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卒業式は終わらない


こんばんは。
今回は、卒業をテーマに書いた短編小説をご紹介させて頂きます。
興味持って頂けた方は、
https://estar.jp/users/563129361
こちらに作品色々あるので、訪問して頂けるとありがたいです。

以下、作品のあらすじと、本編になります。

卒業式。

それは、かつての自分に別れを告げ、
蒼き空へと羽ばたく、旅立ちの日。

そして、新たな空で、新たな翼を育みながら、
人は何度も、その卒業の日を迎えるのです。

彼らの旅は、始まったばかり。

卒業式は、まだ終わりません。


今宵、上映されるは、先天的な病に苦しみながらも、級友との卒業式を望み続けた者と、
病に苦しむ友を、最後まで待ち焦がれた者の二人が織り成す、至極の友情物語。

二人の翼が、蒼き大空へと旅立つ、その時までどうかごゆるりとおくつろぎ下さい。



卒業式は終わらない


『卒業式、行きたかったなぁ…』

『卒業式?』

『知らないの?卒業式』

『いえ、卒業式というものは知っていますが。私の認識では、唯の一行事に過ぎない物かと』

『そんな事ないよ。友達と、同じ景色を見る事が出来る、最後の時間なんだから』

『そんなに、良いものですか』

『うん。僕はさ、皆と同じ時間を、ほとんど過ごす事が出来なかったから。
せめて、卒業式だけは、行きたかったんだ…』

『……』

『ねぇ、こんな僕でも、仲の良い友人が、一人だけ居たんだよ』

『それは、良い事で』

『…僕、あいつと、卒業式、したい。皆とじゃなくて良い。あいつと二人だけでいいから。
卒業式に、出たい』

『それが、貴方の願いですか』

『うん。それが、僕の願い』

『…かしこまりました』





「…以上を持ちまして、…度、…市立桜川中学校の卒業証書授与式を終了致します」



「…っおい、ちょっと、待てって!」

体育館から出て、真っ直ぐ正門へと向かっていた自分の後ろから、五月蝿い声が聞こえてくる。

「待てって言ってんだろ!」

そいつは、僕の肩を掴むと、鼻息を荒くしたまま話しかけて来た。

「…何」

「…っ何、じゃねーよ。
この後、ホームルームだろ。
クラスの皆で打ち上げだってあるのに、何一人で帰ろうとしてんだよ」

相手は、大変ご立腹のようだった。

こっちとしては、知った事じゃない。

心底、退屈だった式が、やっと終わったのだ。

一刻も早く、ここから離れたいと云うのに。

「…君、僕と仲良かったっけ?」

僕の言葉に、相手が大きく舌打ちをする。

「仲良い訳ねーだろ!先生に言われたから、仕方なく呼びに来てやったんだよ!」

なるほど。

彼は、先生のおつかいで、わざわざここまで来たらしい。

「何しようが勝手だけどよ。こっちにまで、迷惑かけんなよ!
お前のせいで、ホームルーム長引いたらどうすんだよ。
打ち上げ遅れたら、お前が責任取れよ!」

余計なお世話だ。

そうなった所で、僕には何の支障もないし、責任を取る筋合いもない。

「だから?僕には関係ないし、君達で好きにやりなよ」

彼を無視して、正門へ向かって、再び歩き始める。

「待てって!卒業証書はどうすんだよ。
一回先生が預かって、ホームルームでもう一度渡すって言ってただろうが」

「あんなもの、要らないよ」

足早に正門を出る。

「友坂!」

後ろで、彼が僕の名前を叫んだ。

今日は、三年間通った中学校の卒業式。

僕にとっては、吐いて捨てるような、ありふれた日々でも、

周りは、その日を祭り事のように、有難がっていた。


 「…卒業式が、何だってんだよ」

僕は、通学路から外れ、一人、河川敷で、小石を川に投げつけながら、呟いた。

どうせ、家に帰ったって、卒業式はどうだっただの、億劫な話題に晒されるだけだろう。

第一、閉会式の後、そのまま帰ってしまった事を、来ていた両親に怒られるかもしれない。

