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【新刊試し読み】『深遠なるインド料理の世界』|小林真樹

インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表にして、インド料理をこよなく愛する小林真樹氏の著書が2024年12月13日に発売されたことを記念して「はじめに」を公開します。


本書について

甘いバターチキン、デカすぎるナン、流行りのビリヤニ。日本でおなじみのインド料理のルーツと、真のインド料理の姿を求めて、自他共に認めるインドマニアである著者が亜大陸を東奔西走。
食器買い付けのために足繁くインドに通い隅々まで食べ歩いたアジアハンター小林真樹の、インドへの深い愛と溢れ出す知識を詰め込んだ食エッセイ。
ディープな現代インド料理論であると同時に、インド料理入門の決定版ともいえる一冊。


試し読み

はじめに

今やどんな街に行っても必ず一軒はあるインド料理店。
「今日はインドカレー気分だな?」
 自らの食欲に問いかけ、一軒のインド料理店のドアをくぐったあなたはそこで何を注文するだろう。
 お昼時なら、ステンレス製のターリーと呼ばれる大皿の上にのった大きなナンと、カトリと呼ばれるボウルに入った1~2種類のカレーとが組み合わされたランチセット、夜なら両耳つきの銅皿に盛られたディナーセットだろうか。単品のカレーとナン、またはライスを選ぶ場合もあるだろう。すると「ドリンクはチャイ? ラッシー? カラさはドウなさいますか?」などと聞かれるのが定番のやり取りだ。
 店内に流れる異国のBGMや、独特のイントネーションの店員さんと共に〈インドカレー気分〉を盛り立ててくれる小道具の一つが、料理がのせられる「インド食器」だろう。そして私の本業は、このインド食器の輸入販売なのである。
 ニッチな仕事だと自分自身でも思っているが、それでも全国各地で増え続けるインド料理店、あるいは自作派のコアな日本人を主要な顧客に20年以上、細々と事業を続けている。事業が細々なのに比して、得意先のインド料理店回りのせいで身体の方は太々としてくるのが目下の悩みだが、それでも日々、インド食器の山と格闘しながら梱包作業や直接納品に奔走してる。
 もともとこの業界業(?)に入る前からインド好きで、バックパックを背負ってはインドにばかり通っていた。はじめての海外旅行先としてインドの大地に降り立ったの1991年。当初は多くのバックパッカー同様、旅先であるインドと出戻り先である日本とをまったく別の世界だと考えていた。日本はあくまでもインド行きの資金を稼ぐ場、インドはそのカネを切り詰めて出来るだけ長逗留する場、というように。が、次第に日本国内にいる時もインド的雰囲気を探しては、その場所に入り浸るようになる。
 
 ネット社会となった今でこそ、国内のどこにどんなインド的世界があるかは一目瞭然で、例えば東京の西葛西がインド人街として有名だったり、インド系イベントなんかも即座に検索出来る。しかし90年代初頭はどこにもそんな情報はなく、さらには西葛西のインド人街が形成される前でもあった。そんな時代に国内のインド的雰囲気に浸るにはどうするか。インド料理屋しか選択肢がなかったのである。
 当時はインド料理屋だけが、国内におけるインドへの唯一の窓口だった。そこに行けば、コックさんやホールスタッフなど「本物の」インド人とふれあうことが出来た。覚えたてのカタコトのヒンディー語を使ってみたり、コックさんたちの出身地(北インド・ガルワール地方が多かった)の話を聞いたりするのが楽しく、足しげく通ったものである。やがて彼らと話をするだけでなく、そこで出されるインド料理も美味いことに気がついた。つまり私の場合、インド的雰囲気に浸ることが第一の目的で、後からその味に開眼したという本末転倒のパターンなのだ。
 本書はそんなネットはおろかレストランすら希少だった時代にその味を知り、やがて底なし沼のように深遠なるその世界にどっぷりハマった私が、30年以上毎年欠かさず通い続けるインド現地で、体で覚えた料理の味や来歴、知られざる老舗ストーリーなどをマサラのように雑多に盛り込んだ一冊である。時に脱線し、本筋とは関係なさそうな、伏線が回収されたかどうかが定かではない展開となったこともなきにしもあらずだが、真実とは意外にもそのような中にこそひそんでいるものだし、何より私の好きなインドとはそのようなものである。
 広大で重層的なインドの食世界を綴った、出来たて熱々のカレーのような本書を、可能ならばスプーンではなくインド人のように手で召し上がっていただければ幸いだ。


目次

・バターチキン
・ナン
・ビリヤニ(北インド)
 コラム インド東西南北・忘れ得ぬ店① 北インド/ハッジ・シャブラティー
・タンドリーチキン
・ターリー
・ミールス
・ダルバート
 コラム インド東西南北・忘れ得ぬ店② 南インド/レイヤーズ・メス
・ファルーダ
・チャパティ
・ドーサ
 コラム インド東西南北・忘れ得ぬ店③ 西インド/ゴディノ
・モモ
・チキン・マンチュリアン
・グラーブ・ジャームン
 コラム インド東西南北・忘れ得ぬ店④ 東インド/スワディン・バーラト・ヒンドゥー・ホテル
・マクドウェル
・チャイ
・ラッシー


著者紹介

小林 真樹(Masaki Kobayashi)
東京都出身。インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド 増補・改訂版』『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院『インドの台所』作品社ほか多数。
関連サイト https://www.asiahunter.com/



深遠なるインド料理の世界
【判型】B6変型判
【定価】本体1,800円+税
【ISBN】978-4-86311-428-9


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