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7月13日(月)Mutian投与1日目 峠を下る

おしっこに行く以外はずっと眠っている状態のねねちゃん。
おしっこをしようとしても体勢が維持できずによろめいている。
熱が下がっていないのだ。
抗生剤が効いていない。やはりFIPか。

予約の火曜日まで待てそうにない。
この日、かかりつけ医を受診する予定になっていたため一旦そちらで相談した上でMutianを処方できるクリニックに行くべきかどうか悩んだ。
しかしぐったりしているねねちゃんをあちことに連れ回して何度も検査を受けさせることもしたくない。

Mutianの処方可能なクリニックの開院時間に電話をして状況を伝え、今日診察してもらえないか尋ねた。
”FIPの確定診断がされていないのでれば、かかりつけ医で検査をしてもらって結果が出てから来てください”と断られた。
これからかかりつけ医で検査をして結果を待ったらいつになるのか??
”待てる状況ではありません。なんとか診てもらえないでしょうか”と頼み込んだところ、10時半に診てもらえることになった。

10時半 Mutian処方可能なクリニックへの受診
診察で今までの経緯を伝える。
あわせて、もともと食べないねねちゃんがこの状態で食べ物を口にする訳がなく、FIPの前に衰弱して死ぬと思い経鼻カテーテルを入れて欲しいとお願いした。
飼い主の方からカテーテルを入れて欲しいと言われることはあまりないだろうし、方針に口を出されるのも心外だろう。若干引かれた様子であったが、そんなことには構っていられない。なんせねねちゃんの命がかかっている。

“かかりつけでは何も検査をしていないんですよね?それでよくFIPと診断ができましたね?”と飽きれた様子。
何の検査もされていないためFIPではないだろうし経管栄養が必要な状態とも思わなかったのだろう。楽観視した様子であった。
”まずは検査をさせてください” とねねちゃんを連れていかれた。

11時半
診察室に呼ばれて座るよう促される。
先生の様子が先程と違う。
ヘモグロビン 3.4、ヘマトクリット 10.1
体重は2.9kgにまで減っていた。

“貧血がひどいです。ヘマトクリットが10というのは…。
正直よく生きているな、と。この数字は見たことがないです。
今、この場で亡くなってもおかしくないです。
エコーを見ましたが臓器にはどこにも悪いところがない。
血液も貧血がひどいことを除けばほぼ正常で、良くも悪くも悪いところがみつからない。
でもここまで貧血が進んでいることを考えるとFIPと考えてすぐに治療を始めた方がいいと思います。
経鼻カテーテルか静脈ラインは必須です。口からの栄養の方がいいので、経鼻カテーテルの方がいいと思います。” と言われた。
こちらからお願いするまでもなく経鼻カテーテルは必要な状態だったのだ。

貧血が起きているとは思っていなかった。
予想していたよりはるかに深刻な状態に言葉を失い血の気が引いた。
告知をされる(人間の)がん患者の家族はこういう気持ちなのかと思った。
私だけではない。医師の様子からも緊迫感が伝わってきた。
それがさらに私の緊張を高めた。

”DICを起こしかけているのですぐに輸血をした方がいいのですが、あいにく院内に供血ができる猫がいません。お知り合いで若くて血液を提供してくれる若い猫がいれば連れて来られますか?今日はもう病院で対応できないのでドナーが見つかれば明日輸血をしましょう” と言われる。

猫に輸血ができるということを初めて知った。
猫にはA型、B型、AB型の3つの血液があるらしい。
日本猫は約7~8割がA型だそうで、A型の猫であれば大体合うだろうと言われた。
ドナーになれるのは7歳ぐらいまでの若い子でワクチン接種を行っており、体重かわ4000g以上であることが好ましいらしい。

うちにはねねちゃんの他にも猫が2匹いるが1匹は9歳、もう1匹は16歳と高齢でドナーにはなれない。
すぐにねねちゃんの兄弟のことが頭に浮かんだ。
ねねちゃんには他に保護された3匹の兄弟たちがいる。
会ったことはないが、兄弟であれば血液型が一致する可能性は見ず知らずの猫より高いだろう。
診察室でMutianの同意説明を聞きながら、時々先生の話をさえぎって中断しつつ、ねねちゃんの保護主さまに”大至急輸血に協力をして欲しい”とLINEをした。

平日の日中である。仕事のことや家庭のこともあっただろう。
そもそもドナーになる猫には身体的にも精神的にも負担が大きい。
本人(猫)は元気なのに訳の分からないまま大嫌いな病院に連れて来られて血を抜かれるのだ。
後になって考えたことだが、私はよその家の猫のために自分の大事な猫にこのようなリスクを負わせられるだろうか?
理由をつけて断ってしまうかもしれない。