卒業証書だって、そのままだ。

「…っくそ!」

近くにあった小石を掴み、力任せに、水面に打ち付ける。

石は、嘲笑うような水音を立てると、ゆっくりと沈んで行った。

「何が、そんなに良いんだよ…」

ー出たくても、出れない人だっているのに

そんな事も知らずに、皆、平気で笑って、涙を流して。

卒業式っていう雰囲気に、酔ってる。

あんなもの、唯の、行事の一つじゃないか。

それなのに、母さんも、父さんも、先生も、クラスメイトだって、

卒業式、卒業式、卒業式、卒業式…

「…帰ろう」

地面に投げ捨てた鞄に、手を掛ける。

「あぁ…、ほんと、最悪」

中途半端に開いていた鞄の口から、勢い良く中身が溢れ出た。

今の気持ちも相俟って、ぶつけようのないやるせなさが込み上げる。

「ふぅ…」

深呼吸する事で心を宥めながら、散らばった中身を、一つずつかき集める。

三年間書き溜めたノートや、黄ばんでよれよれの教科書、卒業式の前日、クラスで書きあった寄せ書きなどを、鞄に詰めていく。

寄せ書きの隅には、丁度一人分のスペースが、ぽっかりと空いていた。

「…?何だろ、これ」

散らばった中身を鞄に戻していた所で、見覚えのない物が視界に入り、手を止める。

それは、淡い水色の封筒だった。

刺繍などが全くない、無地の封筒からは、どこか高貴な雰囲気すら感じられる。

「僕の、じゃないよな…」

クラスの誰かから貰ったものかもしれないと、一瞬考えたが、こんなものを貰った覚えはない。

誰かの荷物が、自分の鞄に間違えて紛れてしまったのかもしれない。

躊躇いはしたが、このままにする訳にもいかないので、一思いに封を切る。

中には、封筒と同じ、淡い水色のチケットが一枚と、メッセージカードが入っていた。

メッセージカードには、癖を感じさせない無機質な文字で、こう書かれていた。

ー 御招待券
    友坂紫苑様
    貴方様を、今宵上映されるレイトショー「卒    
    業式」に御招待致します。
    開演は、星が目覚め始める、二十時丁度に。
    御入場の際は、こちらのチケットをお持ちに  
    なって、桜川中学校の正門前に咲く、桜の木
    の下へお越しください。
    その場で、時間きっかりに、このチケットを
    半分に破いて頂ければ、劇場内へご案内致し
    ます。
    それでは、
    友坂様の御来場、
    心よりお待ち申しておりますー

チケットには、今日の日付と、二十時という時刻、そして、レイトショー『卒業式』、という文字が記されている。

「…何、これ」

この様な招待を受ける覚えはないし、自分の名前が記されているのが不気味でならない。

何より、中学校周辺に、映画館のようなものはなかったはずだ。

チケットを破いたら案内する、とあったが、一体どこに案内すると言うのだろう。

正直、こんな訳の分からないもの、見なかった事にして捨ててしまっても良かったのだが、ある、一つの言葉が、僕の意識を釘付けにしていた。

『卒業式』

上映されるレイトショーのタイトルが、どうやら卒業式と言うらしい。

ーまた、卒業式。

何処も彼処も、その言葉で染まっている。

いい加減、もう、うんざりだった。

「…いいさ、行ってやるよ」

チケットを握りしめ、僕は呟く。

踊らされているようで、少し癪だけれど、

あれこれ憶測を巡らせて、眠れない夜を過ごすよりかは、きっといいはずだ。




   自分達が通う桜川中学校は、その名前にもあるように、桜の木が、学校まで続く一本道に沿って、川の流れのように林立しているのが特徴だ。

そして、その流れの終点、桜川中学校の正門前には、一際大きな桜の木が植えられている。

この、大きな桜の木に関しては、落雷が襲っても倒れなかったとか、桜川中学校が設立される遥以前から存在している、といった噂が、生徒達の間で囁かれているが、真相の程は分からない。

