東大の過去問集だけの赤い壁を背にして、十六郎さんは髪を顔に垂らしたまま、パンダ焼きをもそもそとかじります。
陽光がほとんど入らず、昼間でも灯りが必要な部屋です。十六郎さんは空気が湿気っていくようなため息をつくと、パンダ焼きを口から離しました。
「甘すぎましたかね?」
私はわざと軽い口調で尋ねました。「そうですね」と彼は髪を揺らします。
「こういう甘いものを、いきなり一個丸々食べない方がいいと思うんですよ。血糖値が上がって、膵臓に負担をかけちゃうから」
「ああ、そういうことですか」
なんだ、休んでいただけなのか、と安堵した瞬間、十六郎さんはパンダ焼きを持ったままの手で自分の頭を小突き始めました。乾いた派手な音がします。
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2023年5月23日(火)発売
『寂しさから290円儲ける方法』ドリアン助川/著
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