
よし!京都に行こう!
急なお告げ
「明日は休日だから、寝休日にするぞ!」
と意気込んで寝た翌日、某電鉄のキャッチコピーのようなお告げが舞い降りてきた。
「よし!京都に行こう!」

その頃、確か年は20歳くらいで、転職したばかりだった気がする。
日帰りで京都へ行くなら、すぐ出発しなければ。
その時住んでいたのは兵庫県で、京都までは約2時間かかる。
往復4時間、滞在時間を3時間と想定すると計7時間。
しかも、次の日は朝から仕事。
1分たりとも無駄にできない。
理想は財布だけ持ってフラッと身軽に行きたいけど、何しろ万年金欠の社会人1年生だったので、お昼ご飯にお弁当を持って行くことにした。

はやる気持ちを抑えながら、おにぎりと卵焼きだけをなんとかつくって
「いざ、出発!」
重大な忘れ物
最寄りの阪神甲子園駅から電車に乗り、数分後。
「え…?あれ……?携帯忘れた…?」
まさかの、携帯を自宅に置き忘れる事件勃発。
今現在も立派な携帯依存症だけども、その頃からハッキリと携帯依存の初期症状は出ていたので、もうソワソワして仕方がない。
しかも乗ったのは特急電車。
出発して数分でかなりの距離まで来てしまった。
「飛び降りたい…」
でも、本当に飛び降りるわけにはいかない。
電車に揺られながら、少し考えてみる。
「携帯も持たずに土地勘のない京都に行けるのか?
今日はもう帰った方がいいのでは?
でも、わざわざお弁当もつくったし、
何より今日は京都の神様に呼ばれている(気がする)から、絶対行かないと!」
京都の神様のお告げは絶対だ。
なにがなんでも、今日は京都に行かないと!
毎年、初詣もロクに行ってなかったくせに、ここぞとばかりに謎の執念。
携帯がないのは不安だけど、とりあえずこのまま行くことに。
自宅に置き忘れた携帯のことを考えながら、
そういえば、小学生のときの通知表の先生からのひと言が
「忘れ物に気をつけましょう」
だったことを思い出した。
ついに京都へ
なんやかんやで、無事京都へ。
着いたはいいけど、肝心の土地勘がない。
最後に京都へ来たのは、確か小学生の修学旅行のとき。
京都の地とは、ほぼ初対面。
そこで、私がとりあえず最初に向かったのは
コンビニ。
私の野生の勘だけを頼りに行くと、絶対とんでもない場所に着く!とやはり私の野生の勘が告げるので、安心安全の人に聞くという手法でいくことにした。
コンビニで店員さんにオススメの場所を聞くと、おもむろに地図を取り出して、他の店員さんとあーだこーだの話し合い。
数分後、やっぱり初心者には王道だろう。ということで話はまとまり、清水寺と八坂神社を勧めてくれた。
そう言えば、清水寺は修学旅行でも行った気がする。
よし、清水寺に行こう。
「京都初めてなんですが、どこがオススメですか?」
の急な無茶振りにも答えてくれる優しさ。
京都の人はみんなイケズで意地悪だと思ってて、本当にごめんなさい。
これを機に認識を改めます…。

私を呼んでいたのは…
日本の有名な観光地だけあって、携帯も何もなくても清水寺へはあっさり到着。

清水寺といえば観音様だけど、観音様の記憶は清々しいくらい全くない。
「神様に呼ばれてる!」
とまで思ったのに、この体たらく。
でも、清水の舞台からのゆったりとした景色はいまだによく覚えている。
坂の上にある清水寺の、さらに高い場所から見る眺めは特別で、東京タワーや高層ビルから見る眺めとはまた違う、心地よさ。
自然も見える、街も見える、広い広い空も見える。
そのとき、私は初めて自分が新生活で疲れていることに気がついた。
もしかしたら、自分を京都に呼んだのは神様じゃなくて、自分だったのかもしれない。
自分の中に、よく分からないモヤモヤがあって、自分の頭では気がついてないのだけど、身体はしっかりと疲れに気がついていて、自分が自分のモヤモヤと向き合えるように身体が京都に行かせようとしたのかも。
「本当に来て良かった」
何十年経った今でも清水の舞台からの景色と、モヤモヤがスコーンと吹き飛んだことはハッキリ覚えている。
予想外の苦行
よーし!清水寺でスッキリしたし、お昼ごはんでも…と思ったけどお弁当を食べる場所がない。
まさか、お寺や神社でお弁当を広げるわけにもいかないので、どうしようと歩きまわっていると鴨川の存在を思い出した。
「そうだ!鴨川なら、景色もキレイだしお弁当を食べるのにピッタリだ!」
と思ったけど、私は鴨川がなぜ、京都で有名なのかを知らなかった。
鴨川=カップルの語らい場
京都に住む人間なら誰でも知っている常識なのだけど、当時の私はそんなこと全く知らなかったので、意気揚々と鴨川へ。
鴨川に到着すると、案の定右を向いても左を向いても見渡す限りカップル、カップル、カップルだらけ。
この中に、たったひとりで乗り込んで行くのは心底嫌だったけど、他の場所のアテもない、調べるための携帯もない、何よりお腹が空きすぎた。
仕方なくカップルに挟まれながら、もそもそとおにぎりを食べることに…。
さ、さみしい…。
孤独は完全にひとりのときの言葉じゃなくて、大勢の中でひとりぼっちのときのためにある言葉なのか…。
なんて考えながら、味がしないおにぎりをかき込んだのち、帰路についた。

かわいい子には旅をさせろ
今回、このことわざにおけるかわいい子は、もちろん自分なのだけど、旅は爆速で自分の経験値や人生観を変える威力がある。
このときの経験(主に、知らない土地でカップルに挟まれておにぎりを食べた経験)は、これまでの人生の中で忘れられない思い出のかなり上位に食い込んでいる。
知らない土地
知らない人
知らないモノ
予想外の経験
これらを日帰りや数日で経験できる旅はやっぱりもの凄い!
実際この日帰り京都旅行の後、自分への肯定感が跳ね上がった。

ひとりでなんとかできた!という自信と、知らない土地で知らない人が助けてくれたという温かさ。
人生は長い旅だというけど本当にその通りで、長い人生で何かあっても意外と何とかなるし、いざというときには優しい人が現れる。
そのことを、この旅でしっかりと学んだように思う。
あとおまけとして、その後の飲み会での定番トークで
「カップルだらけの鴨川で、ひとりぼっちでおにぎりを食べた切ない話」
などのしょっぱいエピソードトークが増えるのも、旅の醍醐味かもしれない。
そんなこんなで数十年後、やはり私はまた神様に呼ばれた(気がして)、今現在京都に住んでいる。