ただ、生徒達に限らず教師陣までもが、毎年、桜の花びらが舞う時期になると、この木の下へ集っている。

僕は今、そんな桜の木の元を、一人で訪れていた。

正門前で、雄大に構えるその姿は、どこか神々しさすら覚える。

日頃見ている姿と違うように感じるのは、夜桜が放つ、甘美な魔力のせいか。

いや、

「これは、蛍…?」

それはきっと、桜の木から発せられる、無数の燐光のせいに違いない。

辺りに漂う光は、蛍の放つものにも似ていたが、そう考えるには、大分季節がずれていた。

「……」

神秘的な光景に目を奪われ、桜を見上げながら呆然と立ち尽くしていた僕は、桜川中学校に入学する前、友人と交わした、ある日のやり取りを思い出していた。


『楽しみだなぁ、中学校』

『そんなに?』

『うん。紫苑だって見た事あるでしょ、あそこの桜の並木通り』

『ああ、あれね』

『あの綺麗な道を、毎朝歩きながら学校まで行く事想像したら、楽しみで仕方なくてさ』

『桜が散ったら、寂しいだけじゃないか』

『だから良いんだよ。その分、来年の桜が待ち遠しくなる。終わりを知って、初めて僕らは、何かを大事に思えるんだ』

『…桜なんて、どうでもいいよ。君と、学校行けるなら』

『心配ないよ。今度こそは、必ず、一緒に卒業式、出るから』

「もう、終わったよ…」

誰に言うともなく、呟いた。

昼の桜は、どこか朗らかな気持ちになれるというのに、夜桜は、どうもしんみりしてしまっていけない。

感傷に、酔ってしまいそうになる。

振り払うように首を振り、スマホの液晶に表示された時刻を確認する。

19:59

あの、淡い水色のチケットに記されていた、上映予定時刻の二十時まで、後一分。

「…こんな所まで来て、ほんと、何やってんだろ」

あんな、意味の分からない文面に釣られて、ここまで来てしまった自分に、思わず自嘲気味な笑みを零す。

そんなものに、縋り付いてしまうぐらいには、追い詰められていたという事なのだろうか。

液晶に表示される時刻が、変わった。

それを横目で確認しながら、少し皺のついてしまったチケットを取り出し、頭上に翳す。

ー何だっていい。この息苦しさが、無くなるなら。

霧散する、光の粒子の中で、僕は、その淡い水色のチケットを、一思いに破り裂いた。

その、瞬間。

真っ二つに割れたチケットが、白い光を発しながら、燃え始めた。

「うわっ!」

淡い水色の欠片が二つ、地面にはらりと舞い落ち、純白の焔が、一瞬で桜の木に燃え移る。

火は、瞬く間に全てを呑み込み、

白炎を上げる桜の木の周りで、浮遊していた小さな光の粒子達は、その焔に触れた途端、ぱちぱちと、音を立てながら弾け飛んだ。

それはさながら、いつかの夏祭りで見た、打ち上げ花火のようだった。

「……っ!」

その光景に、僕は思わず両手で顔を伏せる。


…………

…………

どのくらい、そうしていただろうか。

燃え盛る焔と、鳴り響く爆音に、命の終わりを覚悟していた僕は、先程までと打って変わって、辺りが静まり返っている事に気付いた。

「……?」

恐る恐る、顔を上げる。

視界の先にあったのは、錆の着いた、大きい古扉。

桜川中学校の正門前に居たはずの僕は、いつの間にか、見覚えのない、暗がりの部屋に立っていた。

「どこ、だよ。ここ…」

状況に追いついて行けず、途方に暮れていた自分の後ろで、突然、誰かが話しかけて来た。

「お待ちしておりました。友坂様」

「誰?!」

慌てて声の方へと振り返る。

そこに立っていたのは、黒いシルクハットに、これまた黒いスーツを身につけた、長い白髭が特徴的なお爺さん。

「貴方様を、御招待させて頂いた者であります。そうですね…、『支配人』とでもお呼びください」

彼は、顎に蓄えた髭を撫でながら答える。

「本日は、私共の名もなき小劇場に足を運んで下さり、誠にありがとうございます。今宵上映されるレイトショー、『卒業式』は間もなくの開演となっております。さ、どうぞ、中へ」

恭しくお辞儀をすると、彼は、目の前の古扉へ僕を案内する。

「ちょっと待ってよ!ここは一体何なの。それに、あのチケットは?破いたら燃えちゃったけど、桜の木、大丈夫だよね?大体、桜川中学の正門に居たはずの僕が、どうやって一瞬でここに来たの?」

淡々と進めて行こうとする彼に、頭に出てきた疑問を矢継ぎ早にぶつけていく。

そんな僕を、彼は面倒とでも言いたげな顔で制する。

「全ての質問に、お答えする事は出来かねます。ただ一つ、ここがどういった場所なのか、という事でしたら」

そう言うと、彼はもう一度、自身の顎髭を撫でる。

「ここは、生前、故人に寵愛を受けていた者が、その故人の紹介により訪れる事の出来る場所でございます」

彼が、黒いスーツのポケットから、見覚えのある、あの淡い水色のチケットを取り出した。

「それって…」

「ええ、友坂様に送らせて頂いたものです。紹介を受けた者は、この白縹色のチケットを手に、ここを訪れます。上映演目は、その者によって様々ですが、追憶や、走馬灯と呼ぶ方々もいらっしゃいます」