しかしこの時の私に相手の気持ちを推し量っている余裕はなかった。
”とにかく助けて欲しい”と一方的にお願いした。
保護主さまとはねねちゃんのかわいい写真や動画が撮れる度にお送りしたり、食べないこと・発情が続くことをご相談したりと連絡を取り合っていた。
残念なお知らせだがほぼFIPが確定でことをお伝えするとともに、一刻も早く輸血が必要な状況でありドナーを探して欲しいとお願いした。

幸いその場ですぐに返信をいただき、保護ボランティア仲間の皆さんにもご連絡いただき、”4~5頭連れていけます!”と言っていただいた。。
ねねちゃんはなんてツイているんだ。猫を飼っていて輸血が必要となった時にその場でドナーを探すことができる人がどれだけいるだろうか。

しかし、ドナーが見つかっても血液型が合うかどうかわからない。
ねねちゃんはどんな場合においてもマジョリティに入るのが苦手な子。
獣医師は猫の多くはA型なので大丈夫とおっしゃっていたが、ねねちゃんがA型な気がまったくしない。
例えA型だったとしてもクロスマッチといって血液を混ぜてみて相性に問題がいいことが確認しなければ投与ができない。
なんてハードルが高いんだ。
しかも、病院から1日に検査ができるドナーは2頭までと限定されてしまった。
検査や輸血に手間がかかるのは分かるが、今ことで死んでしまうかもと言われたのに、もし2頭とも合わなかったらもう手遅れではないか。
なぜせっかくたくさんのドナーを連れてきてもらえるのに血液型の検査だけでもみんなにしてくれないのか。
しかしそんなことを言っても聞いてもらえる訳もなく、血液型が一致することを祈るしかなかった。
人での関係で輸血は昼にしかできず、その時間までにドナーちゃん達を連れてきていただくことはできなさそうだったため、輸血は翌日に行うことになった。
明日の昼まで持ち堪えられるのか…。

FIPとMutian
前にも書いたが、FIPにはウエットタイプとドライタイプがある。
それによって症状や経過、予後も異なる。
ねねちゃんにはエコー上どこにも病変が見当たらず、中後期のドライタイプでウイルスが中枢神経に移行した状態だろうと言われた。
ウエットタイプでは胸水や腹水の貯留が見られ、それらを使ってウイルス検査を行うが、ねねちゃんの場合採取できる体液や病変がないため、血液をウイルス検査に出した。
血液では検査の感度は低く、感染をしていても陰性と出てしまう可能性もある。

他のタイプであればMutian投与3か月後の生存率は8~9割だが、脳血液関門を通過して中枢神経に入るとMutianを投与しても薬がそこまで届かず、生存率は5割以下と説明を受けた。

また、感染の状況や体重によってMutianの投与量は変化する。
ウエットタイプでは進行状況によらず1日100㎎/kg。
ドライタイプでは早期100㎎/kg、中期150㎎/kg(眼病変)、中後期(中枢神経症状)200mg/kg。
ねねちゃんは中後期(中枢神経症状)で体重3kgのため1日の投与量は600㎎となる。
発症時は体重が減少しているが、薬が効くと体重が増えてくるのでそれに伴って薬の投与量も増える。当然支払い金額も高くなる。
投与期間は8週間。途中でウイルスが検出されなくなったとしても8週間は必ず継続する。
万が一8週間後にウイルスが陰性になっていなかった場合には追加で2クール目に入ることになる。
つまり、ねねちゃんの場合最初の8週間で寛解したとしても実に200万円の薬剤費がかかるのだ。(診察料や検査料は別途)
最初にMutianを知った時には100万円と聞いて無理だとあきらめたが、その倍…。
ここまでくると”やっぱりやめます”とは言えないが、途方もない金額である。ちなみにペット保険に入っていたとしても適応外だろう。

ともかく、ウイルス検査の結果を待たずにこの日からMutianの投与を開始した。
今週中は効果が早く出るように注射で投与する。
Mutianの注射は皮下投与だが、とてもとても痛いらしい。先生はひたすらねねちゃんに謝っていた。硬結ができることも多いようだ。
いつもは大人しいねねちゃん(しかも具合悪い)が嫌がってひどく鳴いた。
来週からは経口でと言われたが、ごはんを食べずしかもお口がちいさいねねちゃんに8週間毎日口から飲ませるのは無理そうだったので、せっかく経鼻カテーテルも入れたことだし、鼻から入れようと思っていた。

Mutianは投与時間が1時間ずれるだけで効果が減弱してしまうらしい。
注射で投与している間は前後30分のズレの範囲内で毎日通院しないといけないのだ。
お金に加えて時間的な制約、この治療が受けられる人はどれだけいるだろうか。しかも全国に6か所、である。

