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101個目のメモリ


彼の友人であり、同僚であり、戦友であり、信頼できる仲間であったKが捕まった。

ある日、彼はいつもよりずっと遅くに帰宅した。
寝ていた私は、彼のむせび泣く声で夜中に目を覚ました。

話を聞けば、Kは女性のストーカーをしていたのだという。動機や方法、経緯の詳細はこれから警察が調べていくだろうことであり、ここに書くことではないので割愛するが、加害者も被害者も、彼の同僚だった。

とりわけKは年齢も近く、逮捕の前日は振替休日で、その日も彼はKと共に過ごしていた。

私の彼は、性犯罪の類が本当に許せないと日頃からよく口にしているのだが、今回の件に関しては、彼自身の中にある正義感と、それに反して蠢くKへの感情にもがき苦しんでいるようだった。

彼は言葉をつまらせながらゆっくりと話してくれた。

100でKが悪い。それはゆるぎない。許されない罪を犯した。そう頭ではわかっているのに、存在し得ない101個目のメモリが現れてくる。彼が仕事でしんどいときには、いつも1番にKが声をかけてくれたことや、Kの全身全霊をかけた真摯な仕事への姿勢、努力や優しさに溢れた職場でのKの姿が脳裏をよぎってしまうのだと。
わたしの彼は、犯罪行為を行ったKを憎みきれないのだ。


ストーカーなんて、というかむしろ、どんなことであれ、罪を犯すことは許されないし、許されるべきではない。

被害女性のことを思えばなおさらである。

しかし、今回Kが罪を犯したからといって、今までのKの優しさや仕事への姿勢を含んだ全ての側面が嘘で塗り固められたものであるということではない。
Kが彼に向けた優しさや、仕事への情熱は、誰もが認めていたところであり、わたしの彼は、もうKとこれまでのように共に戦うことができないことが悔しいのである。
苦楽を共にしてきたKと、共に描いていた目的が達成されることなく、このような形で終わってしまったことを嘆く彼を、私は愛おしいと思った。

この国は法治国家であり、人を裁くのは法律なのだから、彼がKを裁く必要はない。


しかし、世間は厳しい。

不倫したタレントが、それまでの業績も、これからの活躍の場も奪われるように、前科を抱えて生きていくことは簡単なことではない。

でもどうか、わたしの彼が、Kへの感情と自分自身の確固たる正義感の間にうまく折り合いをつけられる日がきて欲しいと、わたしは願っている。


朝を迎え、腫れぼったい瞼を携えた彼は、唇を一文字にグッと引き結んで数秒間何かを思案したあとで、

前に進まなきゃいけない。

と言って玄関を飛び出して行った。

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