そこまで話した彼は、悩ましい表情で、顎から伸びる長い髭を、一つ、撫でる。

「ただ、何事にも、例外というものはありまして…。
と言うより、最近は例外だらけなので、今回の事が知れたら、流石に上からどやされそうなのですが、まあ、お気になさらず」

「故人に寵愛を受けていたって、どういう事?
後、例外って…」

「申し訳ありませんが、時間がないのです。もう、上映が始まってしまいますから」

まだ、納得の行っていない自分を他所に、彼は古扉を開け、僕を中へと誘導する。

「それでは、二人の翼が、蒼き大空へと旅立つ、その時まで、どうかごゆるりとおくつろぎ下さい」



扉の奥は、小さな箱のようになっていた。

目を見張ったのは、蓋にあたる部分の天井に、満天の星宙が映し出されていた事。

プロジェクターか何かで映し出されているのかと思ったが、どうやら本物らしい。

目の前には、大きなスクリーンがあった。

何か、機会を巻くような小さな駆動音と、埃っぽい香りが、この空間を支配している。

席に座ろうとした僕は、星の淡い輝きの下に、見知った姿がある事に気付いた。

「やあ。待ってたよ、紫苑」

「菖蒲…、何で、ここに」

「とりあえず座りなよ。ほら」

菖蒲が、自分の隣の席を軽く叩く。

促されるままに、僕はその席に腰をかけた。

「僕が、頼んだんだ」

「頼んだ?何を」

菖蒲が、僕の方を見て、微笑む。

「君と、卒業式がやりたいって」

スクリーンが、モノクロの点滅を繰り返しながら、

ゆっくりと、動き始めた。




『それでは、これより、……年度…市立桜川中学校の卒業証書授与式を執り行います』




                『卒業生、入場』



拍手の音と共に、卒業生が入場する場面が、スクリーンに映し出される。

もう、叶わないと思っていた

僕と一緒に、卒業式に参加する、

菖蒲の姿がそこにはあった。






             『続きまして、国歌斉唱』




劇場内に、国歌『君が代』が、響き渡る。

隣から、菖蒲が国歌を口ずさむのが聞こえた。

僕も、釣られるように、国歌を口ずさむ。








             『続いては、学校長、式辞』

               『えー、この度は……』
 
                『祝辞、祝電披露』

『…知事、…様より、祝電を承っております…』






その後も、実際の卒業式と同じような演目が流れ、それを菖蒲は、ただ静かに、見つめていた。

僕も、菖蒲と同じように、

目の前で流れる映像を、見つめ続ける。

菖蒲と一緒に、こうして卒業式に参加している。

僕は、それが何よりも、嬉しかった。





                『卒業証書、授与』





映像が、卒業証書を受け取る場面に切り替わった。

気の所為だろうか。

卒業証書を受け取る生徒達を見つめる、菖蒲の表情が、

どこか、悲しげに思えたのは。

例え、今の状況が、どれだけ摩訶不思議な力によって為されているものだとしても、

あの、紙の証書をその手に受け取る事は、菖蒲には叶わない。

出来るのは、映像の中で、卒業証書を受け取る姿を、眺める事だけだ。






                 『卒業生、回想』




聞いた事のない演目と共に流れ始めたのは、

僕と菖蒲が、初めて出会った時から、

今日までを辿った思い出の数々だった。





『やあ、初めまして。僕は菖蒲』

『…紫苑。よろしく、転校生』

『釣れないなぁ。菖蒲って呼んでよ』

『君が馴れ馴れしいんだ。
大体、何で僕の所に?
女の子は、女の子同士で話した方が良い』

『やだな、僕は君と話したかったんだ。そこに、男女は関係ない。それとも、僕と話すのは、嫌?』

『そんな事は、ないけど…』

『だったら、紫苑。僕と友達になってよ』

『君と?』

『うん。絶対に、退屈はさせない。約束する』






………

………

『えー、朝のホームルームの前に、まずは皆に伝えておきたい事がある。
…今朝、花咲さんが自宅で倒れて、病院に運ばれたそうだ。
元々患っていた持病が悪化したみたいで、
この小学校の卒業式には、出る事が難しいと、連絡が来た。
皆も辛いとは思うが、卒業式は…』