経鼻カテーテル

カテーテルからの栄養剤の投与方法を説明していただいた。
家族にも見てもらえるよう動画を撮影した。
ロイヤルカナンのクリティカルリキッドを処方される。
どれぐらいの量をどれぐらいの頻度で投与すればよいかを尋ねたところ、必要カロリーを投与しようとするとかなりの量になってしまうので、嘔吐しない量をできるだけ頻回に投与してくださいとのことだった。
ちなみに猫の必要カロリーは52~64kcal/kgなので、ねねちゃんの場合は200kcal弱。クリティカルリキッドは1ml当たり1kcalなので、本来は1日200mlを投与しなければならないことになる。
当面2~3時間おきに様子を見ながら20mlずつぐらいを投与することにした。

この日の医療費
診察料、血液検査、ウイルス検査、超音波検査、経鼻カテーテル挿入
Mutian、栄養剤、エリザベスカラー 等
計 66,110円


帰宅後
ねねちゃんの状態はさらに悪化していった。
畳の隅に横たわったまま動かない。
はじめは声をかけるとしっぽをパタパタさせていたが、その動きも次第に無くなっていった。
耳を動かすこともしなくなり、次第に呼吸が浅くなっていく。
生きているのか?撫でてみる・・・少し動く。よかった、生きていた。

2~3時間毎に鼻に入れたカテーテルから栄養剤を投与する。
ぐったりしたねねちゃんを抱き上げて注入するが、抵抗する元気もほぼない。
投与し終わって床に降ろすとよろよろしながらも真っ直ぐ元居た場所に戻って眠る。
普通ならカテーテルを後ろ足で掻いて抜いてしまいそうなものだがとてもそんなことができる元気はなく、エリザベスカラーをつける必要がないほどだった。

時間を追うごとに触るのもはばかれるほど動きはなくなっていった。
もし眠れているならゆっくり寝かせてあげたい。でも呼吸をしているかどうかもわからない。いつの間にか旅立っているかもしれない。
具合が悪いと暗いところ、ますます狭いところに入ろうとするねねちゃん。押入れの奥底に入っていく。
電気をつける訳にいかない。
しかし黒猫であるねねちゃんは、暗がりの中ではすぐ目の前にいてもまったく見つけられない状態で、動いているかどうかはまったくわからなかった。

20時
まったく動かないねねちゃんをそっと撫でてみる。触ってもぴくりとも動かない。
しかし体はまだ温かい。生きてはいるようだ。
でも耳の先や肉球の温度が失われてきている。もう全身に血液を回せる状態にないのだ。
その時私は仕事の合間の休憩で、休憩が終わればその後1時間仕事部屋から出られない状況だった。
間違いなくあと1時間はもたないだろうと思った。
これが生きているねねちゃんを見る最後になる。覚悟を決めた。
家族にねねちゃんのそばから絶対に離れないで、絶対にひとりでは逝かせないでと頼んだ。
“でも生きているかどうかわかないよ。気づいたら死んじゃってるかもしれないよ”
それでも構わない。とにかくひとりで逝かせたくない。
誰かに見守られて旅立って欲しいと答えた。

予想に反し、1時間後ねねちゃんは生きていた。
やはり微動だにしないが、体温が残っている。

0時
ねねちゃんは深呼吸をして寝がえりをうった。
気持ちよさそうな寝返りだった。
旅立つ前の最後のひと呼吸なのか、少し楽になったのかはわからない。
貧血で亡くなるときは苦しくなくとにかく眠いらしい。
苦しくないならそれでいい。このまま逝かせてあげよう。
私たちはすでに看取る覚悟をしていた。
ずっとそばにいるよ、心の中で話しかけ続けた。

その日はほとんど眠れる夜を過ごしたが、私は目をつぶる度にねねちゃんに別れを告げた。
次に私が目を覚ました時にはねねちゃんは冷たくなっているかもしれない。
その瞬間には気づいてあげられないかもしれない。でも私はずっと一緒にいるからね。

しかし、その後少しずつ、1時間に1回ぐらいではあるが、ねねちゃんが体を動かして“ちゃんと生きてるよ”と教えてくれることが増えていった。

〜回想〜
異常を確信したのが金曜日で月曜の午前中に治療可能なクリニックの受診にまで辿り着くことができました。
可能な範囲で最短だったと思います。
結果的にねねちゃんはFIPではなかったのですが、今振り返ってもこの時の受診判断がねねちゃんの生死を分けたと感じます。
このまま月曜日かかりつけ医を受診していたら、その後の治療も間に合わなかったでしょう。

飼い主が感じる異変は時に医師の医学的判断より正確だと思います。
”きっと寂しかったからだ”とか”ちょっと暑かったからだ”と理由をつけて大丈夫だと自分に言い聞かせるのではなく、おかしいと思ったら迷わず受診をして欲しいし、医師の判断に違和感を感じたら別の病院を受診してみて欲しいと思います。

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