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さめてゆくの

目を瞑ると時計がカチカチ針を進める音が聞こえる。この音が刻み込まれるたび、残された温もりが冷めていく。
思わず手の中の小さな時計のツマミを引くとぴたりと針は時間を止める。
沈黙に包まれた部屋の中。私の手の中で時間は確かに止まったはずなのに、ベッドに残された愛おしい体温は部屋の空気に冷たく溶けきっていく。

あの時わたしは自惚れていた。
私を壊れもののように大切に扱って、私しか映さない瞳で好きだよと囁くのが癖だった、そんなあなたの愛を当たり前のように受け取って、時には受け取ることさえも拒んで軽くあしらった。
それでも笑って許したあなたが少しずつ私を抱きしめる強さを緩めていったのに気付かなかった。
去るものは追わないのがいい女だと、いつか友人が言っていた。
だから私は追わなかった。最後までわたしがあなたに媚びることなんてない。
最後に私を抱きしめずに、相変わらず優しそうに笑って「じゃあね」と言った声は、いつもわたしに好きだよと囁く声と同じだった。
いつものように、何事もない顔をして、見送った背中に思わず、こぼした「待って」は声にならずに涙に変わった。

沈黙に包まれた部屋の中。
冷えきったシーツの中で、切り忘れた毎朝の時計のアラームが響き渡った。
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