どうしたの? なんかソワソワしてるけど」

「私、こうやって友達と登校するの初めてだなぁって。だから、なんだか緊張しちゃって」

 そこまで言ってハッとする。普通に考えて、高校生にもなって集団登校を経験していないのはおかしいことだ。言及されたらどうしよう。不安になっていると、力強く背中を叩かれ驚いて変な声が出てしまう。見ると詩織がしてやったりと言わんばかりに大きく口を開けて笑っていた。

「じゃあ、明日もみんなで登校しよっか」

「……、いいの?」

 皆、口を揃えてもちろんと返事をしてくれた。もうここは、あの街とは違うんだと初めて実感できた。

「あ、やば! もうホームルームの時間じゃん! 走って走って!」

「み、みんな! 待ってよ!」





 ここまでが今日あった出来事である。結局ホームルームには間に合わず、先生からしっかりとお説教をいただき散々な1日だった。放課後、屋上でその話を不知火君にしてみると「転入してすぐに遅刻する度胸は賞賛に値する」と馬鹿にされてしまった。

「もう、ほんとに大変だったんだからね?」

「ごめんって。俺もそれやらかしたからなんか懐かしくてさ」

 また一つ共通点ができた。嬉しい反面、その共通点が遅刻したという失態だということになんともいえない複雑な気持ちになってしまう。

「てか、あいつらと帰らなくていいのか? せっかくできた友達、大切にしろよ」

「どうせ明日も一緒に登校できるんだからいいの。それに、私にとっては不知火君も大切な友達なんだから」

「お、おう。ありがとう」

 照れる不知火君。よし、私を馬鹿にした男を黙らせることに成功した。友達とは素晴らしい。普通の人たちはこんな楽しいことをしていたのか。

「そういえば、不知火君も転入してきたんだね」

「ん? ああ、親の都合でな。懐かしいなぁ。ここから見る夕日も綺麗だけど、俺が住んでた街もすごかったんだぜ? 見せてやりたかったよ」

「同じ夕日なのにここよりも綺麗ってほんと?」

 疑いの目を向けると、疑われたことが悔しかったのか、スマホを取り出して写真を見せてくれた。確かに綺麗だ。同じ夕日でも場所によってこんなにも変わるのか。

「な、言っただろ? 俺、高校卒業したらあっちに戻ろうと思ってるんだよ。だからそん時は遊びに来てもいいぜ?」

「好きな街があるっていいね」

 夕日から目を離し不知火君の方を見る。不知火君も私を見ていた。お互い、何も言わずに見つめ合う。人の顔をこんなにもまじまじ見るのは初めてだ。あと、こんなに見られるのも初めてだ。沈黙は嫌いだけど、こんな沈黙なら悪くないのかもしれない。

「えっと、そろそろ帰るか。もうすぐ暗くなるし」

「う、うん。そうだね。夜は危ないもんね。帰ろっか」

「途中まで送るよ」

 学校を出て家へと歩き始める。そこに会話はない。何か話した方がいいのだろうか。そう思っていたのは不知火君も同じようで、沈黙に耐えられなくなり大きな伸びをしてから話しかけてきた。

「家、こっちなんだ。案外俺の家に近かったりしてな」

「……、うん」

「今日暑かったよな」

「……、うん」

「はは……。そういえばお前、綺麗な目してるよな」

 思わず顔を見ると、あからさまに顔を逸らした不知火君がいて思わず笑ってしまう。

「本当?」

「ああ、俺はそう思う。夕日と同じ色なんて、羨ましいよ」

「え? 今なんて」

「だから、夕日と同じ、綺麗で澄んだ色の目だって。それを俺が羨ましがったって話」

 心臓が張り裂けそうなほど激しく動く。どういうこと? 私の目が夕日と同じ色? 私の知ってる私の目は、空と同じ色。空と夕日では全然違う。嫌な考えが頭をよぎる。どうか外れてくれ。鞄から空と同じ色をしたノートを取り出し見せる。それから、震えた声で質問する。

「ねえ、これってどんな色?」

「何その質問?」

「いいから答えてよ!」

「……? 夕日と同じ色じゃないのか?」

 ノートが手から落ちる。ああ、やっぱりそうか。私たちは、同じ病気なんかじゃなかった。似ているだけで、同じ世界を見ているわけじゃなかった。

「おい、落としたぞ」

「私、帰るね。送ってくれてありがと。じゃあね」

 歩き始める私。後ろから不知火君の声が聞こえる。何を言われても私に止まる気はない。多分、一緒にいても辛くなるだけだ。私は不知火君の世界を理解してあげられないし、不知火君も私の世界を理解できない。

 やっと分かり合える人ができたと思ったのに、どうしてこうなってしまうのだろう。どうして私たちは、全く別の世界を歩いているのだろう。せめて、あの夕日の色だけは、同じ色を見ていたかったな。そう呟いて、私は涙を拭った。

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