『…紫苑、明日、卒業式でしょ。いいの?こんな所に来て』

『良いよ。出るつもりない』

『駄目だよ。ちゃんと出ないと。僕らは、終わりを知って、初めて何かを大切に出来るんだ。ちゃんと、君の中学校生活を、終わらせて来ないと』

『また、それかよ』

『紫苑…?』

『…言ったじゃないか。
友達になろうって。退屈させないからって。
それなのに、中学校での僕はいつも一人だった。
卒業式だって、今度こそは一緒に出るって言ってたのに。
君はいつも、嘘ばっかりじゃないか!』

『紫苑!!』



「…ごめんね、紫苑」

そう言った菖蒲の声は、少し、震えている。

僕は、菖蒲の方を向けなかった。

「ずっと、病室に来てくれてたでしょ。
約束、何も守れなかった上に、君の大事な学校生活を、棒に振らせてしまった」

「違う!それは…」

ー君は、何も悪くない。

そう言おうと、振り向いた視線の先で、

「だから、良かった」

彼女は、涙を流して、笑っていた。

「最期に、紫苑と卒業式を終える事が出来て」






                  『校歌斉唱』




聞き覚えのある音楽が劇場内を駆け巡る。

「これが、桜川中学校の校歌か。一度、歌ってみたかったんだよね」

「最期って…、最期って何だよ!」

菖蒲が何か言っていたが、構わず僕は叫ぶ。

「まだ、まだ終わってない!
だって、君の卒業証書が、まだ学校に残ってるんだ!」

僕が幾ら喚いても、菖蒲は、ただ笑いながら首を振るだけ。

「病院から、連絡来たんだろう?
君なら、今の状況が何を意味するのか、分かってるはずだよ」

ー花咲さんの容態が急変して、意識がー

「そんなの、分からないよ!
卒業証書受け取るまで、式は終わらないんだろ。だったら…」

そこで僕は、自分の体から、淡い光が発せられている事に気付いた。

「もう、時間だよ。紫苑」






『…以上を持ちまして、…度、…市立桜川中学校の卒業証書授与式を終了致します』

                『卒業生、退場』




光度を増した光と共に、僕の体が、徐々に霧散し始める。

ー駄目だ…!

「菖蒲!」

無駄と分かっていながらも、彼女の名前を叫んだ。

「…元気でね。君の翼が、大きく羽ばたくことを、祈ってる」

菖蒲は、笑っている。

あの時も、今も。

違うのは、彼女の頬を伝う、涙腺の輝きだけだ。

「待ってる…。君が来るまで、待ってるから!だから、学校で…」

僕の声は、最後まで届く事なく、大きな光と共に途切れる。

「……」

もうそこに、菖蒲の姿はなかった。 

目の前では、あの大きな桜の木が、いつとも変わらぬ姿で、佇んでいた。



「間に合ったようで、何よりです」

紫苑が、先程まで居たはずの場所を、呆然と見つめていた私に、彼が声をかける。

「…ありがとう。えーと…、天使さん?それとも、死神さんかな」

「お好きなように」

髭を撫でながら、彼が答える。

「じゃあ、天使で。最期に、良い思いをさせてくれたから」

私の体を、淡い光が包み始める。

どうやら、こちらも時間のようだ。

「私も、良いものを見させて頂きました。
花咲様、またのお越しを心よりお待ちしております」

そうか。

私にはまだ、次があるのか。

「…うん。またね、天使さん」

光が、私の体を連れ去っていく。

もう、何も怖くはない。

私の意識は、そこで途切れた。





………

………

「また、規約違反ですか。佐藤」

「おや、貴方も、猫一匹の為に随分と無茶をしたのでは?後、その名はあまり好きではありませんね」

「なら、こう呼べば良かったですか?アダム」

「……、貴方は気に入っているんですか。
今の呼び名」

「ええ。鈴木って名前、女らしくて素敵だと思います」

「…なら良いですが。私は、これから映画を見に行きます。鈴木、貴方はどうします?」

「そうですね…、エスコート、お願い出来ますか?」

「仕方ありませんね。お連れしましょう」

………

………






      『…年度 桜川中学校 卒業証書授与式』


その垂れ幕が今、撤去された。

あの時の出来事は、夢だったのか。

それとも…

「おーい、早く来いよ、友坂!」

後ろで、僕を呼ぶ友達の声が聞こえた。


ー菖蒲、卒業おめでとう


「……今行く!」




………

………



卒業式

それは、かつての自分に別れを告げ

蒼き空へと羽ばたく、旅立ちの日

でも、きっと、これからも

新たな空で、新たな翼を育みながら

人は何度も、卒業の日を迎えるだろう

そう、僕らの旅は、まだ始まったばかり


卒業式は終わらない

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